第133話 問題児たち
「瀬良君かあ~。」
土曜の午後のダンス公開練習の参加者に瀬良が加わることをあやねるに伝えると、露骨に嫌な顔をしてきた。
「いいやつだと思うよ、ある意味。」
今俺はあやねると一緒に北習橋行きのバスに乗っている。
図書室で太田と図書委員の眼鏡女子の先輩に怒られたのち、なかば追い出されるようにして退出した。
その頃合いにあやねるからLIGNEが入ったのだ。
教室まで太田と戻り、あやねると合流、いつものファミレスで待っている伊乃莉のもとに向かっている最中。
「だって、なんだか私に限らず、女子を見る目がちょっとねえ。」
「そういう面はあるけどさ、だからあやねるは男性恐怖症っぽくなったからしょうがないとは思うよ。でも、男がそういう目で女を見なくなれば、人類は全滅するかもよ。」
「それは極端だよ、光人君。そういう目で見るといっても限度があると思うよ。」
「そうだよな、確かに。男子同士だけでの時と、女子のいる場ではわきまえる必要はあるか。」
俺の言葉に細かく首を縦に振るあやねる。
「普通であれば、同級生がダンス部の練習を見に行きたいって言われても、フーンって感じだけど…。瀬良君の場合、あからさますぎて。だからわざわざダンス部の練習は非公開なんでしょう?」
「そうだな、その通りって感じかな。」
とすると、瀬良には適当にごまかして、招待状は渡さないほうがいいのかな。
「ちょっとそれは考えたほうがいいか。一応、本人にも、この件だけでなく注意はしておく。」
その言葉に少しほっとしたようだ。
「でも、生徒会が言っていたトラブル対処のマニュアルって、結構大変なのか?」
「うん。瀬良君みたいな人もそうなんだけど、恋愛がらみみたいなことでもね。これはってことはできないんだけど、これまでに起こった例があって、それを基にしたケーススタディ的なことかな。」
「あ、それちょっと興味あるな。」
と思っていたら、バスが終着の北習橋駅前に到着した。
俺は話を打ち切りあやねると一緒に降りる。
続きはファミレス内で聞かせてもらおう。
いつものファミレスのほぼいつもの席に伊乃莉がいたが、ほかにも2人ほど女子生徒の姿があった。
二人とも比較的小さい女子だ。
「ああ、あやねる、早かったね。やっぱり光人もいたか。」
伊乃莉が大きく右手を挙げて俺たちを招く。
俺はおまけらしい。
「二人に紹介しとくね。こちらのフンワカした感じの子が三枝縁ちゃんで、こっちのスレンダーの子が田所有希ちゃん。二人とも私とおんなじ1-Fね。」
フンワカと紹介された三枝縁さんは、ちょっとふくよか(特に胸のあたりが)な、かわいらしい女子。
もう一人の田所有希さんはスレンダーと言えば聞こえがいいが、かなりの細さがまず第一印象に来る。
「それで、こちらのかわいらしい女子、この前の検診のときにも見てたと思うけど、同じ中学の親友、宍倉彩音。もう一人が入学式からネタの尽きない白石光人。またの名を「女泣かせのクズ野郎」。うわさくらいは聞いたことがあるでしょう?」
この言葉に、伊乃莉の同級生の二人がぼそぼそと何かを言ってるが、どうせ俺の悪口だろうから、聞かないことにした。
「まあ、よろしくしてやって。これからも会う機会あると思うし。それとこの「女泣かせのクズ野郎」のことは好きにならないほうがいいよ。」
何度もその言葉使うんじゃねえよ、伊乃莉。
「うん、たぶん、そんな事にはならないと思うから、大丈夫だよ、いのりん。」
三枝さんが言う。
続けて田所さんが口を開いた。
「以下同分。」
うーん、端折りすぎ。
「そうだとは思ったけどね。下手にそんなことになると、うちの親友が般若になっちゃうからさ。」
「いのすけ、それひどいよ!」
「いや、あやねるはそこのところ自覚したほうがいい。」
伊乃莉がまじめにあやねるにそう言った。
全くの同感。
ちなみに俺とあやねるが二人きりになるのを妨害する男子(特に須藤)にも同様の顔になる、らしい。
「ハハハ、わかったよ、いのりん。じゃあ、またね。」
三枝さんが笑いながらそう言ったが、実は笑い事ではない。
「また明日。」
小さめの女子二人が笑いながら去っていった。
「面白い子たちでしょう、あの子たち。」
「もしかして私が来るまで、あの二人はいのすけに付き合ってくれてたの?」
「そんなとこかな。それ以外でも部活動するかとか、親睦旅行の件とかね。」
少し笑顔が曇った気がしたが、気のせいだろうか。
「なにかあった?」
あやねるも伊乃莉の浮かない顔に気づいていた。
「私じゃないんだけどね。さっきの子たちでもないけど、大木美津子って友達がいるんだ。今は陸上部に入ってるから、ここには一緒に来なかったんだけど…。その子の親睦旅行の班にちょっとやな奴がいてね。」
大木美津子さん、か。
「お」からはじまるとすれば…。
「大江戸ってやつと同じ班なのか?」
「光人はよくわかってるね。そう、大江戸天ってやつがいて…。こいつが本当にいけ好かない奴でさ。班のことを一切やろうとしないんだよね。」
相変わらずか。
「やる気がないんだったら、もう考えずにそいつ抜きでやれば、とは言ってんだけどさ。」
「そういうわけにもいかないってか。」
俺は疲れたような伊乃莉の言い方に、そう答えた。
「しょうがないんだけどね。本人にやる気がないんだったら、一層休んでくれると助かるって、愚痴ってたよ。」
本当にあいつは迷惑しかかけないな。
それが格好いいと思ってるんだから、処置なしだ。
「ここで、ああだこうだ言ってもしょうがないよ。その大木さんって人には、大江戸の仕事を振らずにいたほうが平和だと思うよ。他からハブだと思われてもさ。もし先生に何か言われるようなら、班が決まってからのこと、伝えればいいんじゃないかな。」
「そうか、そうだね。一応、みっちゃん、ああ大木さんにおことね、伝えてみるよ。」
少し、肩の荷が下りた雰囲気がした。
俺とあやねるは二人が帰った後の席に腰を落ち着け、ドリンクバーを注文後、あやねるの分も一緒に取りに行く。
戻ってくると、机に資料が置かれていた。
「トラブルのケーススタディ」のタイトルが目に入った。