第111話 第二体育館裏 Ⅲ
「大丈夫、有坂さん?」
ヘタっている私の横に天使が舞い降りた。
ダークブラウンの髪の毛が少し風に揺れ私のほほに触れる。
微かに柑橘系の香りがした。
「あ、はい、なんとか。ちょっと緊張が解けたら、力が抜けちゃって…。」
私はすぐ横に迫る綺麗な肌の先輩につい見惚れてしまう。
こりゃあ、みんな惚れちゃうな、この綺麗な顔。
瞳も髪と同じダークブラウン。
ちょっと羨ましい。
私のこの髪は少し脱色して色を入れている。
天然でその髪の色は、なんか、ずるい。
「私の名前、知ってるんですか?」
「さすがに去年の文芸部のことは生徒会まで届いてるわ。結構目立つ出で立ちだし…。辺見君もね、有坂のパワーは凄いって。」
「おお、あの辺見が私を褒めてるんだあ。」
「そうよ、暴走さえしなきゃ、本当にいい女だって。」
「一言多いパターンか。」
あとでとっちめてやる。
と言っても、結局説教されて終わるのが落ちか…。
「湊君もしっかり有坂さんを意識してたみたいだし、ね。」
そう言って、柊先輩の目が悪戯っぽく私の胸に注がれた。
そこはそれほど自己主張が多きものはないはずなんだが…。
唐突に光人を思い出した。
部活紹介の時、私の胸元に視線を注いで…。
自分で胸元を見ると、第2ボタンまで外してるブラウスの胸元から水色のブラの片鱗が「こんにちは」してた。
私は慌てて胸を両手で隠す。
頬が熱い。
湊とか言ったか、あの背高のっぽ!
またもや意もせず、乙女の柔肌と恥ずかしいし下着を見せる目に陥った。
「ありがとう、有坂さん。助かったわ。」
柊先輩は横から正面に移動して、私に右手を差し出した。
へたり込んでいた私はありがたくその差し出された手を掴む。
細くしなやかな指。
自分の肌より白い肌は、格の違いを見せつけられる気分だ。
そういえば入学式当日にこの柊夏帆をナンパした新入生がいるっていう噂があった。
その次にの日、「女泣かせのクズ野郎」と言われた光人がそのナンパ野郎と言われていたっけ。まさかね。
あの男にナンパをする度胸なんてあるわけが…。
私は先輩の助けを借りて立ち上がり、スカートと、ブラと同色のショーツに着いた土をはたいた。
「有坂さん、ちょっと時間いい?」
なんとなく言いたいことは察しがついた。
当然今起こったことについてだろう。
かなり重要な情報が含まれていたから。
私も、さっきの先輩の態度にかなり違和感があったので、聞きたいことがあって好都合。
ちょっと光人のことも聞きたい。
「大丈夫ですよ。時間ならあります。」
もしかしたら詩織が迎えに来るかもしれないから、極力この場所からは離れたくないんだけど。
「ちょっと先にベンチがあるわ。そこで。」
この第二体育館裏にはよく来たが、あったっけ、そんなベンチ?
柊先輩の後ろをおとなしく付いて行くと、非常階段の場所から角を折れたところに確かにベンチと自販機があった。
柊先輩に勧められて先に座ると、先輩は自販機の前に立った。
「有坂さん、アイスティーでいい?」
飲み物を聞いてきた。
なんか断る選択肢がなさそう。
「あ、はい。」
すぐに二つの缶を持って私の横に座った。
ここからは、メイングランドからは隠れているが、野球場が微かに視界に入る。
後は結構木が生えていて、いい目隠しになっていた。
「はいこれ、先輩からお礼。ちょっと安っぽくてごめんね。」
「とんでもない!結果的には隠れて見てたようなものですから!」
言わなくてもいいことを言ってしまった。
「うん、知ってたよ。」
そう言った私の言葉に、先輩はさらりと答えた。
あ、知ってましたか、そうだったんですか。
急に顔が熱くなる。
思わず今頂いたアイスティーのプルタブを開けて、一気にのどに流し込んだ。
アイスティーの冷たさに、恥ずかしさに上がった体温が少し冷まされる感じがした。
先輩はそんな私に天使のような微笑を向けると、同じようにプルタブを開け、缶にその瑞々しい唇をつけて缶を傾ける。
液体が先輩の口からのどに流れ込んだようで、のどがコクンと動いた。
「有坂さんがいることがわかってたから、安心して湊君にああいうことが言えたの。」
告白されるたびに、あんな説教してたら凄いと思っていたけど、まさか私がいたからなんて。
「ああ、ごめんなさい。辺見君からいろいろ聞いていてなんだか知り合いのような気がしてたんだけど、よく考えたら初対面だったね、私たち。初めまして、3年の柊夏帆です。」
確かに、初対面だった。
あまりにもこの柊夏帆という人がわが校の有名人過ぎて、忘れてた。
「あ、はい、初めまして。去年やらかした文芸部の有坂裕美です。」
必要のないことまで言ってしまった。
「あらためてありがとう、有坂さん。湊君があんな行動に出るとは思わなかったので、本当に助かったわ。」
頭を下げる柊先輩。
先輩のダークブラウンのサラサラの髪の毛が左右に優雅に広がる。
私も咄嗟の行動とはいえ、良くもまあ、あんなことが出来たもんだ。
「何とか間に合ってよかったです。私も湊って子、よく知らないんですけど、あの体格で迫られたら怖いですよね。」
「本当に…。さっきも言ったけど、有坂さんが非常階段の陰に隠れているのは解ってたの。ああ、知ってるよ。私たちが来る前からそこにいたのは。」
先輩の言葉に、二人をつけていたわけではないと言おうとして、先に言われた。
「だから、ちょっと、いろいろ言っておこうと思ってね。」
「そこが不思議でした。聞いてて、告白される度にあんな説教みたいなこと言ってたのかと思って。」
「まさか!今回の場合は、私をただの理想にしてた男の子だったから、というのもあるけど、普通はただ断るだけだよ。相手によっては、こんなとこに呼び出された時点で断ってる。」
確かにこの場所の危険性について、最初に注意入れてたもんな。
「あの湊君は男バスでね。友人の狩野瑠衣からお願いされちゃったからね。人としては礼儀正しい品行方正の子って聞いてたから、人気のないこんな場所でも大丈夫かと思ったんだよ。」
「狩野瑠衣ってあのモデルの?」
「うん、後輩だけど、同じバイト仲間でもあるから。」
読者モデルが同じバイト仲間とは、ね。
「もともと仲は良かったから、無碍にも断れなくて。「思いあがったこと言ったら、徹底的に潰してください」とか言われてね。最初から、私の容姿にしか興味がない感じはあったんだけど。」
「今の話からすると、先輩、付き合ってることを暗に広げるためだったんですか?」
私はさっきからの違和感を口にした。