第132話 図書室にて Ⅱ
「あっ、でももともと研究職だったよ。栄科製薬で研究をしてたって聞いてる。」
「ああ、そうか、そうだよね。ドクターであればそうだよね、うん。」
ん、ドクター?
うちの親父は医者じゃないよな。
「えっ、ドクターって?」
「あれ、聞いたことない?大学院の博士課程って、ドクターコースっていうの。というか、ドクターって医師だけでなく、博士号持ちにも使うよ。まあ、普通に生活してると聞くことってほとんどないけどね。」
「ほ、そんなに偉かったんだ、うちの親父って。」
(偉くはない。研究者になるためのスタートラインだよ、博士号って。覚えておけよ、光人)
(はい、はい)
頭の中の博士が俺に説教してきて、少し憂鬱になった。
「そういえば、お父さんって、有機化科学で博士号取ったんだ。薬剤師してたんなら薬学部出身だよね?どこの大学院だったかって知ってる?」
太田君がやけにこの話に食いついてきた。
「あれ、どこって言ってたかな。聞いたことはあるけど…。北陸のほうだった気がする。一度家族で旅行した時に行ってたから。」
(石川大学だよ、光人)
(知ってるけど!でもさあ、親父の出身の大学知ってるというのも、なんか気持ち悪く思われそうだろう。それでなくても、親父がらみの記憶が俺の記憶に混じってるみたいなこと、この前言ってたじゃないか!)
(親のこと知ってるとこのどこが気持ち悪いんだよ。誇れよ!)
「ああ、北陸だと、石川大学か、富山医科薬科大かな?」
太田君は俺の言葉にいちいち反応してくれる。何故?俺の親父のことだろう?
(まあ、好きなことに興味を持ってくれるのがうれしいってこともあるけど…。ん~、太田って、准教授でそういう苗字の日とが隣の研究室にいたっけ)
「そういえば、石川大学って言ってたような…。」
「うわあ~、すごい偶然だね。研究室って薬化学じゃなかった?」
「さすがにそこまではわからないけど・・・、なんで?」
「ん?ああ、うちのじいちゃんさ、その石川大学の薬化学研究室で准教授やってたんだって。そのあと第三製薬、あっ今は第三共立だったけ。に移ったんだよ。」
(そうか、この人は太田先生のお孫さんなのか)
(親父の知り合いなんだな、その太田先生って)
(直接ではないんだよ。うちの精密分子構築学って研究室の横が薬化学の研究室で。結構仲良くやってたからな、うちと隣は)
親父がしみじみと言っていた。
こんなところでまた縁がつながってる。
なんだろう、変な気分だ。親父が俺の頭に寄生しなければこういうことはわからなかったはずなんだよな。
結構こういうことがあるのかも、知らないだけで。
(そうなのかもな、光人。だからこそ、縁は大切にしないとな)
(うん、確かに)
「そうか、じゃあ確かにうちの親父と太田君のおじいちゃんは知り合ってたかもね。でも国立大学の准教授ってすごいね、太田君のおじいちゃんって。」
「なんか、いろいろあったみたいで…。それより、君のお父さんとうちのじいちゃん、そこに繋がりがあるのなら、変に他人行儀はやめよう。」
「確かにな、太田。」
「そういうこと、白石。」
少し二人で笑った。
その後、図書委員の2年生に、ほかに人が居なくてもうるさいと叱られた。