第17話 西村智子Ⅴ
朝起きて、少し泣き顔っぽくなっていた。
コウくんは恋人として私を見ることはないと告げてきている。
でも、大事な友人と思っているとも言っていた。
私がコウくんに恋心を持っていることに気づいたのはいつ頃だろう。
あの極悪3人にひどい目にあったころには、すでに好意の感情が芽生えていた。
あいつらが大事な人を傷つけていることを知ってからは、胸が張り裂ける思いだった。
それ以前に、二戸詩瑠玖のことが好きだと打ち明けられたときも、嫉妬よりも応援する気持ちが大きかったはずだ。
コウくんは昔から優しかった。
私がこの伊薙に引っ越してきて、伊薙小学校に転校した時に、淀川慎吾と一緒に声を掛けてくれた。
慎吾はそのころから格好良かった。
サッカーのクラブにも入っていて、運動もうまかった。
だから最初、慎吾に惹かれたのを覚えている。
慎吾はサッカーで忙しい割にはコウくんや私とよく3人で遊んだ。
リーダーシップもある慎吾をコウくんが支えているような感じだった。
クラスで問題が起こった時も、矢面には慎吾が立つものの、コウくんがその裏で、結構な根回しをしていたことを知ったのは小6の頃だった。
コウくんは中学受験のため、私たちと、放課後に遊ぶことが少なくなった。
私も慎吾も、基本的にはコミュニケーション能力が高い方で、いろいろな友人が出来ていた。
だからコウくんと遊べなくなっても、それほど問題はない、そう思っていた。
でも、実際は微妙な歯車のずれ、ピースが合わないジグソーパズルのような違和感を抱き始めていた。
クラスの意見がうまくまとまらない。
特に女子と男子に溝が出来つつあった。
でも女子のあらかたは第二次性徴が始まっていた。
思春期であり、男女の差を思いっきり意識するときでもあった。
それに比べれば、男子はいまだに子供っぽい遊びに興じている。
でも、以前もそういうことは度々あって、衝突はしても、すぐに和解していたように思う。
でも、そういうお互いを尊重することがなくなってきたような時だった。
「ああ、やっぱり、光人いねえとだめだな、俺たち。」
慎吾が男子に向かって行った言葉だ。
全く意味が解らない。
コウくんはそんなに人前に出るのが得意なほうじゃなかった。
物静かに本を読んでいるイメージがあった。
そのコウくんを慎吾が連れだすという感じで遊んでいたと思っていた。
でも、慎吾のその言葉に、他の男子の一部が頷いていた。
「ねえ、慎吾。どういう意味?」
「どういう意味も何も、そのまんま。何か、もつれそうになると、その中心人物のとこ行って話を聞いてたのが、光人。その情報をもとに俺らで、いい方向になるようにしてたんだよな。でも、光人が勉強で忙しくて、そういうことができなくなっちまってな。」
この時の感情をどう表現したらいいのだろう。
ただ驚いた。
そして、確かに人の話をよく聞いてくれた。
聞くだけで解決法を教えてくれるわけじゃない。
でも、不思議と話を聞いてもらえていると、自分の中に答えを見つけることがあった。
その時に抱いた感情は恋愛のものではなく、どちらかと言えば尊敬の念であった。
コウくんは頭のいい方だと思っていた。
だから中学受験は合格して、中学は別々になるんだろうと思って、少し寂しい気持ちになったことを覚えている。
だが、結果は不合格。
何校か複数を受けているということは聞いていたけど、興味がなかった。
でも、すべてに落ちて、かなり落ち込んでいたコウくんを見て、不謹慎にも心の中で喜んでしまった。
小学校の卒業式で、無理やり笑みを浮かべている姿には、胸が痛かった。
けれど、本心かどうかは別にして、慎吾と私に「中学でもよろしくな」という言葉に、笑って「よろしく」と返したのを覚えている。
中学受験に失敗して落ち込んでいる友人に、元気をつける笑みではない、心からの喜びの笑みを向けてしまい、帰宅後、酷い自己嫌悪に陥った。
でもまた一緒にいられるという思いが勝ったのも事実だ。
中学に入り、1年の時は別のクラスだった。
慎吾はコウくんと一緒のクラスで、仲間外れと感じてしまった。
私はテニス部、慎吾は順当にサッカー部、そしてコウくんは陸上部に入った。
このころからコウくんの笑い顔が増えたようだ。
違うクラスで、部活も別だったから、顔を合わせる時間が少なくなるのも仕方がない。
2年になると私とコウくんは同じクラスになった。
嬉しかった。
慎吾は別のクラスになったけど、それをさして寂しいとは思っていなかった。
そして一連の事件が起こる。
コウくんを庇ったはずの私を、コウくんが庇い、そして他の教室に連れて行かれた。
私の忠告を守ってスマホの録音機構を使ってくれていたのは大きかった。
実際に暴行を受け、コウくんの父親の影人さんが何とかコウくんを助けてくれた。
