第184話 笑う片見さん
俺は元々まとめてあった紙袋を取り出した。
「これ、この前山上さんに言われたものです。」
そう言って中身を出す。
数種類のボトルと、何かの報告書。
大きく㊙と書かれている。
こんなもん見せられたら、やっぱり中を見たくて、覗いたのだが、何のことか全くわからなかった。
ボトルは中学の時から、頭の良くなるというサプリと言われ飲み続けた物のあまりだ。
正直、そんなに効果があるかはわからなかった。
「ああ、どうもありがとうな、光人君。」
そう言ってその書類をパラパラ見ている。
「で、君はこの中身、見たね。」
山上さんが先程と同じ優し気な笑みを浮かべて俺に聞いてきた。
その眼差しも優しい。
にも拘らず漏れの背筋に冷たいものが走った。
「あ、は、はい。」
思わず、反射的に答えてしまった。
「そうか、まあ、そりゃあそうだな。こんなに大きく㊙と書かれてればな。と言っても、別に秘密にすることは無い。単純に、先輩がこのサプリを飲んだ感想と、君たちの感想がのっている。あと、君たちの成績だな。それでこのサプリがそれなりの効果があったかってとこだよ。」
俺は少し小首をかしげた。
何が書いてあるかはよくわからなかったが、そういう記述ではなかったと思ったからだ。
その俺の動きにちょっと山上さんが俺を見たが、何も言わなかった。
「これは確かに回収したよ。お疲れさま。それで、このサプリを飲んでの感想を聞きたいね。」
「親父がその件は報告したんじゃないですか?」
「うん、報告書には確かに書いてあるんだけど、ね。生の声を聞いておいた方がいいかと思ったんだよ。先輩が君に聞いたこと、舞子さんに聞いたこと、そして静海ちゃんに聞いたことと、私たちが聞いた時のニュアンスが違うこともあるんだ。」
言ってることは何となく分かるけど。
「そんなに時間をとらせないよ。それぞれ向かいの者が質問するんで、答えてくれればいいよ。」
俺はおふくろと静海を見た。
二人とも頷く。
「わかりました。よろしくお願いします。」
後半の言葉は俺の前の片見さんに向けて言った。
「うん、あんまり緊張しないで、ね。君の動画は、君が感じるような恥ずかしいものではないんだから。」
「片見さん。なんでそこで俺が嫌がってる話題を出すんですか?」
「いや、なにね。さっき、動画の話題で君の態度見てると、そうとしか見えないからさ。」
そう言いながら笑いを懸命に堪えている。
「今にも大笑いしそうな人から、そんなこと言われたって……。」
「いや、それは…、ああ、もうダメ…。」
そう言って笑い始めた。
その様子を見ていたほか4人も、また笑いだす。
いい加減にしろ!
やっと笑い終わった、この片見という男、目に涙が浮いている。
「いやあ、本当に悪い。いや、悪いとは思ってるんだよ、ホント。ただね、動画に関しては、全く笑うようなことじゃない。だけどその時の君の態度、一人で身悶えてる姿は…笑えるんだよ、これが。」
そう言うと、また笑いだした。
柏木という女性もその笑いにつられて「くくく」と笑いを漏らしてる。
山上さんは、ひとしきり笑ったためか、今は苦笑に変わってた。
二人の笑ってる姿に、この家に来た時の何処か冷たそうな印象は消えた。
消えたけど……、これって変だよね。
(いや、この件は、光人の所為)
(えっ、俺?)
(お前がどういう面白い行動かは、見えないからわからんが、お前の思考は、正直笑える)
親父の言葉に、さらに俺の心は落ち込んだ。
(片見がこんなに笑ったのは見たことないもんな。光人は凄いよ)
(褒められてる気が、1ミリもしない)
俺が落ち込んでいることに気付いたのだろうか?
片見さんが自分の目元の涙をぬぐい、真面目な顔を作ろうとしている。
作ろうとしているんだけど、うまくいかないようだ。
「ホント、お兄ちゃん、自分の黒歴史が増えた、なんて思ってんでしょう?」
静海の、人の心を的確に抉って来るのは、数か月前と一緒ではある。
でも、その目は笑っていた。
あの時は凍えるような冷たい目だったな、わが妹は。
「変な事、気にしなくていいのよ。」
そう笑いながら、お袋が言ってくる。
何とか顔の表情を作ることに成功した片見さんが俺に視線を向けた。
「ごめん、ごめん。じゃあ、アンケートを始めるよ。」