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第173話 応接室にて Ⅴ

 俺はじっと英治さんの、蓮君の父親を見た。

 静海が、蓮君をぎゅっと抱きしめているのがわかる。


「光人君、君は何を言ってるんだい?僕が夏帆を現場から連れ出した?夏帆は最初から…。」


「しらばっくれるのはやめてください。この俺の問いかけに誠実な答えが得られないなら、先程の件はなし、です。」


 俺が本気なのは伝わったと思う。


 礼二さんが一度視線を外し、柊夏帆にその顔を向けた。


「あなた…。」


 か細い声が英治さんの横の蓮君の母親、玲子さんから漏れた。


 俺も柊先輩を見る。

 柊先輩はただコクリと頷くだけだった。


「光人君、君は誰からそのことを聞いたんだい?」


 柊夏帆から視線を俺に戻し、穏やかな声で俺に問いかける。

 この時点でそれを認めたという事に気付いているんだろう。

 ただ、俺がそれを知っている、という事が不思議に違いない。


 俺は既に、事故の当事者である親父から聞いている。

 その前の悪夢でも、その時の美しい女性と小学生の姿を何度も見せられていた。


 だがそのことを言うわけにはいかない。

 岡林先輩が柊夏帆の頼みで俺に語ることがなければ、この場で英治さんに聞くことが出来なかった。

 この事実の裏の状況、その時の英治さん、玲子さんの想いを知らなければ、いくら蓮君が元気な姿でいようと、浅見家と交友は持てるわけがない。


「生徒会役員の岡林先輩から聞きました。事故のあと蓮君の看病にあたると言った柊先輩の休みの間に、先輩の家に行った唯一の人物です。」


「そうか…。」


 少し考えこみながら、また視線を柊夏帆に向ける。


「岡林さんにそのことを言ったのは私で間違いありません。」


 柊先輩のその言葉を出した時の姿は、しっかりと背筋を伸ばした凛とした姿だった。

 場違いにも美しいと思った自分に嫌悪を抱いてしまった。

 岡林先輩が俺と静海にその事実を語らせたのは、まぎれもなくこの凛とした佇まいの女性だからだ。


「そうか…。」


 英二さんはまたそう言って、少しの間、黙り込んだ。


 俺も静海も少し緊張していた。

 この後の答え如何によって、俺たちの態度、そして浅見家との関係が決定されることになるのだから。


「確かに、私は嫌がる夏帆を、あの現場から引き離した。それは間違いない。」


 そう言って英治さんがその時の状況を語り始めた。




 あの事故のあった日、蓮は夏帆と伊薙駅で待ち合わせをしていた。


 私の家は伊薙駅からさほど遠くないマンションで、すでに駅の周辺への買い物くらいは一人でよく行ってたからね。


 夏帆は夏帆で、モデルのバイトが都内であって、そこから電車一本でこれる伊薙駅は遊びに来るのにちょうどよかった。


 君たちも、うすうす気づいてると思うが、夏帆は蓮が大好きでね。

 いわゆる猫かわいがりなんだよ。


 そ、そこまで力強く頷かなくても……。


 夏帆もそんな目で睨まない。

 事実なんだから。


 それで二人が伊薙駅で本を買って、我が家に来る予定だった。

 夕食は家で一緒に食べることになっていたからね。


 ああ、本ね。

 蓮が夢中になっている漫画だよ、ほら鬼退治の。


 もっとも夏帆はその表紙が不気味だって言って、あまり好きではないようだったけどね。


 6時過ぎだっただろうか、夏帆から電話が来たのは。

 ひどく混乱してて、何を言ってるのかわからなかったが、伊薙駅近くの道路で蓮が事故にあったことは解った。


 すぐに妻と現場に向かった。

 家からは走れば1分とかからない。


 まだ救急車は来てなかった。


 道路をふさぐ形でトラックが止まっていて、大勢の人が群がってた。


 状況はよくわからなかったが、妻が蓮をすぐに見つけて駆け寄った。

 どうやら無事らしい。


 すぐに夏帆を探した。


 夏帆は反対側の歩道に、携帯を握り締めて立っていた。

 トラックが邪魔で蓮のことが見えないようだが、その顔は真っ青で、今にも倒れそうだった。


 白石君達には申し訳ないが、本当に何が起こったかわからなかったんだ。


 すぐに夏帆のもとに行った。


「蓮が、…叔父さんが……。」


 夏帆の目の焦点が合ってない。

 パニックになって、体が硬直している。


 その時、この事故に蓮が巻き込まれているという事は、夏帆の連絡で分かっていた。

 そして、その夏帆は、この時はどう見ても正常じゃなかった。

 と同時に、この目立つ姪が読者モデルであることも思い出した。


 妻が蓮の所にいる。

 そちらは任せても大丈夫だが、この夏帆の状態はまずい。

 下手に人目を引くのもよくないと私は判断して、夏帆を肩に担ぎ、そのまま家に運んだんだ。


 その時に、うちの蓮が轢かれそうになって、君たちの父親である白石影人さんに助けられ、その代わりにトラックに撥ねられたという事は知らなかった。


 軽率だったとは思う。

 事故の一番の関係者をその場から連れ去ってしまったことは、申し訳なかった。


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