第12話 佐藤景樹Ⅳ
それは本当に偶然だった。
一応学力テストとやらがあって、俺たち1年はあまり関係がないようだったけど、2,3年にっては日照大への推薦がかかった重要なテストということだった。
ということで部活は休み。
高校入学後の初めての休みは、一応受験の確認をしていたが、全く身が入らない。
「景樹、いる?」
姉の樹里が俺の部屋の外から声を掛けてきた。
幼少時代の姉の仕打ちが少しトラウマになっている俺には、樹里は少し煩わしい存在。
とはいえ、モデルのレッスンを見ていたりしているせいか、尊敬の念も同時に持っている。
単純に反抗期と言ってもいいかもしれない。
「ああ、なに?」
「ちょっと、西船まで買い物に行くんだけど、付き合ってくれる?」
「荷物持ちってことか。」
「いいじゃない。こんなモデルをやってる美少女と街中を一緒に歩けるなんて幸運、他の男の子では味わえないんだよ。役得じゃない?」
「いい年して、美少女って柄でもないだろう。まあいいよ、付き合うよ。昼飯おごりね。」
そこでドアをノックして姉の佐藤樹里、芸名JULIが入ってきた。
まだ肌寒いのに、ショート丈の白いパンツに白いシャツを着て水色のロングカーディガンを羽織っている。
弟の俺から見ても長い綺麗な脚が、より強調されていた。
「じゃあ、お願いね。少し学校に来ていく服を見たいんだ。」
姉の樹里は現役の国立大学の3年生だ。
モデル業を優先して1年留年して、現在21歳だ。
ただしこの事実は今のところ伏せられている。
「駅前のカフェでオムライス・パスタセットで手を打つよ。」
「…うん、わかったわよ。じゃあ、行こう。」
「買う服は決まってんだろうな。」
「大体はね。でも、流行は見ておかないと。」
「ここで見たってしょうがないだろう?大学付近でも、事務所の周りでも東京の方がはやりを見るにはいいんじゃないの?」
そう言った俺に、少しあきれた目を向ける。
「いい、私は一流のモデルってわけじゃないの!庶民的な目線での服のコーディネートが強みなの!高い流行の服は、雑誌なんかでは綺麗に見せる自信はあるけど、バラエティにでも呼ばれたら、お金を使わずに流行の着方をもせるってのが大事なんだよ。だからこの辺の微妙な塩梅の街で売っている服ってのは重要なんだからね?」
「よくそこら辺のことは解んないけど…。昼飯はたらふく食わせてもらうよ。」
俺はそう言って、座っていた椅子から立ち上がる。
自分が決して背の高い方だとは思っていないが、それでも男子高校生の平均よりかは高い。
だがこの姉は俺と比べてほとんど背が変わらない。
そしてヒールを履いたりするから、結果的に俺は姉より背が低くみられることになる。
中学時代の俺の友達はやけに俺の家に来たがったが、ちょうど妹の中学受験があったため、そんな友達を排除してきた。
皆、目的がこの姉、JULIに会いたいという理由だったためでもある。
もっとも姉は都内のマンションで一人暮らししているため、滅多に家にいることは少なかったのだが。
俺も薄手のコートをひっかけ、姉のお供をする。
いつものことだが、樹里と一緒に歩くと好奇の目にさらされることになる。
樹里は既に慣れ切っているが、俺はやっぱりこの視線が苦手だ。
中学1年くらいまではきれいな姉を誇る気持ちもあったはずだが、絶賛思春期を拗らせ中の俺にこの視線は痛い。
別に俺が身長が引くということはさして気にもしないが、明らかに恋人同士と間違えられることもある。
姉はそれを面白がって、手をつなごうとしてきたときもあった。
本当に虫唾が走る。
一度、かなり大袈裟に嫌がってからはそういうことはしなくなったのだが…。
西舟野駅のステーションモールはそこそこ混んでいた。
数件のセレクトショップに付き合わされ、さらに試着した後の感想も聞かれた。
ここで適当に答えると、何故かお袋の耳に告げ口され、その後説教されることがしばしばあったので、一応真面目なコメントをする。
この訓練を受けさせられて、結構服のセンスは磨かれたようではあるが、今のところその才能を使う場面にはあっていなかった。
結構な数の服屋を連れまわされ、いくつかの買い物をし、褒美の昼食を食べ、ステーションモールを出た時だった。
少し距離のあるベンチのあたりで見るからにやんちゃそうな男二人組と、カップルが少しもめている雰囲気だった。
駆け寄るには微妙な距離があった。
近くに交番がある。
常日頃、俺の自宅には若い女性たちが練習やレッスンを受けているため、不測の事態に備え、その交番の電話番号がスマホに記録してある。
いつでもかけられる体制で、成り行きを見守る。
そんな俺の横で、そのカップルたちを見ていた樹里が大きなため息と一緒にぼそりと呟いた。
「綺麗な子。」
確かに男に守られているその少女は綺麗だった。
自分の美しさを十分認識し、さらにメイクでより効果的に自分を魅せる技術を持っているように感じた。
と、同時に、その美少女にどこかで会っているような気がした。
その子を庇うように守っていた男が少女を振り向いた時に、しっかりとその顔を見た。
クラスメイトの白石光人だった。
であるならば、庇われている子は宍倉彩音でなければならない。
だが背丈も、顔の輪郭も、決して宍倉彩音ではない。
当然、生徒会書記の柊先輩でもなかった。
妹ちゃんでもない。
では、誰だ。
俺が見たことのある女子だと…。
そして気づいた。
「もしかして、知り合い?」
気づいたらヤンチャ君たちは光人に頭を下げて離れていくところだった。
何があったかはわからない。
だが、警察を呼ぶ必要がなくなり、肩の力を抜いた。
そうした時に樹里が俺に尋ねたのだった。
「たぶん。」
「ねえ、あの女の子、私に紹介してくんないかな。まさかどっかの芸能人というわけではないんでしょう?」
「ああ、普通の友人想いの女の子、のはずだけど…。どうした?」
俺がそう言ったときに樹里はJULIの目に変わっていた。
「うちにモデルとして入れたい。」
姉が本気であることは、その目が十分に語ってくれていた。




