第105話 須藤文行 Ⅻ
もう、部室に行きたくない。
入部したばっかりなのに、憂鬱になっていた。
みんないい先輩だ。
女子とほとんどしゃべれなかった僕に優しくしてくれる。
一人を除いては。
まだ入部はしていないものの、その一人、有坂先輩と友人の日向さんが何とか抑えてくれているが、なんで僕が責められなきゃならないのか?
正直に言えば、月曜に宍倉さんを切り離して、白石を部室に連れてきただけでも、感謝してほしいほどなのに。
俺はまったくこの件には関係ない。
というより、現時点では明らかに有坂先輩の一人相撲なんだよな。
本当に人に命令しないで、自分で動いてほしい。
怖いから言えないけど…。
日向さんと二人で何とか白石を部室に引きずり込み(佐藤君もついてきちゃったけど)、ちゃんと話す機会を作ったんだから、あとは自分でやってほしいよ、本当に。
一体あの先輩はどうしたいんだろう。
いや、わかってるんだけど…。
陰キャを自認して、他人の心の機微なんて物語の中でしか理解できない僕ですら、有坂先輩の気持ちは解っちゃうくらいだ。
きっと、白石もとうに気づいてる。
宍倉さんもそうだけど、そんなにすぐに恋ってしちゃうもんかな?
いいと思う女子は確かにいた。
でもそこから恋をするって、結構距離あると思うんだよね。
まさか、運命の恋なんて本気で信じてるんだろうか?
恋愛の経験値が高い人なら、初心者を手玉に取るなんて簡単かもしれない。
でも、白石にそんなスキルがあるようには見えない。
というか、こっち側の人間だと思うんだよな。
あいつの雰囲気が、高校生とはなんとなく違う気はするけど、でもなあ、そんなにモテるタイプじゃないと思うんだよな。
佐藤じゃないんだから。
入学初日に倒れて、それが心配になって…、という感じの宍倉さんはまだしも、ギャルっぽい恰好の先輩が、何で白石を好きになるのかなんて、自分に解るはずもない。
ただ怖い先輩で入部に躊躇した。
でも今は、本当にウザい。
何とかして入部させろって、なんで僕がそんなことしなきゃなんないのか。
どうしても納得がいかない。
日向さんも苦笑してたし。
雅楽先生、いや、この呼び方すると本当に嫌われそうだから、やめないと。
でも神絵師が同級生って幸運に、ウザい先輩が絡んでくるのはな。
昨日も学力テスト前にもかかわらず、部長と一緒に部室にいるんだよな。
本当にいいのか?
行かなくてもよかったけど、日向さんに誘われちゃったしな。
あれはきっと有坂先輩に頼まれたんだろううけど。
白石を捕まえることはできなかったわけだ。
昨日の先輩の態度。
そこまで不機嫌になるかって感じ。
特に宍倉さんたちと帰ったと正直に言ったら、僕を怒るのはやめてほしい。
さすがに部長と日向さんに怒られてたけど。
まさかと思うけど、あんな行動とっておいて、自分の白石に対する気持ちが気づかれてないって思ってるんだろうか?
普通に可愛いんだから、明らかに彼女になりそうな女を連れている男子狙うのはやめてほしい。
取り敢えず、今日は部室に寄るのはやめよう。
本当に昨日はひどかった。
日向さんが余計なこと、有坂先輩に言うからなんだけど。
まあ、先輩が白石の事しつこく聞くからだってのは解ってるけど、さ。
白石がいないことで不機嫌なとこもってきて、白石の周りの女子のこと聞きたがるからな。
そこに中学生の告白ときたもんだ。
何で有坂先輩が怒るんっだっていう話だ。
そして、その矛先を僕に向けてくるなよ、本当。
でも初めて見たな、大塚部長の怒ったとこ。
理不尽すぎるから当然なんだけど。
普段ニコニコして優しい先輩だけど、怒った時の恐怖は有坂先輩なんて足元にも及ばないって感じだった。
うん、怒らせないようにしよう。
でも、いいコンビなんだろうな、あの二人。
噂の件は当てにならないとは思ってる。
変に馴れ馴れしくしてくる山村咲良さん。
信用できないもんな。
女子中学生が白石と話をしていたのは、おそらく間違いないとは思う。
もしかしたら妹さんかもしれないし、その友人ってとこが妥当だろう。
いくらなんでも、バス停で、登校中の同じ学校の人が大勢いる中で告白って、普通ないよな。
多分ないと思う。
しかし、なんで白石の周りにあんなに綺麗で可愛い女子が集まるんだか?
いや、待て。
妹の、えっと、静海、ちゃん?あの子も確かに可愛い。
その兄か、白石は。
男の顔なんてよく見てないけど、そう考えると、もしかして整ってるんだろうか。
ああ、そんな事より、有坂先輩、他の僕と関係ない男性、好きになってくれないかな。
疲れちゃうよ。
こっちは毎朝、新聞配ってから学校言ってんだからさ。
「須藤君、今日は部室行くの?」
日向さんがそう声を掛けてきた。
「考えてます。」
「ああ、そうか…。そりゃあね…。」
よくわかってらっしゃる。
「まあ、あとの教科も頑張ろうか?」
「そうですね。日向さん、入部するんですか?」
「どうしよう?」
その答えもなんとなくわかってた。
ちょうどチャイムが鳴った。
日向さんは自分の席に戻った。
ああ、憂鬱だ。




