第175話 待ち人
応接室を出て、しばらく歩いた。
「大丈夫か、静海。急に関係者に会うことになって。」
「うん、私は会えてよかった。夏帆先輩が事故現場からいなくなった理由もわかってスッキリしたし…。何よりあんな天使みたいな男の子を助けたってことに、お父さんの凄さを感じたよ。」
「いや、親父は可愛いからと言って助けたわけじゃないと思うよ。」
「それはそうだと思うんだけど…。あの子を見て、「あの子の所為でお父さんは死んだ」という気持ちが薄れたのは確か。お兄ちゃんの言葉じゃないけど、助けた子が元気ってこと、お父さんのおかげだもん。お兄ちゃんの言う通りお父さんは我が家の誇りだね。」
応接室に行くまで、かなりの緊張があったはずだが、それを微塵も感じさせなかった。
それは俺も同じで、会うまでの緊張は解け、心底ほっとしている。
「帰りは一緒に帰るか、静海。」
「うん!校門のところで待ってるね。」
「了解。」
俺は静海と別れて自分の教室に荷物を取りに向かった。
校庭からは運動部の掛け声が聞こえてくる。
ダンス部の公開練習は終わったのだろうか?
まだ続いていたとしても戻る気はなかったが。
教室に人の気配があった。
もしかすると親睦旅行について、真面目に計画、特にペットボトルロケットの設計などをしている人たちがいるのかもしれない。
教室のドアを開けた。
そこにいた生徒は俺の知っている人だった。
というか男子はいいとして、女子はこのクラスじゃないよな?
「遅かったね、光人。結構舞ったよ。」
伊乃莉だった。
その伊乃莉が腰かけている机の主の須藤がほっとしてるのが、その表情にありありと浮かんでる。
「ダンス部は終わった?」
「光人たちが行ってから遠し稽古とやらで4曲くらい踊って終わり。で観客たちは出されて通常の練習をやってるみたいだったけど。」
そう言って須藤とは反対側に視線を向けた。
その先に見慣れない女子がいた。
明らかにうちのクラスではない。
「前に話したよね、光人。大木美津子さんで私と同じ1-F。」
「うんと、大木さん……、どこかで聞いたよな…、あっ、大江戸か!」
「ご名答。」
伊乃莉が出したクイズに正解したらしい。
「初めまして、白石光人君。大木美津子です。」
陸上部に入部したと伊乃莉が言っていた通り、髪を短く切りそろえていて、結構身長がある。
伊乃莉と同じくらいだろうか。
手も長い。
きっと足も長いのではないか。
あまり化粧っけはない。
スポーツをしていればすぐに汗で流されてしまうからだろう。
「初めまして。でも、部活は大丈夫?」
「明後日からの親睦旅行があるからって、新入生は早く終わったの。それなりに揃えるものもあるから。」
さて、彼女がここにいるのかだが…。
「はあ~、本当にね。わざわざ光人を待っている必要はないって言ったんだけどね。」
「いのりんはそういうけどさ。こっちももうどうしていいものやら…。」
何に悩んでいるかはもう伊乃莉に聞いているから明るんだけど、だからと言って俺が何かしてやれるかと言うと……。
あんまりないな。
「白石が戻ってくれてよかったよ。その大江戸って奴の話でさ。俺には何が何だか。」
須藤が少し疲れたように言っている。
女子と一緒にいるだけでも、エネルギーを使う陰キャ須藤には荷が重いか。
特に初対面はな。
「別にね、解決策を教わりに来たわけではないの。ただ、大江戸君の人となりがわかれば、少しは対応できるかなって思って。」
「で、俺を待っていたのか?」
「一番詳しいかなと思って、ね。さっきの件もあるし。」
須藤は動くに動けずという感じだな。
俺の席にはまだ鞄があった。
「よかったら場所替えないか?校門で静海を待たせてあるんだよ。」
「そうか、いいけど…、ブンちゃんは大丈夫、ファミレス。」
すでに文ちゃんと呼んでるんですか、伊乃莉さん。
「ファミレスは決定か?」
「あやねるを待つ都合があってね。公開練習が終わった後で、また話し合いだって。待たなきゃならないから、そっちの方が都合がいい。」
ファミレスと聞いて須藤が何とも言えない顔になる。
そんなに小遣いを持っていないのは知ってるからな。
「大丈夫だって、ブンちゃん。ドリンクバーくらい奢るって。」
伊乃莉が男前なことを言ってる。
大木さんの両親がどういう立場かは知らないけど、ちょっと驚いてるな。
まあ、この私立にくる子たちは、基本余裕のある家の人たちだからな。
須藤も、男としての矜持もあるだろうが…。
「鈴木さん、お願いします。」
いや、男のプライドなんて金にならないものは持ち合わせてなかった。




