第108話 大塚詩織 Ⅰ
ああ、全くあのバカは…。
世話が焼ける。
去年のあほな先輩を叩き出すときはカッコいいと思ったんだけど。
同じテンションで関係ない人間に迷惑かけんな、っていうんだよ、あの恋愛脳が。
本当に創作物が自分の妄想てんこ盛りの恋愛話だから電脳部の連中にボロクソ言われるんだろう。
少しは人の話聞いて反省しろよ。
完全に文ちゃん、須藤文行君がビビっちゃってるじゃん。
いくらなんでも、裕美のあの態度じゃ、そりゃあ白石君も逃げるよ。
特にあんな可愛い子が隣にいたんじゃねえ。
だから裕美も焦ってんだろうけど。
とうとう文ちゃんも日向さんも、今日は部室に来なかったしね。
学力テストは終わったから、問題は…、ああ、そうか。日向さんの立場は微妙だな。
部員ではないし…。
裕美との関係もあるからな…。
白石君が入れば日向さんも入るとは言ってくれてるけど、難しい気がする。
「詩織、どうしたの?なんか黄昏っちゃってるkr度。」
さっきから部のPCで作業していたつぐみが声を掛けてきた。
なんでも、このテスト期間に、「なるべき」で連載していた物語を終えるために集中していたらしい。
で、テスト勉強というか受験勉強で見つけたネタをもとに新作の構想を練ってるらしい。
今つぐみが使ってるPCはインターネットには接続していない。
この日照大学系列の学校用のイントラネット専用機で、大学のみで閲覧できるデーターを検索しているらしい。
日照大学付属の高校が持っている図書の検索はもちろんその概略、アブストラクトというものがみられると言うことで私たちも重宝している。
うちの高校の図書にもそれなりの蔵書があるのだが、絶版になっているような古い本がうちの図書になくても他の図書にあると、時間はかかるが取り寄せることも可能なのだ。
でも、今回の佐藤つぐみ、ペンネームTSUGUMI先生は、大学にアクセスして、情報の収集しているようだ。
「そう言えば、さっきまで裕美、いなかった?」
「結構前に席外してどこか行った。電脳か演劇か、もしくは第二体育館裏か、ってとこ。」
「なんかへこむようなことあったの?」
「まあね…。」
第二体育館裏は滅多に人が来ることはない。
裕美が何か落ち込むと、よく行くことは1年次から皆知ってる。
他の4人を部に勧誘する前から、この文芸部での問題に頭を抱えていた時に私もよく付き合って、そこで話し合っていた。
ただ、人が滅多に来ないけど、来ることもある。
それは「告白」場所だから。
誰も「滅多」に来ない。
という事はそう言ったことをするにはうってつけ。
私達も何度かその場面に遭遇している。
うまくいったこともあれば、ダメだった時もある。
あんなのを盗み見ていた裕美の恋愛脳は、さらに加速した気がしないでもない。
今日は他の部員、田中明美と里田佳乃は今日のテストの解き直し、というか解説をもう一人の特進クラスである相原陽子にお願いしていて、図書室でお勉強中だ。
本当ならこの部室でやりたかったんだろうな。
でも、裕美の不機嫌さが今日はMAXだったから、部室に来るのを遠慮したんだろう、たぶん。
昨日の日向さんの言った噂話は、裕美には衝撃的だよね。
聞いた話だと、この学園のマドンナ的な存在、柊夏帆とも縁があるらしいしな、白石君。
さらに美少女中学生からの告白か。
そりゃあ、へこむわ、うん。
「それって不機嫌の原因と関係ある?」
「そんなとこ。」
「ちょっと、当てずっぽなんだけど…、裕美って誰か好きな人でもできた?」
TSUGUMI先生は相変わらず鋭いねえ。
ちょっと返答に困っちゃうんだよな。
この1週間の流れを考えると、ピンポイントで当ててくる可能性が、滅茶苦茶高いから。
「まあそんなとこ。」
