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第125話 白石光人の想い

「いや、何か勘違い、してるぞ、あやねる。」


 そう言ったときにチャイムが鳴って、岡崎先生が入ってきた。


「おーし、SHR始めるぞ!」


 先生の言葉に塩入が号令。

 挨拶をして椅子に座りなおす。


「ん、宍倉と白石、何かあったか?」


「あ、いえ、なにも。」


「うーん、まあいけど、白石。あんまり女の子、泣かせるんじゃないぞ、いいな。」


 はい?


 俺が泣いてるんじゃなくて、あやねるが泣いている?


 景樹と塩入が後ろを振り返った。

 景樹は困惑した顔ですぐに前を向いたが、塩入はあやねる越しに俺を凄い形相で睨みつけてきている。

 ちょっと、いや、かなり引くな、こいつのこういうところ。


 で、岡崎先生の今日の予定を伝えてSHRが終了すると、すぐに塩入が俺のとこに来た。


「おい、白石!お前、また宍倉さんになんかしたのか。」


 そう言うが早いか、俺の胸倉をつかんできた。


 俺はその掴まれた部分の苦しさを隠し、平然と塩入を凝視する。


 あやねるには済まないという気持ちはあるが、こいつにこんな事をされる謂れはない。


「お前には関係ないだろう、塩入。仮に俺が宍倉さんに何かしたとしても、全くの他人に口を出されることではないはずだ。」


 こいつの場合、あやねるが心配という事もあるだろうが、俺が気にくわないというほうがかなり勝っている。

 だからいきなりこんな愚行を犯す。


 順序だてて考えれば、まずはあやねるに何があったかを聞くのが筋ってもんだろう。


「やめて、塩入君!光人君はまったく悪くない!」


「えっ、光人君って、…こいつの、こと?」


 あやねるの言葉に塩入の手は緩む。

 ここぞとばかりにその手を思いっきり払った。


 バチン。


 結構いい音がした。


「てめえ、何しやがる!」


 軽くため息をついた。


「何しやがるって、おい、塩入!お前が先に俺の胸倉を掴んできたんだろう。俺はそれを払いのけただけだ。」


「もうその辺で止めておけ、塩入。」


 今日も相変わらず爽やかに、この騒動を鎮めにイケメンが登場した。

 佐藤景樹。


 ちょっと何かあればこいつが抑えてくれるだろうとは思っていた。


「ふん!」


 塩入は景樹の介入で、さっさと自分の席に着いた。


「私のせいでごめんね、佐藤君、光人君。」


 そうあやねるが謝ってきた。


「大丈夫か、宍倉さん。ちょっと男子なら心配してしまうような顔だぜ。」


 俺からは横顔だけが見えているが、確かに俺の涙よりも多めに泣いた感じがある。


「うん、大丈夫。ちょっと悲しいことがあっただけ。」


 それは全然大丈夫じゃないよね。

 そしてその原因って、俺なんだよね、あやねるさん。


(そうだろうな、光人。あのタイミングでお前が涙を流せば、絶対彩ちゃんは柊夏帆とのことで誤解してると思うよ)


(ああ。そう言うこと、ですか)


 つまり、憧れの女子の先輩に恋人が発覚して、俺が泣いた、そう思ってることか。


(はあ、いい男はつらいねえ、光人君)


(うるせえわ!)


