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第110話 第二体育館裏 Ⅱ

「柊先輩、突然こんな場所に呼び出してしまい、申し訳ありません。」


 きっと、普段は品行方正な男子生徒なのだろう。

 こんな人気のない場所に誘うこと自体、確かに断られても仕方ないし、この時間だと恐怖を感じる女子がいても不思議ではない。


「うん、そうだね、湊君。ここはちょっと人気がなくて怖いもの。」


 ああ、柊先輩はこの男子君を知ってるんだ。


「先輩は僕をご存じでしたか?」


「一応は。次期バスケのエースとして期待されてるよね。」


「先輩にそう言ってもらえると、光栄です。」


 さすがは運動部。声でかっ!


 ほら、礼されても、先輩驚いて、綺麗な瞳の瞳孔開いちゃってるよ、ってこっからじゃ、全くそんな

細かいことわかんないけど。


 でも、今の会話だと、やっぱり二人は全く今まで接点はないね。

 にも拘らず告白する気か、このバスケ部君は。


「それで湊君。今日私がここに呼ばれた理由、話してくれるかな?」


 柊先輩は何処までも優しいね。

 この湊君だっけ?が、自分とは知り合いですらないのに、何呼び出しかけてんだよ、って心の声が私には聞こえるんだけど。


 ああ、でも、湊君には伝わってないね。


「本当にすいません。もう、自分の気持ちを抑えられなくて…。正直に言います。先輩が好きです。付き合ってください!」


 そう言ってバスケ部君は右手を差し出し、腰をほぼ90度に折り曲げた。


 このポーズってやっぱり定番なのかな。


 この場所で目撃した告白で、男子はみんなやってるよね。

 それに比べると女子は1度もやってるのを見たことが無い。

 女子はどちらかというと上目遣いで告白してる感じがあるな。


「湊君は、私に恋人がいる可能性って考えなかったの?」


 そうだね。

 本当にいないって確証がなければ、まず確かめるよね。


「関係ないです。僕は柊先輩が好きです。この気持ちは誰にも負けません。」


 うーん、さすが運動部っていうか、単純っていうか、バカっていうか。


「関係はあると思うよ、湊君。好きだという気持ちを伝えてくれたことは、本当にうれしいよ。凄い勇気がいると思う。でも、恋人として付き合う、ってことは話が別。私に今付き合っている人がいた場合、それは私も最低限その人がいいと思ってるの。いくら自分の方が私を思う気持ちが強いと言われても、今付き合ってる人を裏切っていいというものではないと思うんだよね。だからこそ、まずは恋人の有無を聞くことは重要だと思うんだけどな。」


 この先輩は告白してくる人に、こんなに丁寧に説明するのか?

 付き合ってる人がいるならNO、いなくてもその意志がなければ、やっぱりNO。もし、恋人がいなくて、全く知らない湊君に好感を持ったならYESでいいんじゃない?


「やっぱり、あの噂は、本当なんですか?」


 ん、噂?


「噂って、私に関する事?」


「柊先輩が、生徒会長の斎藤先輩と付き合ってるっていう。」


 えっ、そうなんですか?

 わたくしめ、初耳なんでございますが!


「ああ、もう結構バレちゃってるんだね。そうだよ湊君。私と斎藤生徒会長はこの3月ごろから付き合い始めたの。」


「ああ、やっぱり…そうなんですか…。もしかしたらデマじゃないかと思って、焦って。」


「そうか、それで私に付き合ってる人がいるかどうか聞かなかったんだ。でもね、湊君。たとえ私が付き合ってる人がいなくてもね、今の湊君とは付き合うことは無いよ。」


 なかなかバッサリと切って来たね、この先輩。


「私は湊君のこと、全く知らないもん。そして湊君、あなたも私のこと知らないよね?」


「いえ、そんなことは……。」


「じゃあ、何を知ってるの?」


「綺麗で、生徒会の運営に携わるくらいしっかりしていて、優しい先輩。」


「本当に見た目の一面だけだよね、それ。敢えて付け加えればファッション誌の読モをやってるくらいいい女。連れて歩くと自慢できる、ってとこかしら?」


 うわあ、この先輩、見た目より辛辣。


「あ、いえ、そんなことは…。」


「そういった理由で、湊君、あなたと付き合うことは無いと思います。好きだと伝えてくれた想いは純粋にうれしいです。でも誰よりも好きという感情は負けないなんてセリフ、好意の押し売り以外何もでもありません。本当に愛した人にはあまり押し付けたりしないでね。」


 さて、バスケ部君には柊先輩の言っている意味、解ってるのかな?


