第113話 第二体育館裏 Ⅴ
「その件はいいんですが、さっきの湊にかなりきつく言ってましたけど、それはまた何故?」
「えっ、それはあなたも覚えがあるんじゃない、有坂さん?」
「私が、ですか?」
「そう。そういうギャルっぽい服装だから、男好きとか思われて、入学当時に結構な男子から言い寄られたって聞いてるけど。」
「ああ、そんなことが…。」
私は、中学ではおとなしく勉強に明け暮れていた。
さらに時間があれば恋愛小説を読みふけっていて、それが高じて小説まがいのものを書き始めた。
で、よくギャルの生態について研究した。
この高校が私立で、校則がきついのは解っていたが、そのぎりぎりで、高校デビューをしたのだ。
可愛ければモテると思って…。
勉強の方は特進クラスに上がれるほどだったから、多少のおいたは教師が目をつぶることも計算していた。
入学式の日、意気揚々と学校に行って、中学の時の女子は可愛いと褒めてくれたのだが、その日のうちに何人かに告白まがいのことをされた。
そう、告白、ではなく、告白まがい。
要はヤラセロ的な奴。
私は一目散に逃げた。
告白まがいは学校だけでなく、通学路でもいかにもチャラそうなやつらが声を掛けてきたのだ。
怖かった。
怖かったが、逆にこんな目に合うことに理不尽さも感じ、言い寄ってきたチャラ男にビンタしようとしたときに、大塚詩織に止められた。
それまで、同じ中学で知ってはいたものの、交流はなかった。
どちらかと言えばおとなしかった私と違って、詩織は交流が広く、いつも中心にいるような子だった。
度胸も座っていた。
すぐに近くの交番に駆け込み、警察に絡まれていることを告げたのだ。
確かに私の格好はギャルチックにしてはいるが、校則ぎりぎりのところをついていた。
つまり、日照大付属千歳高校の女子高生と認識された。
他の高校のもろギャルというには非常におとなしい恰好だけに、警官もこちらを色眼鏡で見ることが無かったのだ。
「バカやってんじゃないよ、有坂!その恰好と決めたなら腹くくれっつうの!」
普段聞かない詩織の声に、正直ビビった。
だがその叱る声は、まぎれもなく私のためだった。
嬉しかった。
その日から私は大塚詩織と仲良くなり、詩織が私を「裕美」と呼び、私は大塚詩織を「詩織」と呼ぶようになった。
「確かに、思ってもいない人からの告白はウザいだけ、でしたね。しかも、私への告白まがいはこの体目当て。こんな格好してると男性経験も豊富に見えるんでしょうけど。」
「確かに私にそういう目的で「告白」する人はいなかったけど。確かにウザいね。今日の湊君なんかがいい例。見た目重視、だもんね。」
柊先輩の言うことはもっともだ。
でも、見た目を無視していいというものではない。
「見た目は確かに重要。見た目が悪ければその人に対する興味なんかないもんね。」
「先輩に同意です。でも、文芸部の去年の事件から、全くいい寄って来る男はいなくなりました。」
「はははは、そうだね!あの時の有坂さんの評判は凄かったから。女番長とか言われてなかったっけ?」
「不本意ながら。でもお陰で私を認めてくれる人も増えました。演劇部のシナリオ補佐も、電脳部のシナリオの原案とかはその縁です。」
「本当に有坂さんはアグレッシブよね。」
そう言って、あの頃の私、というか文化祭を思い出しているのだろう。
去年の文化祭運営の裏で生徒会役員の果たした仕事は、信じられないくらい大きい。
「ちょっと横道にそれたね。湊君に対するお説教は有坂さんがあの非常階段の陰に隠れていたことが大きいの。」
「私の?」
「そうよ。もし私の辛辣な説教が湊君の琴線に触れることがあれば、殴られてもおかしくない。そんなことになれば、きっと有坂さんが助けてくれる。そう思ったの。」
「私には何の力もありませんよ?」
「そんなことは無いでしょう。実際、私をかばって湊君を抑えてくれたじゃない。まさかあそこまでしてくれるとは思わなかったけど、声を出すなり、電話で先生を呼ぶなりくらいはしてくれると思ったんだ。」
確かに、あの時突っ込んだ自分の行動力はとんでもないとは思ってる。
ただ、確かに先輩が言うようなことなら十分にあり得る。
「私の知ってる有坂さんは、「義見てせざるは勇無きなり」を地で行く人だから。」
「それは買いかぶり過ぎですよ、先輩。」
「だから、多少のリスクを取るつもりであんな説教臭いことを言っちゃたんだ。」
褒められてんだよね、私。
「結局、このことは私への橋渡しをした瑠衣に報告せざるを得ないでしょう。で、私が付き合ってること、私が単なる憧れを抱いてるような人とは付き合わないことが広まるはず。でもさすがに、私に暴力をしてきたことは言わないでしょうけど…。でも、それで十分。抑止力としては。」
そこで私の最大の関心ごとを聞いた。
「柊先輩は光人、白石光人を一人の男性としてみていますか?」




