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第170話 応接室にて Ⅱ

「うん、いきなりで申し訳ないとは思ってるよ?妹の静海ちゃんにも…。でもね、光人君。」


「出来れば、名前で呼ぶのはやめていただきたいんですけど。先輩とはそれほど親しくもないと思ってますし。」


「この場ではしょうがないんじゃないかしら。静海ちゃんもいるしね。それに、私は充分光人君とは親しいつもりだよ。彩音ちゃんも生徒会に入ってくれて、より距離は縮まったと思うけど?」


「宍倉さんは関係ないんじゃないですか。それに先輩には付き合ってる男性がいるのに、他の男子と親しくするのはいかがなものかと…。」


 俺の言葉に静海と、浅見夫妻がギョッとして俺を見た後、柊先輩に視線を移した。


 ありゃ、内緒だったのかな、と思ったが、それはないはず。

 でなければ生徒会の人たちも知らないはずだ。


「白石君の考えだと、交際中の男女は異性とは話してもいけないの?そんなことはないよね。」


 全くその通りだ。

 これは俺の方が悪い。


「確かに私は生徒会長とお付き合いはしてます。でも、それぞれの人格を尊重したお付き合いです。そして私の現状も、白石家に対する想いも理解してくれています。そのことに関して、後ろ指をさされるようなことは、私にはないんですよ。」


 そう言って、俺と静海に微笑を向けた。

 静海がその先輩の笑みについて、どう思ったかはわからない。

 が、俺には魅惑の魔女の微笑にしか見えなかった。


「夏帆、いい加減にしないか。君がこの場をセッティングしてくれたことには感謝しているよ。でもね、白石君にその態度はよくない。白石君が夏帆に対する態度が冷たい理由がよくわかる。」


 柊先輩は、俺が意地悪なことを言ったという事に対抗したのだとは思う。

 だが、この場に俺をほぼ強制的に呼んだ本人だ。

 俺から苦言を言われることは承知の上だと思ったが、どうも我が強いタイプらしい。


「すまなかったね、白石光人君。君も気付いているように、この夏帆は結構強気な子だ。小学校の頃の苦い体験から、強い自分を演じるところがあってね。でも、私たちを、特にこの蓮と合わせたいという思いは人一倍なんだ。そこは解って欲しい。」


 英二さんは自己紹介の時の丁寧な言葉を、少しフランクな態度に替えていた。

 柊先輩を嗜めた時に口調を変えた影響だろう。

 きっと、会社でも職責が高いということが窺える。


「いえ、私もつい柊夏帆先輩には思うところがあったので、つい…。申し訳ありませんでした。柊先輩にも、余計なことを言ってすいません。でも、人の気持ちを無視するところは、直してください。」


「本当に光人君は私にだけ、冷たいよね。」


「そうなった理由は自分の胸に手を当てて、よく考えてください。」


 そう言ったとき、横から静海が俺の手をつついてきた。


「お兄ちゃんが柊先輩を警戒する気持ちは分かったから、そこらへんで止めよう。小さい子にこんな場はよくないって。」


 静海のその言葉に、ふいに我に返った。


 そう、この場は柊先輩を糾弾する場ではない。

 文句はまだあるが、まず蓮君としっかり対面することだ。


 その蓮君は、俺と先輩のやり取りに少し怯えているように見えた。

 隣の母親である玲子さんにしがみついていた。


 そう、この子が親父が命懸けで助けた小学生の男の子だ。


「改めて、この蓮をお父さんが助けてくれた。本当にありがとう。」


 俺たちに言われても困る、と言い出すと堂々巡りだ。


「もうお礼は充分にしていただきました、英二さん。それより蓮君の身体の調子はいかがですか?」


 俺の言葉に英二さんと玲子さんがハッとした顔になる。


「そうだね、確かにそうだった。白石影人さんのおかげで、体にも頭にも問題はないそうだ事故のショックでしばらく言葉を喋れなかった期間もあったんだが、今は全く問題がなく元気に学校に通ってるよ。」


 俺はその言葉に背中を押された気がした。

 実際は親父がこの体を動かしたのかもしれない。


 座っているソファから立ち上がり、蓮君の横まで近寄る。

 蓮君は怯えたように玲子さんに抱き着いたが、そんなことを気にせず、蓮君の前に膝をついた。


「生きていて、元気になってくれてありがとう。」


 怯えてる目を見ながら、俺の口から、そんな言葉がこぼれ出た。


 この言葉は俺の言葉なのか、親父の心なのか。


 それはどうでもいいことかもしれない。

 親父がその老いてきた身体を酷使して蓮君をはね飛ばして、代わりにトラックに轢かれた。

 そこまでして助けた命が、今目の前で生きていてくれる。


 これ以上の喜びがどこにあるのだろうか。


 俺が見つめていると、怯えていた蓮君が母親から離れて、俺に向き直った。


「おじさん?」


 その言葉が、俺の脳に衝撃となって走った。

 それは俺の感情ではない。


 親父の溢れる想いが俺の脳内を駆け巡った衝撃だった。


(そうだ。私は、この子を、この命を助けるために…)


 俺を見て「おじさん」と言った蓮君。

 もしかしたら、本当に自分を助けてくれた人の存在を感じたのだろうか?


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