第152話 静海の態度
寝不足だった。
久方ぶりにスマホのアラームで目が覚めた。
入学前までの悪夢ともいえる交通事故の夢を見るということはなくなってはいたので、睡眠の質という意味では、あの頃よりましではあった。
単純に睡眠時間が少ない。
昨日、迂闊に言葉に出して親父と会話をしてしまったこと、さらにそれをどうやら静海が聞いていたこと。
起こってしまったことに対してはもうどうしようもないと分かってる。
だが、この俺の、周りからは変な独り言として思われるはずの会話。
静海がいつから聞いていたかはわからない。
だが、聞こえていたことは間違いない筈だ。
にもかかわらず、あの後の夕食でも、一切そのことには触れない。
今日の午後のダンス部の公開練習について、一緒に見に行けることをはしゃいでるように見えた。
見えたんだが…。
いや、はしゃいでることにも違和感があった。
確か、神代さんが何で俺に招待状を渡したいのか聞いた時の、不機嫌そうな静海の態度。
それが一転、はしゃいでるような雰囲気。
俺に乙女心とやらは、全くわからないので、考えるだけ無駄だとは思っているのだが…。
(静海の態度が、おかしい)
(う~ん、それについては何とも……。3か月前の静海の態度からすれば、おかしいくらいに変わってる)
(それはそうだな、うん。いや、そうじゃまくてさ!昨日のことだよ!)
(光人、少し落ち着こう。確かに、一般的な妹さんなら、「ヲタクの兄貴が部屋で独り言言ってキモオイ~」となって、おかしくない場面ではある)
(そ、そうだな)
ん、かなり胸の奥を抉られるような気がする。
(だが、3か月前の静海であれば、そもそも晩御飯を知らせには来ない。舞子さんが大きな声で光人を呼んでいる)
(確かに…。あの頃の静海は1m以内には俺を絶対近づけなかった)
自分で言ってて哀しい。
古傷を自分で抉っている気がする。
(それが今は0距離というのもおかしな話なんだが…)
登校の際の静海の行動。
まるで恋人のように俺の腕に抱き着くようにしている。
ただ、まだ発達途中ということもあるのだろうが、あやねるほどのボリュームがないということが幸いしているのか、俺の煩悩が起きることはない。
とはいっても、3か月前の静海から考えれば、あり得ない行動ではある。
親父が死んでから、親父が俺を使って行った様々な対応、そして俺自身が発言した浅見連空と親父への想いが静海の俺に対する気持ちを変えた、とは思っているんだが…。
極端だ。
だが、昨日の俺の、ある意味独り言。
それを何故かわからないが、部屋の外から盗み聞きしていた可能性が高い。
何かの拍子に足でドアを蹴飛ばしたために、今まさに呼びに来たという体裁を整えた気がしてならない。
(心配のし過ぎだとは思うぞ、光人。仮に、昨日のお前と私の会話を聞かれたとして、私の言葉は出ていないんだ。本当に、空想の私と会話してるという、ある意味危ないお兄ちゃんと思われているだけだろうに)
それはそれでいやだなあ。
(昨日も言ったが、私が光人の脳内に「いる」ということを誰も想像できないんだ。多少の独り言くらいでは気にしないほうが、ストレスはないぞ)
(わかってはいるんだけど…)
そうわかってはいる。
でも考えてしまう。
確かに俺の中に親父がいるなんて、ほとんどの人は考えることはないだろう。
でも……。
俺だけではなかったら。
これが、自然現象の一種だとしたら…。
ほかに同様の人がいてもおかしくはない。
(それは考えなくてもいいと思うぞ、光人)
(なんでさ、親父)
(仮にこの現象が自然界で起こるとしてだな、そんなにしょっちゅう起こると思うか?)
(…………思わない)
(そういうことだ。同様の経験をしている人が私たちの近くにいる可能性は、かなり低いと思うよ……)
親父の言ってることは解るんだが、どうも、それだけではない何かを親父が知っている気がしてならないんだよなあ。
考えすぎかもしれないけど。
(そういえば、前に私が注意したのに、私との会話を口に出してたのはなんでだ?昨夜聞こうと思っていたんだが)
話を逸らした?
(ああ、そうだね。口にしなけりゃ、こんなことにはならなかったなあ)
(自分の部屋だから安心してかとも思ったんだが)
(最近、親父の知識が漏れてきてるようだろう?)
(そうだな、確かに。そんなに多い量ではないし。どちらかというと、知識・記憶というより、その事象の考え方、っていう感じではあるけどな)
(そう、それ。俺、少し怖くなってね)
(怖い?)
(この考えが自分自身の考えか、親父の考えかわからなくなる時が来るんじゃないかと思って、さ)
(不安、か。)
(不安と言うほどのモノじゃないんだけど…。ただ、できる時には自分の考えは口にしたほうが考えもまとまる気がするし、これは自分の考えだって思えるっていうか)
(………………。あまり気にするな。でも、光人が思ったことなら尊重するよ)
「親父…」
(ほら、口に出てるぞ。とにかく、慎重にな!本当にこの状態が、他人に知れて、しかも世間が信じられるような状態になれば、悪い方向に進む可能性が高いからな)
(えっ?)
(この体、特にこの脳を調べたがる奴らが、世界にうじゃうじゃいるということだ)
(あっ、そうだな、わかったよ、親父)
「お兄ちゃん、朝ご飯冷めちゃうよ!起きてる?」
階下から元気な、何かを隠してるとは到底思えない静海の声が響いた。
「起きてるよ!今行く!」
いまだ寝不足で本調子ではない体にムチ打ち、制服に着替え始めた。