大袈裟ではなく、この行為が遅れていたらコウくんが死んでいた可能性さえあった。
証拠となったスマホの音源。
これがなければ、その後の学校との交渉は難航したかもしれない。
学校側はこの不祥事を何とか隠そうとしていたのだから。
警察への被害届を影人さんが届けなかったことには不満はある。
でもクラスを変え、結果的に直接の加害者のうち、二人が転校した。
まあ、何とか平穏にコウくんが残りの中学生活を、出来れば楽しんでくれればいいな、と思っていたのだけど…。
半分不登校に近い状態になった。
本当の原因の二人がまだ学校にいたから。
中2の学年末テストには出席して、不登校とは思えない結果を出した。
今までコウくんは300人中の120番前後をふらつく感じだった。
いじめ事件で、中2の3学期に急遽クラス変更があり、いじめをしていた3人と三笠颯、二戸詩瑠玖とも別のクラスになった。
それでもコウくんは3学期の半分くらいは学校に出てこなかった。
私と慎吾は明らかに学校側の意図がまるわかりとばかりに、コウくんと同じクラスにになり、比較的コウくんと仲の良かった男子も数人、一緒になった。
私と慎吾はほぼ毎日コウくんの家まで行き、学校に一緒に行こうとしたが、成功とも失敗ともいえない状況だった。
明らかにコウくんは自分に対して否定的な教師を避けていた。
その授業のある日はいかないことが多かったので、それとなく探ると、否定はしなかった。
だが、学年末のテストは順位として50番を越えてきた。
特にコウくんをよく思っていない教師の科目が飛躍的に伸びていた。
これはそう言った教師への悪意のこもったメッセージだと私は考えている。
この教師たちの授業を受けなくても点数はとることができる。
お前らはいらない。
強烈な悪意だと思う。
教師の存在そのものを否定しているのだから。
当の本人たちがそのメッセージに気付いたかは不明だが、学校側は気づいていたようだ。
3年に上がると、その担当の教師は私たちのクラスの担当を外れていたことが、その証拠だろう。
中3からは、コウくんは普通に学校に来るようにはなった。
それでも以前の覇気は感じられなかった。
同じクラスの女子たちは、詩瑠玖からの嘘の情報を簡単に信じ込む人たちがいて、あらぬ噂は私のコネを使って消していったが、完全に払拭することはできなかった。
いい例が榎本虹心だ。
また、自分に対する悪意を完全に無視するようになったコウくんは、さらにコミュ障陰キャというレッテルを張られ、本人もそれを受け入れていた。
暗鬱とした中学3年だった。
何とか立ち直らせたいと思っていたが、慎吾は静観していた。
彼に言わせると、今はさなぎの状態で、高校生、少なくとも大学生になるまでには、昔以上の魅力を持った男になると断言していた。
なぜそこまで言えるのか?
私には不思議だったが、それがただの出まかせでないことは何となく理解していた。
コウくんの成績は上下に激しく揺れていた。
いい時であれば、県立ではかなりレベルの高いところも狙えそうだったが、ダメなときは、酷いものだった。
私は受験校には密かにコウくんと同じところを受けていた。
少しレベルが高かったが、同じ高校に行きたかった。
恋心と言えばその通りだが、心配であったのも事実だった。
結果的に、日照大付属千歳高校に二人とも受かったが、その後の影人さんの事故死は、私にとってもショックだった。
本当ならコウくんの隣で支えるべきだった。
でも、出来なかった。
何を言ったらいいのか、 全くわからず、会いに行くことも出来ないままだった。
小学生を助けながらも、自分は命を亡くしてしまった影人さんについて、結構なマスコミが来ていたのも、腰が引ける一因だった。
状況がコウくんの公立高校の受験を邪魔した。
日照大付属千歳高校に行くしかないことは解っていたので、両親に無理を言って私も日照大付属千歳高校に行くことを決めた。
慎吾の言ったことが現実になった。
影人さんの死後、コウくんは恐ろしいほどの成長を見せ、急激に格好良くなった。
見てくれがそんなに変わったわけではないはずなのに、死んだような眼に力がこもり、猫背だった背筋をしっかり伸ばし、人の目を見てしっかりと発言できるようになっていたのだ。
友達も積極的に作ったようで、男子も女子にも挙動不審にならずに接することができるようになっていた。
その結果「コミュ障陰キャ」「非モテ陰キャ童貞」という呼び名が、「女泣かせのクズ野郎」に変わっていた。
それがいいのかどうかは、ちょっとわからないけど…。
そう、私がもたもたしているうちに、コウくんは可愛い女の子に囲まれるモテ男になっていた。
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