 とすると、やることは一つか。

 俺は前の席に座るあやねるの肩を軽く叩いた。

 ハンカチを目元に充てていた美少女が振り返る。

 泣いてたんですね、やっぱり。

 「女泣かせのクズ野郎」健在。


「お昼、時間あったら、一緒に食べよう。」


 俺はそう小声であやねるに言った。


 少し考えたようだが、小さく頷いた。




 昼休み。

 俺とあやねるは第二体育館裏の非常階段の陰になる場所に座っていた。


 あやねるを連れ脱して教室を出る時には、かなり好奇の目で見られたが、景樹や須藤がうまく立ち振る舞ってくれて、邪魔されることなくこの場に辿り着いた。

 ただ、塩入の強烈な睨みと、冷たい山村咲良の目線に背筋に戦慄が走った。


 二人して自分の弁当を広げる。

 あやねるのお弁当もおいしそうではあるが、あまり軽い雑談をする雰囲気ではない。


 早々に弁当を味わうことなく平らげて、あやねるが食べ終わるのを待った。


「ごめんなさい、食べるのが遅くて。」


 別に謝ることではない。

 そして、少し丁寧口調になっていることが距離を感じる。


「あやねる、ごめんな、なんか悲しませるようなことになっちゃって。」


 正直どう言っていいもんだか、俺にはわからない。

 俺の頭の寄生体は何事も言う気はないらしい。

 いろいろ、この時間まで考えたが、ありのままを言うことが一番である、と結論を出していた。

 幸いにも、事故現場に柊夏帆がいたことはあやねるも知っている。


「きっと、あやねるは俺の涙を誤解したんだと思う。」


「誤解?」


「そう、誤解。あやねるが思っているような綺麗な話なんかじゃないんだよ。」


「私が思ったことが綺麗な事とは思えない。」


「でも、俺が涙を流した理由が、柊先輩に恋人がいたことを悲しんだから、と思っているよね?」


「そ、それは…、うん、そう、その通りに思った。」


「それが誤解だよ。綺麗な女子の先輩に恋する年下の純な男子高校生。そんな純粋なものじゃあない!」


 つい大きな声になってしまった。

 あやねるがその声にビクッと体を震わせる。


 それでも、その場から離れようとはしなかった。


「柊先輩に恋人がいたこと、それに反応して光人君は涙を流した。これは間違いないよね。」


「それは…確かにそう、だよ。でも、前提が間違っている。俺は柊先輩を異性としては見ていない。確かに、綺麗な女子の先輩だという事に反論はない。だからと言って、それが異性として好意的に見る、という事にはならい。」


「ちょっとごめん。私には光人君が何を言いたいのかがわからないんだけど……。」


「そうだね。変な言い回しだった。さっきの柊先輩の恋人の話を聞いた時の俺の感情だけど、確かにモヤモヤした。」


「じゃあ、やっぱり。」


「最後まで聞いてほしい、あやねる。こんなことを言うと軽蔑されそうで嫌なんだけど、さっきの感情は恋愛感情じゃないんだ。」


 その言葉に怪訝な顔を俺に向けてきた。


「恋愛感情じゃない?」


「そう、恋愛のような綺麗なものじゃない。もっとドロドロとした感覚。”憎悪”なんだ。」


「それって、柊先輩を憎んでるってこと?だって、蓮君を助けたお父さんを誇りにしてるって……。」


「その言葉には嘘はない。浅見蓮君が無事なのもうれしいし、助けて命をなくした親父を誇りに思ってる。それは間違いない。」


「でも、それじゃあ、なんで、カホ先輩を恨むの?」


「あやねるも聞いただろう。あの事故現場に彼女がいたという事。そして親たちにその現場にいなかったことにされたことも。」


「その話は納得したんじゃなかったの、光人君。そして妹の静海ちゃんも。」


「納得したと思っていたんだよ、その時には。柊先輩が有名人で、変な事に巻き込まれないように大人たちが隠蔽したことも。でも、よく考えれば、確かに騒がれはしても、柊先輩に落ち度はない。人が目の前で死んだことにショックは受けたとしても。さらに言えば、蓮君も青信号を渡っているんだ。後ろ指を指されるようなことはしていないんだ。なのに、親戚の人たちで柊先輩を隠す理由が、わからない、と思った。」


「そう言われればそうだけど…。」


「だから、俺がそう言ったことからも柊夏帆という女性に好意を持つことが出来ないんだ。どちらかと言えば警戒の対象だよ。そんな状況下で無理に俺に接触しようとしてきた気がするんだ。大体、あの事故現場にいたことを、自分からは言ってない。岡林先輩を通じての話だ。すでにそういう背景があったことは説明してもらったけど、全然信用できる人物じゃない。そういう人物に、好感情を持つことはできないんだ。」


「でもあの光人君の涙を流したタイミングって。」


「柊先輩と斎藤会長が付き合ってるっていう話の時だよね。自分でも何で涙を流したか、わからなかったよ。今言った理由からは、どう考えても涙が流れた理由にはなれないから。で、考え方を変えたんだ。俺が柊先輩に抱いている感情、それは警戒だと。でもさらに自分が認めたくない感情が見えた。」


「それが“憎悪”というの?」


「自分の中では、完全に柊先輩の家族にも、浅見蓮君の家族にも持っていないと思い込んでいた。思い込もうとした。その“憎悪”という感情。でも、二人が恋人となり、幸せになった、という情報が、俺の心の底にの汚泥に隠れていた感情を揺り動かした。

 持っているはずのない感情、持っていてはいけない負の気持ち。親父が亡くなった原因への憎しみ、恨み。その対象が、自分たちだけ幸せになるという事に対する、“妬み”、”恨み”、“憎しみ”。俺がどうしようもない感情に押しつぶそう似されながら、無意識に封じ込めようとした感情。

 それが涙という手段で、表に出てしまったんだ。」


 俺は一気に、自分の気持ちをあやねるにぶつけてしまった。


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