第196話 旅行の買い出しⅡ
「酔い止めの薬とか、トラベル用歯磨きセット、あとちょっとした化粧品辺りが欲しいっていうのは本当なんだ。」
伊乃莉が今回の旅行で必要なものを列挙した。
「いや、それこそ地元のドラッグストア辺りで事足りそうだし、伊乃莉の家でも扱ってんだろう?」
「まあ、そうなんだけどね。急にあやねるが「光人くんと一緒に買う」とか言い出してさ。それでなくても先週、光人と私が二人きりだったことに根に持ってるようでね。しゃあないから光人に連絡したってわけ。だからってこっちまで来てもらう訳にもいかないしね。」
伊乃莉がさっき暴露してしまったものだから、正直に言い始めた。
あやねるは恥ずかしがって、俯いたままで、残ってるケーキに手を出そうとしない。
「なんか、ありがとう、あやねる。俺んとこも、ちょっとバタバタしてて、気分替えたかったんでちょうど良かったよ。でも、やっぱり一人では電車、きつい?」
「う、うん。少しは慣れては来てるんだけど…。試しにいのすけと車両を別々にしたんだけど…。」
「一駅くらいはよかったんだけどね。でも、車両別って言っても、連結部分が間に入ってるだけなんだけど。」
なるほど。
自分と会いたいっていうあやねるには愛おしさしかないけど、訓練の意味合いもあるわけだ。
今回は特に俺に会いたいというモチベーションを使ったみたいだけど…。
なかなか、保護者のような伊乃莉の思惑通りには進まないという事か。
「少しずつってところだね。それでも一駅は頑張ったんだ。えらいと思うよ。」
俺の言葉に照れたように笑うあやねる。
(うん、うん。彩ちゃんは頑張ってるね。叔父さんもうれしいよ)
(本当に近所のおじさんになってるな、親父。年の功ってやつでなんかアドバイスはないんか?)
(あったらすでに言ってる)
(それもそうか)
「でも、そういう状態で、2泊3日の親睦旅行、大丈夫なんですか?」
静海が素朴な疑問を言ってきた。
まあ、通常は班行動で俺がいるし、同じ班の中の女子、今野さんともそれなりにうまくやってはいるようだけど。
ただ、山村さんと塩入の行動は不安がある。
何かしら、考えているようだが。
まさか暴力的な行動には映らないと思うけど。
同じ班に弓削さんと室伏君がいるから、下手なことになれば頼れるとは思ってはいる。
「うん、たぶん大丈夫。というより、結構楽しみにしてるんだ。それなりに友達出来てるし。」
「そうだね。中学の時が信じられないくらいに仲良くしてくれる人増えたよね、あやねる。」
「それ、言っちゃダメでしょう、いのすけ。」
中学時代の黒歴史は自分も一緒。
といっても、いろいろ背負ってるものが違うからな。
「じゃあ、そろそろ行く?」
伊乃莉の言葉に、気付けば二人ともケーキは食べ終わった様子。
伊乃莉がさっさと伝票を持って会計に向かってしまった。
「うわあ、伊乃莉さん、格好いい!」
うん、そのスマートさは、大人の男のやることだよ、伊乃莉さん。
俺は妹の分と一緒に飲食代を渡そうとしたのだが、伊乃莉は受け取ろうとしなかった。
「これはわざわざ呼び出してしまったお礼。素直に受け取って。」
そう言われて、伊乃莉の男っぷりに仕方なくこの場は譲った。
いつの日か返せるといいな、などと思いながら。
ショッピングモールにあるドラッグストアで、必要なものは買ってしまった。
俺も制汗スプレーとちょっとした医薬品、まあのど飴なんかなんだけど、を購入。
ぶっちゃけ、地元のスーパーで十分事足りる。
あやねるがいなければ西舟野までまでは出てこない内容である。
「さて、サクッと買い物は終わったけど…、どうする?」
伊乃莉が言った。
というよりあやねるを促してる感じ。
これは完全に先週の伊乃莉と二人きりで会ってたという申し訳なさに、あやねるを伊乃莉が連れてきた感じだ。
あやねるはそう振られたが、咄嗟には思い浮かばないらしい。
「それじゃあ、私、わがまま言っていいですか?」
さすがに今までの買い物にはただ付いてきただけの静海が、思い切った感じで言った。
「あのお~、洋服、見たいなあって思ったんですけど。」
この言葉に、あやねると伊乃莉が異常に喜び、両脇から、結構背の高い俺の妹を挟み込んで、どんどんと先に進み始めた。
「お兄ちゃ~ん。」
首だけ後ろにいる俺に振り返り静海が呼ぶ。
と同時に伊乃莉が俺を手招きし、あやねるも俺に顎で来いというような態度をとった。