 人形やフィギュアではなく、人を人として見て愛を語れって、たぶん、分かんないよね、特に思春期の男の子は。


 あれ、うつむいたまま、顔を上げないな、どうしたんだろう。


 先輩も困った顔をしてる。

 左手首を右手で握るようにしていたのに、その右手の人差し指を顎の間に押し付けるようにしてる。かなり困ってるようだ。


 バスケ部君が、先輩の言葉に謝ってすぐにここから帰るもんだと思ってたよね、先輩は。

 うん、私もそう思った。

 かなり強めの否定の言葉だもん。

 でも、その言葉は湊自身のためでもあるようには私には聞こえたけど、本人にはどうかな?


 本人が、どうしていいか分からないってとこかしら、きっと。


 こんなところを同学年女子に見られてたってなると、かなり彼のプライドを傷つけることになるよね。

 彼、背丈も高くて、バスケも期待されてるから、女子に振られたことなんてなかったんじゃないかな、振ったことはあっても。

 基本的には、さっきの告白の様子からすると、狭量ではあるけど、悪い人ではなさそう。


 でもプライドを潰された時の男子ってなると…。


「湊君、もう遅いから、私帰るね。」


 先輩がしびれを切らしたか。

 本当は自発的にこの場を去ることを望んでいたみたいだけど。


 その時だった。


「セ、先輩!」


 湊が一歩足を踏み出し、帰ろうとした柊先輩の手を掴んだ。


「キャッ‼」


 先輩が湊の行動にびっくりして、軽く悲鳴を上げた。


 それがいけなかった。


 何とかいい人でいようとしていたんだろう、湊がその声に理性のタガが外れて、掴んだ手を自分の方に引き寄せ、先輩を押さえつけようとした。

 ように見えた。


 私の身体が勝手に動いて、非常階段の陰から二人のもとに行き、押さえつけようとした湊と柊先輩の間に強引に体を入れた。


 柊先輩を庇うように湊から引きはがし、手を離したことを確認。

 そのまま振り向きざまに、頬に平手打ちをかました。

 と言っても、身長差がありすぎて、いい音は奏でたけど、力のはいらないものだったみたい。


 柊先輩は2,3歩よろけた程度だったけど、湊は尻もちをついていた。

 そして自分がぶたれた左頬をさすり、信じられないものを見る目で私の顔を見上げていた。


「有坂…。」


 どうやら私は有名人らしい。

 バスケ部の次期エースに名前と顔を覚えられていた。


「バカやってんじゃないよ!」


 うわあ、偉そうだな、私。


「部の次期エースなんだろう、あんたは!最後まで格好つけたらどうなんだよ!」


 私に言われ放題で、呆然と私を見て、柊先輩に視線を移した。

 その瞬間、湊の顔から血の気が消え、真っ青になった。


 私も先輩に目を向けた。

 さっき湊に掴まれた手首をさすっている。


「ご、ごめんなさい。柊先輩、申し訳ありませ‼」


 湊は立ち上がり、凄い勢いで頭を下げた。

 怪我をさせたと思ったのかもしれない。


「湊!お前、自分の体格分かってんだろうな!そんな体で、あんなふうにされたら、こちとらか弱い乙女にとっちゃ、恐怖以外の何物でもないんだよ!」


 この言葉にくすっと笑う声が私の後ろから聞こえた。


 先輩、そこ、笑うとこじゃないです!


「本当に済まなかった、有坂。お前がいてくれて助かった。」


 青ざめた顔で私を見て湊が言ってきた。


「先輩にきつい事言われて、頭が真っ白になっちまって…。何と言ったらいいか……。」


「運よく私がいてよかったな、湊。素直に謝れるんだ。もっと相手を知ってから、恋に堕ちろよ。」


 自分でも何を言ってるかわかんない。


「先輩、本当にすいませんでした!」


 もう一度私を見た。


「ありがとう、有坂。俺がいたら先輩、怖がると思うから、あとをお願いしていいかな。」


「ああ、任せろ。」


 私はそう言って、そんなに大きくない胸を張った。


「ありがとう、有坂。」


 そう言って湊はもう一度頭を下げ、帰って行った。


 それを見届けた私の足腰が、急に力がなくなり、その場にへたり込んでしまった。


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