第126話 智ちゃんと弓削さん
ああ、自分でもキモイな、この感情。
しかもそれをクラスメイトの女子にぶつけるなんて…。
軽蔑されてもしょうがない。
そう思いながら横にいるはずの女子、宍倉彩音さんにどんな顔で見ればいいかを考えてしまう。
「光人君。」
静かに俺の名を呼ぶ女子の落ち着いた声。
その顔に反射的に俯いていた顔を上げて、心臓が止まるかと思った。
目の前に少し鷲を連想させる特徴的な鼻を持った可愛い少女の顔があった。
近い、近い、近い!
あまりの距離感に、思わず上半身を逸らした。
ゴツン。
俺の後頭部が、後ろの壁に思いっきりぶつかった。
「だ、大丈夫、光人君?」
その顔から逃げようとしたのに、またあやねるの顔が迫ってきた。
「ああ、大丈夫、だよ。」
そう言って顔を逸らした。
「と、とりあえず、顔、近すぎるから!」
その声にハッとなったあやねるが顔を真っ赤にして、少しだけ距離を開けてくれた。
一瞬、その視線を恥ずかしさで俺から外したけど、赤い顔のまま、しっかりと俺に向く。
「でも、光人君。そんなことで私は君を軽蔑なんかしない。」
照れてはいるんだと思う。
その証拠に顔の赤みは消えない。
おそらく俺もそんな顔をしているんだろう。
でも、その瞳は真剣だ。
「お父さんが亡くなってるんだよ。そんな光人君が、疑惑のあるヒトの幸せなんか喜べるはずがない。それが憎しみなんて言う負の感情だとしても、持って当たり前。それを自分の心に押し込んでいるだけでも、君が優しい人だって、ううん、優しい人でありたいってことは充分わかるよ。」
あやねるの目が潤んできている。
本当にあやねるは泣き虫だね。
「でも、そんな感情を無理矢理抑え込んでも、きっと、光人君の心が壊れちゃうよ!吐き出していいんだよ。私でよかったらいくらでも吐き出してくれて構わない。そんなことで、君を嫌うはずがない!」
やっぱり、あやねるは泣き出していた。
感情が豊かだ。
「まだ光人君に会って1週間しかたってない。そんなに長い時間じゃないよ。でもね、君に会ったおかげで、私は今、平気で同い年の男の子と話ができるようになっているの。そりゃあ、全部が全部出ないけど、光人君のお友達、須藤君や佐藤君とも話せるようにはなった。他の男子とも挨拶くらいはできるようになったんだ。それに、お母さんやいのすけ以外の人と電車に乗れるようになったのなんて、本当に久しぶりだったんだから!」
ああ、言われてみればそうだったね。
「全部光人君のおかげだよ。そんな私だよ。絶対光人君、君を嫌いになったりしない。」
「あやねる……、ありがとう。」
そう言って、俺は泣いているあやねるの頭に、自然と手を載せて撫でていた。
他に人がいなくてよか…。
「また女の子を泣かせてるの?「女泣かせのクズ野郎」のコウ君。」
誰もいないと思っていたら、二つの人影が俺たちのすぐ近くに立っていた。
西村智子と弓削佳純。
クラスメイトの女子。
さらに言えば西村智子、智ちゃんは俺の幼馴染で恩人でもあり、この前、結果的に振ってしまった女の子。
あまり、この状態で会いたい人物ではない。
「えっと、いつから?」
「誤解がどうのこうのってとこ?」
ほとんど全部聞いてんじゃんか!
「そういう訳だからさ、今更ね、コウくんの汚れ?聞いても何とも思わんから、気にしない、気にしない。」
そう言うと俺の右肩をはたかれた。
いてえぞ、こら!
きっと、テニスのフォアハンドは強烈なのだろう。
「という訳で二人っきりのとこ、ごめんね。二人の耳に入れておきたいことがあってね。」
俺の横に智ちゃん、であやねるの横に弓削さんが座った。
「よくここがわかったな?」
「それは、なんていうの、幼馴染の勘ってやつ?」
「違うよ、白石君。最初からつけてきてたから。佐藤君と須藤君は他に二人を追いかけようとした塩入君を止めてたけど。」
まあ、そうか。
この二人なら大丈夫と景樹なら判断するか。
「それで、話っていうのは?」
俺はさっきの泣いているあやねるとのことをはぐらかすために、本題を促すように勧める。
この二人が現れてから、あやねるは顔を伏せていた。
恥ずかしさゆえか、それとも幼馴染の智ちゃんを意識してか?
「それは弓削ちゃんから、ね。」
智ちゃんが弓削さんに視線を送って、そう告げた。
投げられた弓削さんはしぃうがないって感じで俺、ではなくあやねるに顔を向けた。
「正直なところこの話をした方がいいか迷ったんだけど…。やっぱり名前が挙がってる宍倉さんには、話しておくべきだと思ってね。
その声に、何とか泣き止んだあやねるが顔を上げた。
少し腫れぼったくなってる顔に、弓削さんは真剣な面持ちで口を開いた。