第123話 柊夏帆の恋人
今日は、昨日の学力テストの解説が授業になっている。
他のクラスとの兼ね合いで、英・理・国・数で昼食。
午後は社会の後に親睦旅行についての時間とのことだ。
朝は平穏無事に登校できた。
相変わらず妹との距離は近いが、俺も慣れたし、同じ時間に登校する学生も慣れてきてくれたようで助かる。
微妙に指さされて、見世物になっている気がしないでもない。
今朝早く、母から渡された俺の診断結果を保健室の芝波田先生に渡した。
相変わらず辺に優しい目で、「青春を楽しみな。但し背後には気を付けて」という謎の忠告を受けてしまった。
意味が解らん。
「白石、おはよう!」
なぜか須藤から先に朝の挨拶をされた。
これは珍しい。
「ああ、おはよう。須藤、何かあったか?昨日の帰りの時に比べるとやけに元気な気がするが?」
「ああ、ちょっとな。やっぱり睡眠大事だよ。
「しかっり寝れたってことか。それは何より。ホント、ちゃんと寝れないと入学式の俺のようになるからな。」
「それ、冗談になってないぞ、白石。」
そう言いながらも機嫌がいい。
いいことがあったなら、いいなとは思う。
もしかしたら気になってる子がいて、その女子と話でもできたのだろうか?
「昨日、部室寄らずに帰っただろう?一応勉強もして、朝の新聞配達もしてたから、昨日は本当に疲れていて、一刻も早く帰りたかった。これも事実なんだけど…。」
言いよどむ須藤。
言いたいことは解ってはいるが。
「その、何だ、部室に行くとストレスが溜まりそうだっていうのもあってな。で、昨日は寄らずに帰ったから、今日、放課後に部室行くのが憂鬱だったんだよ。」
全く憂鬱そうには見えない笑顔で、須藤は言った。
さて、どんないいことが彼の身に起きたのだろう?
「で、どうした。思いっきりいいことがあったと、その顔に書いて会うんだが。」
「それがな、今日登校時にうちの部長と副部長の二人とバスが一緒になってな。」
「ほう、それは最悪だな。どうやってやり過ごしたんだ?」
すでに俺の頭にはギャル先輩と巡り合うことは不幸のカテゴリーに入っている。
「いや、確かにお前はそう思って当然だと思うよ。思うけど、言い方を少し考えた方がいいんじゃないか。」
「須藤は所属の部長と副部長だからな。逃げるという選択はないな、うん。で、どうやり過ごしたんだ。非常に興味深い。」
「だから言い方!まあ、いいか。俺も確かに昨日部室に寄ってないっていう弱みもあって、出来れば会いたくなかったからな。だがな、やけに有坂先輩の機嫌がいいんだよ。昨日部室に寄らなかったことも別に気にしてなくてな。本当に助かった!」
ん、なんかおかしい。
「ちょっと待ってくれ、須藤君。君は今非常に機嫌がいい。それは認めるよな?」
「うん、久方ぶりに気分がいい。睡眠もしっかり取れててな。それ以上に気になっていた先輩が怒っていなかった!今日はいいことがあるに違いない。」
「例えばだけど…。すごく須藤好みの女子と仲良く話した、とか、そういうイベントはなかったのか?」
「えっ、あるわけないじゃん、そんな奇跡。」
とんだ勘違いだった。
ああ、思い出してきた。
人から嫌われなかったってだけでハッピーと思われる陰キャの特性。
そして同士で好きなことに打ち込める時間。
ヲタク陰キャだった自分が、もしかしたら遥か遠くに行ってしまったのだろうか?
「でも、元気なのはいいことだな。ちなみにギャル先輩の機嫌がいい理由は知っているのか?」
「いや、知らん!」
だと思った。
俺は自分の席について、筆記用具とノートを用意した。
「おはよう、光人君!」
少し遅れてあやねるが登校してきて、俺に挨拶してきた。
それまでも会う人に軽く挨拶してるとこを見てた。
入学当初に持っていたという人見知りというのが、少しは良くなってるのかもしれない。
「おはよう。昨日は先に帰ってごめんね。生徒会、どうだった?」
何気なく、そんな話を振ってみたら、途端に花が咲いたような笑顔を俺に向けてきた。
「本当は昨日LIGNEしようかと思ったんだけど、顔を見て言いたかったんだよ。昨日の生徒会のこと!」
「やけに張り切ってるんだな、生徒会の仕事。」
あやねるは机に鞄を置き、椅子に腰かけると、俺の方に上半身を向けてくる。
大きめの胸元がその存在を主張してきた。
思わずそちらに行きそうな目を強引にあやねるの笑顔に向けた。
「生徒会の仕事はしっかり覚えないと、とは思ってるよ。でもそうじゃなくてね。昨日の生徒会の集まりでちょっとした事件があって。」
事件なんて大袈裟な表現をしているが、そのにこやかな顔が悲壮的な事ではないことを物語っていた。
「柊先輩、って言うと怒られるんだった。カホ先輩が2年のバスケ部の男子に呼び出されたんだ。」
まるで自分のことのように語り始めた。
要は、柊夏帆がその2年の男子に告白されたという事。
さらに断ったら、強引に手を掴まれたけど、そこをギャル先輩こと2年の文芸部副部長有坂さんに救われたという事らしい。
「でね、その後で、柊、じゃなくて、カホ先輩、斎藤生徒会長と付き合ってるんだって!」
その声が少し大きかったのだろう。
周りで耳に入った人が「おお~」と声を出していた。
あの、柊先輩に付き合ってる人がいる。
何故だろう、その声を打ち消そうとしている自分がいた。