第13話 佐藤景樹Ⅴ
夕食後、東京に変える前に樹里が俺の部屋をノックした。
「景樹、ちょっといい?」
珍しい。
ノックもさることながら、いきなりドアを開かずに、俺に一応の断りを入れてきた。
いつもは、ノックをするかしないかという感じで、いきなりドアを開けてくる。
その為わざわざ鍵を付けた。
この件については両親もさすがに了承してくれた。
何度か油断して、一人の行為をしてる時にいきなり開けられたことがあった。
さらに受験勉強をしてる時の乱入もあり、両親も困ってしまったという事だ。
「どうしたん?」
「さっきの女の子の話なんだけど…。モデルの件、話だけでもしといてくれないかな?」
樹里が少し緊張した感じで俺に頼んでくる。
すでに、鈴木伊乃莉のプロフィールは樹里に話した。
簡単に言えば、鈴木伊乃莉にとって、モデルという職業、ぶっちゃけ金銭的な欲は少ないのではないかということは伝えた。
何と言ってもスーパー大安のご令嬢だ。
生半可なモデルの収入で心を動かす人物ではないだろう。
樹里は風呂上がりで少し厚めの七分丈のTシャツに、ショートパンツというラフな格好だ。
弟の俺相手ということもあるのだろうが、メイクなしのすっぴん。
もともと顔立ちは悪くないが、化粧を落とすといつもの大人っぽさが薄れる。
鼻周りにも若干のそばかすが見られる。
これはこれで人によってはチャームポイントと言えなくもないが、モデルという職業を考えれば、マイナス評価だ。
さすがに陽には焼けないようにしているから、肌は白いため、そのそばかすが少し目立つ。
ただ、このそばかすゆえ、すっぴんで表を歩いてJULIと気づく人間はいない。
また背が高いということもあり、目立つものの、ナンパされることも少ないと聞いている。
顔については可愛い女の子という印象でも、今の格好は長い脚をこれでもかと、思春期の景樹に見せつけてきていた。
1年前の景樹であれば、たとえいけ好かない姉貴であっても、その足に目を奪われていた。
普段、一緒にいないだけに、その破壊力は悶々と性に悩むお年頃には目の毒である。
が、恋愛と性について一通りこなし、さらに心の奥に傷を負った今の状態の景樹には、相変わらずケアが大変そうだ、という感想しか出てこない。
「確かにすごい金持ちのお嬢様ということは聞いたけどさ、聞くだけ聞いてみてよ、お願い。」
そう言って、手を合わせて目を合わせたまま、腰だけ折って上半身を倒してくる。
胸元が景樹の所からはちょうど二つのふくらみと谷間が観測できた。
モデルとしてはその大きさが逆に不利になるほどだが、世の男性なら目が釘付けになる光景だろう。
気にしていないのか、頼みごとをするときの有利さを計算したためかは判別が難しいが、景樹に対してはさして有効な手ではなかった。
ではあるが、普段の横暴な姉を知っている景樹としては、ここまで下手に出る樹里は珍しかった。
いつもは問答無用で景樹に要求を突きつける。
もっとも今回の相手は景樹ではない。
本当の狙いが鈴木伊乃莉であることから、取り次ぐ景樹に変に拗ねられるとうまくいかないと考えたのだろう。
「そうは言ってもな。あの女の子とはクラスも違うし、友達の友達っていうスタンスで、俺と直接話したことなんて、ほぼないんだよ。」
「知らないわけじゃないんでしょう。普通の女子なら、景樹の要求を早々無碍にはできないよ。」
景樹のイケメンぶりに、樹里は絶対の信頼を持っているようだ。
樹里には悪いが、俺はそんな万能ではない。
そうは思ったが、昼に見た鈴木伊乃莉を思い出す。
あの女性だけが、街中を光人なしで歩いていたとしたら、俺には絶対わからなかっただろう。
写真を見せられ、じっくりと見ることができれば、あるいは気づくかもしれない。
だが街中の一瞬であれば、綺麗な女性だ、という一般的な気持ちを抱く程度であろう。
「あれだけバッチリと、しかも自分をよく見せる術を知ってる子なんて、そうそういないわ。それで高1でしょ?元が良くて自分をよく見せる方法を知っている。絶対にモデルの適性を持ってるはずだもん。」
言われてみれば確かにそうだ。
だがスカウトしたとして、この世界で生きていくという絶対的なモチベーションを持っているかというと、疑問に思う。
だが、聞くだけ聞いてみるのは、面白いかもしれない。
「わかったよ、樹里。聞くだけは聞いてみる。但し。」
「なに?」
「もし、興味を持たせて樹里に引き継げたら、成功報酬をもらうよ、いいね。」
景樹の言葉に、瞬間戸惑いを見せたが、にやりと笑って、頷いた。
さて、引き受けたはいいが、どうやって接触するかな。
王道は宍倉彩音を経由することなんだが…。
だが、光人と一緒にいたのが気になる。
しかも、見た感じデートっぽい行動をしていたようだ。
雰囲気だけならデートだ。
だが、土曜日の雰囲気を見ているとそうは思えなかった。
変に宍倉彩音に事情を話していいものかどうか…。
どのみちあの時の鈴木伊乃莉を見ていることは伝えないと話が進まない。
とすれば、光人がいる場でその話をした方が、状況はシンプルだ。
宍倉彩音のいる場でこの話を持ち掛けた時に、もともと宍倉が知っているのか、知らないかでその後の話す内容が変わる。
でも、出来れば光人に先に確認した方がいいのだろうか?
だが、しらばっくれる危険もある。
そうするとあの場にいたのは光人でも鈴木伊乃莉でもない、と言われたら…。
それはそれで俺には全然関係ないからいいって言えば、いいんだけどな。
とはいえ、樹里ではないが、鈴木伊乃莉の潜在的な美に対する可能性には興味がある。
まあ、変に考えすぎてもしょうがない。
何が正しいかはわからないが、とりあえず光人と鈴木伊乃莉があの場にいたことは、まず間違いがない。
光人と鈴木伊乃莉、さらに宍倉彩音がいる場を作ることができれば、ちょっと面白いことが起きるかもしれない。
宍倉さんには悪いが、ちょっとそういう場が設定できれば、そこで樹里の頼みを伝えることにしよう。
俺は、明日の一応の計画を整理できたことに満足した。
必ずしも明日でなくてもいい。
どうせ樹里がこの家に戻ってくるのは次の週末あたりだろう。
その前に鈴木伊乃莉がこの仕事に興味を持つようなら樹里に連絡して、母さんに話を通せば、俺の役割は終わるってことだ。
俺は部屋の明かりを消し、眠りに入った。
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