第192話 白石影人の研究 Ⅱ
「言われてみれば、普通はラクトン環の開裂が進行される条件でした。でもできた化合物は、標品のデーターと一致する。つまり、最初に提示された構造が間違えている。そういう結論に達しました。」
中身はよくわからないが、つまり論文に書かれていたことが間違っていて、その訂正を行った。
その化合物を作ることによって。
(っていう事なんだよな、親父)
(それで間違いはないよ、光人。あの時は研究室に行ったらホワイトボードに私の標的化合物が大きく書かれてね。何事かと思った。で、よく見るとその化合物が壊れる条件が書いてあって、それでまるでその最終化合物が出来るようなことが書いてあってね。しばし、その前で見つめちゃったよ。で後から教授が来てね、ついエスカレートしたディスカッションしちまったんだよな)
そう言って、俺の脳内で笑っている。
さっぱりわからん。
例え、その構造式とやらを書かれても、理解が出来ない自信がある。
「そうなんですよね。その後、データーの詳細な解析がされて、どこがおかしいかってことがわかったんですよ。で、白石先輩がチャッチャッと作って学会発表したんですけど…。自分にはそこまでの腕がなくて、先輩の作ってあった原料をどんどん消費して、何とか論文にしたんですよ。ハハハ。」
(笑い事じゃないんイ、山上。人が折角作ってあった光学活性体まで使って、ラセミの結果しか残さなくて…。)
(あのさ、親父。俺だけにそんなこと言われても、全くわからないんだからさ。それにその話、生きてるときにもしたんだろう、山上さんに)
(うん、まあ、文句は言ったな、うん)
俺の頭の中で山上さんに文句言ったって、どうしようもないだろうに。
「そういう訳で、博士号取れたのも、まあ、白石先輩のお陰ではあるんですけど…。うん、そうなんですよ、うん。」
そう言いながら涙ぐみ始めた。
(山上ぃ~、そこで泣くのは卑怯だろうが…)
そう言いながら親父も感極まっているようだ。
「そう、そんないい奴だったんですよ、白石影人君は…。ホント追うに、今回はお悔やみ申し上げます。」
泣いている山上さんの背中をさすりながら、教授が、今一度そう言って頭を下げた。
そのご生前、というか大学院時代の親父の逸話を結構な量で教授が話してくれた。
岡崎教授は、数十年、大学・大学院で講義してるだけあって、面白おかしく話してくれて、頭の中の親父がいたたまれなそうにして、無言を貫いていた。
お袋も親父の知らない話に笑いながらも、微かに目元がキラキラ輝くような水滴が出ていた。
やっぱり親父のことを寂しく思ってるんだろう。
親父もそんなお袋に気付いて逸るようではあったが、やはり無言だった。
話が一区切りついた時だった。
「岡崎先生が、昔の生徒会長と付き合ってるって話、本当ですか?」
唐突に静海がそんなことを言いだした。
付き合ってるどころか結婚を予定しているって聞いてるんだけど…。
とは言えなかった、本人を目の前にして。
当の岡崎先生は、静海の言葉に完全に虚を突かれたようだった。
俺が先生の結婚については知ってるはずだというような感じで俺を見てきた。
いや、俺に顔を向けても本人に聞かれたプライベートなことは喋れませんよ。
なかなか言い出せない、というかさっきから口をパクパクさせている。
その雰囲気に教授の方が気づいたようだ。
「ああ、いいお嬢さんだったよ。昨夜一緒に夕食を食べたんだが、婚約したってことでな。それが確かお前の教え子なんだろう?生徒会長をしてたとは知らなかったけど、向井純菜さん。」
「ちょ、待ってくれよ、親父さん。」
慌てた先生だが、やはりちゃんとプロポーズをしたってことだね、先生!