第156話 岡崎先生の父親
英語準備室には岡崎先生しかいなかった。
「悪かったな、呼び出して。」
「で、僕に何の用ですか。全く身に覚えがないんですが…。」
「まあ、そう警戒すんな。ちょっと座ってくれ。すぐ済むから…、と思う。」
岡崎先生が最後の言葉を小さくそっぽを向いて呟く。
何だ、その「と思う」って。
「今度うちの親父が大学の都合で東京に出てくんだ。」
「先生のお父さんって、大学の先生なんですか?」
ちょっと渋い顔で岡崎先生が頷いた。
「石川大学ってとこで薬学部の教授をやってるんだ。」
(石川大学薬学部の岡崎教授?)
親父が反応した。
「今回は、何でも文科省での学校改編の打ち合わせってことなんだけど、に関しての詳しい話は分からんから、変に突っ込むなよ。」
「はあ、俺もそんな話されても…。」
「本題はな、今日夜にちょっと親父と会食するってことで昨日連絡が来たんだ。それで白石に聞いといてくれって言われてな。」
ちょっと言いづらそうだな。
俺との関係がよくわからん。
(うん、直接光人には関係ない。関係があるのは私だろう)
(えっ、それは、どういう…。)
(おそらくなんだが、私の恩師にあたるヒトだ。岡崎教授は私の大学院時代の実質的な指導教官なんだ)
(それって…。)
暫く脳内会話をしていたが、岡崎先生はどう話すべきか、まだ悩んでいた。
「岡崎先生のお父さんが俺に何を?」
「ああ、うん。実はな、白石のお父さん、親父の生徒だったそうなんだ。」
すでに親父から聞いて驚かされていたので、俺の態度が普通だったんで、先生が「おや?」って感じで俺を見ている。
「あんまり驚かないんだな、白石。」
「いえ、驚いてます。ただ、親父が通っていた大学院が石川大学とは聞いていたんで、もしやとは思ってました。」
俺の説明に、それでも眉をひそめている。
やがて、軽くため息を出して口を開いた。
「だと話しやすい。親父が東京に来たんで、白石の家に線香を上げに行きたいって言ってんだ。急で申し訳ない。明日、午前中に時間取れないか。」
明日か…。
栄科製薬の山上さんが来るんだよな。
でも、石川大学からじゃ、そうそうは来れないかもしれないし。
(明日来る山上は会社で後輩だが、大学院も後輩なんだよ、光人。岡崎先生に指導を受けてる。最悪、一緒になれるならなったで、大丈夫だぞ。葬式の後に参加できなかった人が線香あげに来て、勝ちあうのもない訳じゃない)
(こっちは学生だから、そういた事の礼儀がわからないからな。親父がいいっていうんなら、まあいいか)
「先生のお父さんは、何時ごろがいいんですか?」
「一応、11時から11時半くらいって言ってたかな。伊薙なら快速で東京にすぐ出れるからな。」
「では11時半でいいですか?その前に栄科製薬の人が、やっぱり線香あげに来たいって言ってて。」
「まあ、こちらはそれでいいけど。栄科製薬?どっかで聞いたことがあるな。」
「先生のお父さんのとこの学生がそれなりに就職したからじゃないですか?明日来る人も、親父の後輩の山上さんという方でしたから。」
そこでハッとした顔を岡崎先生がした。
「ああ、知ってるよ。うちの実家に来たことある。そこで白石の親父さんの後に就職が決まったとか、話していた。」
もしかしたらその山上さんにこのことを言ったら、どうなるんだろう。
(たぶん、会いたいからって言って、先生を待つと思うな、山上なら)
「そうか、山上さんが来てるのか。それは一応親父にも伝えておくよ。」
「そういえば、うちの親父は薬剤師の前に栄科製薬に勤めてったって知ってたんですか?」
「まあな。学校の書類には保護者の勤務先は書いてあるけど、普通前職は解らん。ただうちの親父からそこら辺は聞いてるよ。何か親父にも相談があったらしいし。」
「そういうもんなんですか?学生と教授って。もっと距離があるかと思ったんですけど。」
「うちの親父、息子が言うのもなんだけど、結構面倒見がいいんだよ。だからじゃないか。さすがにうちの親父とお前のお父さんの関係までは知らないからさ。」
そりゃあ、息子さんがそんなこと知らないよな。
でも実家に言ってて、お子さんと顔なじみというのも、ある意味凄いか。
(あの岡崎先生は、学生を自分ちに呼ぶの、結構好きだったからな)
(ふーん、そういうもんなんだ)
「先生、今晩お父さんに会うんですよね?」
「ああ、そうだが…。」
「そこで、向井さんでしたっけ、婚約者を紹介するんですか?」
図星だったようだ。
先生の耳が赤くなった。
「関係ないだろう!明日、11時半な!」
ぶっきらぼうにそう言って、俺を英語準備室から追い出した。