「で、その人には恋人がいたってとこかな。」
「かなり近いんだけど…、それだけでもなくて。」
「えっ、もしかしてその人って、凄いモテ男くん?」
この流れでなら、部の見学に来た白石君とは思わないよね。
なんとなくほっとした。
「なんでつぐみはそう思うの?」
「いやさ、いい男って彼女いて当たり前ってとこあるじゃん。」
「まあ、そうだね。」
「だから恋人がいるのはしょうがないけど、そんなに長く続かないかもしれない。そのタイミングでやさしくその人に声を掛けてゲット!てなことも考えたりしない?」
「さすがにそんなこと考えた事なかったな。」
「詩織は彼氏信じてるからね。それはそれでいいんだけど…」
そう、私には優しい彼がいる。
と言っても付き合ってもう3年。
いわゆる幼馴染で、家が近かった。
彼はこの地区で頭のいいとされる高校を卒業して、今年から地方の国立大に進学した。
LIGNEはしょっちゅうしてるし、週末は電話してる。
今度のGWには一杯遊びに行く予定。
出来ればお泊りの旅行に行きたいなんて思ってたりもする。
「あーと、詩織?彼氏のこと考えるのは素敵だとは思うけど、ちょっと話の途中だから、帰ってきてくれると、うれしいなあって…。」
「ああ、ごめんごめん。少し離れて寂しいなと思ったから。」
「あの顔は違うね。どうせGWの事でも考えてたんでしょう。」
本当にこの先生は鋭すぎる。
「で、話し戻すよ。好きな人に恋人がいても、別れない恋人って少ない方だからチャンスはあるって考えちゃうの、片想いの人って。でもそいつがモテモテだったりすると、チャンスが回ってこない可能性が高くなるんだよ。聞いたことないかな?彼氏彼女がいなかった時がないっていう人。」
「噂では聞いたことあるけど…。」
「つまりね。次を決めてから別れるとかじゃなくて、別れたらすぐアタックする人がいるってことなんだよ。モテモテで性格のいい人はそんな感じなんだよ。」
「競争率が高いってことか。」
「まあ、そういう事。本人が一番よく解ってんじゃないのかな。ああ、それでへこんでるって訳だ。」
「なるほど。」
私はつぐみの言葉に納得はした。
したけど、裕美が一体どうしたいんだか、そこのところが解らない。
裕美が白石君を好きになった。
それはおそらく間違いない。
でも、本当に付き合いたいとか、恋人になりたいとか思ってるなら、他の人、この場合は文ちゃんだが、を変に巻き込むべきではない。
「で、裕美の想い人って誰?」
ずらすことが出来たと思ったら、直接聞いてきた。
「それは、私からは言えないよ。本人に聞いて。」
そう言って、テーブルに置いていたコップに手を伸ばす。
「大体は解ってるけど。白石君でしょう、部活見学に来た。」
コップに注いであったジュースを飲もうとしたところで、いきなり核心をついてきた。
よかった。
飲む前で。
「い、いやあ、それは、どう、かな、……あははは。」
「その動揺具合が正解だってわかるよ。ここ数日、うちらのいないうちに、この部室で何があったのかしら、部長。」
もう、やだ、この子。
自分の好奇心で突っ走らないで、空気読んでよ、忖度してよお。
「もう、勘弁して!ちょっといろいろこんがらってるんだよお。」
「この前の時も、なんか彼女っぽい子を連れてたよね。「女泣かせのクズ野郎」なんて呼ばれてた気もするんだけど。他にも女子泣かせてんの?」
「それはほとんど嘘なんだけど、白石君に絡んでる子は3人以上いるみたい。昨日の噂だで、裕美は体育館裏に行ったわけだし。」
「昨日の噂?」
あっ、しまった。
また余計な情報をつぐみに与えちゃった。
「その噂って、何?」
もう、勘弁してください、TSUGUMI先生。
結局、噂の美少女中学生の件を話す羽目になってしまった。




