第109話 第二体育館裏 Ⅰ
「あ~あ。何やってるんだろう、私。」
いつもの定位置、第二体育館裏の、非常階段下の縁石に腰かけて、ため息をついた。
自分が、有坂裕美という名を持つ自分が情けなくて仕方がない。
本当に自分がわからない。
月曜日に会ってから顔を見ていないだけで、こんなに自分が冷静に慣れないことに戸惑いがある。
さらに自分に対して怒りを覚え、その原因の光人に怒りが向けられる。
その対象がいないから、文に難癖をぶつける。
八つ当たりなのはわかっていた。
今日、学力テストは終わったはずだ。
だが白石光人はこない。
傍から見れば当たり前。
部員ではないのだ。
そして勧誘するように頼んでいた須藤文行も来てない。
文は体調不良を理由にしていたが、本音は私から避けたいというところだろう。
雅も来なかった。
もっとも、雅は部員ではないし、私の友人だが、1年生だ。
他の部員が来るかもしれないという状況では来づらいだろう。
自分から、何らかのアクションを起こすべきだろうとは思う。
思うのだが、あの1年女子、宍倉というこのことを考えると、いい雰囲気にはなれそうもない。
それがわかってるだけに、動けなかった。
仲がいいわけでもない。
同じクラスどころか、同じ学年ですらない。
しかも、彼の私に対する感情はマイナスであってもプラスであるとは、到底思えなかった。
そういう行動をすでにしてしまっている。
「女泣かせのクズ野郎」という噂。
頭から信じてしまったが故の行動。
思い出すだけでも死にたくなる。
ここが自分の部屋のベッドの上なら、何度も転がっていることだろう。
すでに何度そんなことをしているのだろうか?
してしまったことは仕方ない。
その噂を聞いていなければ、光人の存在自体知ることは無かったと思えば、今の気持ちはあの噂があればこそ、だ。
だが、その噂を聞いていなければ、光人に恋い焦がれることもなく、平穏な心持でいられたとも考えてしまう。
無限の負の連鎖に陥ってしまうのも、一体何度目だろう。
もう過去は考えない。
前向きに行くぞ、と考えてた矢先の、雅の話。
「美少女中学生に光人がバス停でコクられたらしい。」
私のガラスのハートに、クリティカルヒット。
口から吐血しそうだ。
結果、今、第二体育館非常階段の陰で身悶えている。
単純に当たって砕けて、いつもの日常に戻るのがベスト。
明日にでも、文を使ってここに呼び出して…。
そんなことを考えてた矢先だった。
人影が、視界の端に見える。
男子と女子の二人。
さっきまで考えていたシュチエーション。
告白。
それ以外、この場所を使う人はいないだろう。
いや、まれにいじめや、暴行現場にもなるって、誰か言っていた気もした。
とは言っても、この二人にそんな雰囲気はない。
男子学生はまったく知らないが、女子はこの学校ではかなりの有名人。
柊夏帆。
何かあるとこの場所に来てたのは、去年のことだった。
文芸部に入り、物語を作るという事の興味を覚えて、中学から仲の良かった大塚詩織を誘った。
当時の3年生は小説を書いたり読んだりすることが好きな女子だけで、唯一いた3年の男子は特進クラスの人で完全に幽霊部員だった。
多分会ったのも2,3度だろう。
小説を読むこと自体は好きだったが、勉強に時間を割いていて、その1年前に廃部寸前になったところを当時の部長に泣きつかれて名前を貸したと言っていた。
その男子の先輩は部長に言われて部室に来て自己紹介だけした、って感じで、ものの見事に部室にさえ来なかった。
卒業アルバムの部活の写真に来たくらいだっただろうか。
そう、本当に潔いな、と思った。
だが私たちが入った当時には2年の幽霊部員たちがいた。
ただ、こいつらはその3年の部員と違って、部室に来て、ダベッていただけ。
本当はそれも我慢できなかったが、やめられると困ると、3年の先輩に言われ、同じ部室で読書をしたり、PCで小説を書いたりしていても、邪魔なそいつらを排除できずにいた。
その悔しさを、詩織と二人でここで愚痴っていた。
自分たちがいる時に、何度か告白の現場に居合わせたこともあった。
こちらが気づければ、息をひそめていたが、私たちがいることに気付いた人は、そそくさと場所を変えたりしていたっけ。
ただ、ダークブラウンの髪が特徴的な、生徒会会計様が告白されているシーンは初めてだった。
あんな有名人に告白する度胸は凄いと単純に思ったので、息を殺して見守っていた。
男子生徒の顔は見たことがある。
名前までは解らないが、同じ2年生だ。
その背丈は充分高いと思われる身長だろう。
かなり緊張しているのが伝わってくる。
多分、バスケ部ではなかっただろうか?
柊夏帆と何処で接点があるかは不明。
もしかすると、ただ見て憧れているだけで、突っ走ってる可能性もあるか?
これに対して、その相手、柊夏帆は凛とした雰囲気で立っている。
長めのダークブラウンの綺麗な髪が、たまにこの場所を通り過ぎる風になびき広がると、別世界のような輝きを示した。
ちょうど陽が沈みかけて、オレンジがその少女の存在のみに照らしているような印象だ。
申し訳ないが、背の高い、きっと他の女子にはモテているであろうその男子の存在はかなり印象が希薄に感じられた。
「柊先輩、突然こんな場所に呼び出してしまい、申し訳ありません。」




