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第131話 図書室にて Ⅰ

 俺は瀬良に券が余ればいいよと声を掛けて、そのまま教室を出た。


 図書室はこの高校棟から、講堂のある建物の途中にある。

 それ程広くはないが、この時期はあまり利用する生徒もいないらしい。

 聞いた話では、この学力テストの前は、結構な数の生徒で席はほぼ埋まるらしい。


 カウンターには2年生らしい女子が座って、カウンター内のディスプレイを見ていたが、俺が入っていくと軽く会釈してきた。

 俺も無言で会釈を返すとすぐにディスプレイに視線を戻す。


 長めの黒髪を三つ編みにして、フレームレスの眼鏡をかけていた。

 一般的にイメージする図書委員ではあるが、フレームレスの眼鏡は少し洒落っ気を感じた。


(うん、いいね、図書委員って感じの真面目な娘さんで。図書委員って真剣にやろうと思うと結構仕事量あるけど、大抵は顧問の教師か司書さんが仕事しちゃうから、楽なイメージってあるよな)


(親父のイメージはどうでもいいよ。別に図書委員の人には用事ないから。あやねるからの連絡を待つだけの暇つぶし)


(わかってるけど。でも、高校の図書室にはあんまり読みたいものないからな)


(何処ならあるんだよ、親父の読みたいものって。ここにも推理小説やラノベの類はあると思うけど)


(化学の論文なんか置いてないだろう。近くの日照大の薬学部や理工学部にはあるだろうけど)


(そりゃあ、こんなとこにおいてたって誰が読むんっだって話だ。英語だろうし)


(英語が世界の共通言語になってるから、それはしょうがないだろう)


 親父の言葉に将来的に不安を感じた。


 英語、苦手なんだよな。


 そんなことを思いながら、ほとんど何も入っていない鞄を開いている席に置いた。


 ああ、やっぱり、人がいないな。

 そっちの方が落ち着くから…。


 そう思ったときに、こっちを見ている男子に気付いた。

 ネクタイの色から同じ1年生であることがわかる。

 で、どうも見覚えがあった。

 あれは、確か同じクラスの…。


「白石君、だよね。」


 俺が思い出す前に先に名前を呼ばれた。


「ああ、そうだけど…、確か太田君?同じクラスの。」


「僕のこと覚えててくれたんだ。あんまりまだ友達がいないから、知らないかと思ったよ。」


 俺は置いた鞄を持って、太田君のテーブルに向かった。


「よく知ってたね、俺のこと。」


「いや、白石君のことを知らない奴は1―Gにはいないと思うよ、こんな有名人。」


「あははは。」


 太田君は何気に言ってるんだろうけど、やっぱり俺って、悪目立ちしてんな、これは。


「太田君、確か化学部かなんかに入ったんじゃなかったけ?ここにいていいの?」


「うん、確かに入部したけど、GW明けまでは実質活動しないみたいで。実験するにしても中途半端らしいだ。といってもそんなガチで活動するわけじゃないらしいし。」


 何かの雑誌を読んでいた太田君は少し寂しげにそんなことを言った。

 どうやら化学関係の雑誌らしい。


「そこら辺はよくわからないけど。じゃあ今はその勉強かなんか?」


 俺の視線を追った太田君が苦笑する。


「勉強って程のもんじゃないよ。それこそただの暇つぶし見たいなもん。ここにある蔵書は、あらかたじいちゃんのとこにあるからさ。」


「えっ、おじいさんって、なんか凄い人なの?」


「うーん、凄いかどうかはよくわかんないけど、じいちゃんの影響で化学、特に有機科学ってやつに興味持ったからね。」


「有機?化学。普通の化学とは違うのか、それって?」


(光人!お前、有機化学も知らんのか!私の専攻分野なんだぞ!)


(そりゃあ、親父が薬学で博士号を取ったって話は聞いてるけど。有機化学なんて聞いたことないよ)


(うわあ、嘆かわしいな)


「そうだね。中学での化学は基本的に無機化学が主流だし、あとは化学的なルールみたいなもんだもんな。だからつまらないと思ってたけど。」


 そう言って、今読んでいた雑誌を俺に見せてきた。

 そこには原子記号が並んでいる周期律表が出ていた。


「この中の炭素、Cで示されるものをメインに組み立てられている分子の化学って感じかな。一般的な栄養素、糖質、たんぱく質、脂質とビタミンなんかもそうだけど、生体を構成する分子は有機化学の範疇になるよ。高1で習うことになるから、すぐわかると思うけど。」


 その雑誌のほかのページに有機化合物と書かれた構造は、なんとなく見た気がする。


「そういえば、うちの父親が書いたってやつにこんな記号が出ていたな。」


「白石君のお父さんって、確か亡くなった?」


「ああ、事故でね。調剤薬局の薬剤師やってたんだけど、なんか偉そうに書かれたタイトルの下に親父の名前があった。そこにこんな記号が書かれてた気がする。」


 太田君は少し考えてから、顔を向けた。


「そうか、薬剤師か。なら有機化学は必須だから当然知ってるっていうか、勉強してるはずではあるけど。でも名前が書いてあるってことは何かの論文か何か、かな。」


「ああ、そういえば博士論文って書いてあった気がする。」


「博士論文!白石君のお父さんって、博士号もってたの!」


「詳しくは知らないけど、そうらしい。」


「それで調剤薬局の薬剤師やってるの!なんか凄いな。」


 太田君はなぜかえらく興奮しているようだった。


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