第179話 扉の向こう側の静海
二人で家に帰り、俺は自室のベッドにいた。
(なんか、明日は忙しそうだな、光人)
(親父の案件なんですけど…)
(まあ、そう言うなよ。前も言ったけど、山上達には何も言うなよ。私に対してのお悔やみを聞いて、使ってない薬を渡す。報告書がどうのとか言ってきたら、「知らない、聞いていない」で押し通す。この薬のことを聞かれたら)
(頭が良くなるサプリと聞いているが、全く役に立っていなかった、だろう?)
(ああ、それでいい。まあ、舞子さんや静海にも聞くだろうが、知らないとしか言いようがないだろうな)
何か親父の言いなりになるのは面白くないが、何も知らないのだからしょうがないか。
(そういうことだ)
それでお引き取り願うと、続いて岡崎先生のお父さんという人が登場するわけだな。
(できれば私が話したいんだがな。こればかりはなあ)
(当たり前だろう!親父は死んでんだ。もし俺とその岡崎先生のお父さんと恐山にでもいれば別だけど、この家で入れ替わるわけにはいかないって)
(わかってるよ、それくらい。それでも近況ぐらいは聞いてほしいんだよな、光人に)
(だ・か・ら、無茶を言うな)
すでに俺は頭が痛くなた。
明後日からの親睦旅行に向けての準備は終わってる。
あやねると伊乃莉から買い物に誘われたが、こちらの用事が終わってからでは、ちょっと時間をとりすぎる。
(山上がそんな無茶なことを聞いてくるとは思えんが、一応念のためな)
(ああ、わかってる)
親父の念押しに、どうも開発中のサプリのモニターという言葉が怪しくなってきていた。
親父も何かを俺に隠している。
親父は俺の心を覗くことが出来るのに、なんか不公平だ。
そう感じていた。
景樹から頼まれた、めぼしい人と言われても、柊秋葉さんくらいしか思い浮かばない。
まあ、静海の友人の神代さんも、いいんじゃないかとは思うけど、まだ中学2年生なんだよな。
後で伊乃莉にでも聞かないと、俺では判断が出来ない。
何といっても、公開練習の半分くらいしか見てないからな。
みんなうまいとは思ったけど。
大勢のダンスでは全体を見てしまって、個人の力量とか、可愛いかどうかを見る余裕はなかった。
特別席で、ステージから近くなってからは浅見蓮君のことが気になってたし、終いには柊姉妹が登場して、他の魅力的な子を探すことが出来なかった。
としか景樹に言う言葉は見当たらない。
景樹については感想を言うくらいしかないけど、エロ瀬良なら、もしかしたら可愛い子のピックアップ、してるかもしれない。
親睦旅行では同じ班なんだから、この件で景樹も交えて、話す機会はあるだろう。
その時でいいな、うん。
(静海が今、階段を上がってきた)
(えっ?)
(この前のことがあったからな。聞き耳を立てていた)
(そうは言っても、俺の耳だぞ。この耳でそんなこと、聞き分けられるの?)
(ドアの前だ。本当ならすぐにノックか声を掛けてくるはずだが…)
俺は寝ころんだまま、ドアに視線を向けた。
俺には親父が言うようなものは聞こえない。
親父だって同じ体を使ってる。
決して魔法や超能力が仕えるわけではないのに…。
ちょっとした時間が過ぎた。
(まだいるのか?)
(いる)
(気の所為ってことは……)
「お兄ちゃんいる?入るよ。」
静海がそう声を掛けてきた。
そのままドアを開ける。
俺と目があって、静海の顔が面白いように慌てた。
「……い、いるなら、返事してよ、びっくりするじゃない。」
「俺の部屋で寝転がってるだけだ。それにお前は俺の返事も待たずに入って来たじゃないか。悪いのは静海だろう。」
「そ、そりゃあ、そうかも、だけど…。まさか、こっちを凝視してるとは思わないじゃない。」
「何か考えてたのか?俺が自分の部屋な中で何しててもいいと思うが。それより、お前だって、声かけてすぐに部屋に入られていいと思うか?」
「そ、そりゃあ、いや、だけどさあ。」
「親父、言ってたよな。自分がされて嫌なことは、人にはしないってな。」
「う~。」
自分が悪いことをしている自覚はあるようだ。
だが、それよりも、この部屋の前に来てから、入るまでの少なくない間。
どう判断したものか?
まさか、兄のエッチなことを期待してのことでもあるまい。
(少しまずいかもしれんな。私と光人が入れ替わった時の静海の様子も、おかしいと言えばおかしかったし)
(わかったよ親父。気を付ける)
「別に、何でもないけど。気を付ける。」
俺の言ってることの正しさは解っているようだ。
「それで、どうした?」
「お母さんが夕飯の準備できたから、呼んで来いって言われた。」
「了解。」




