第104話 佐藤景樹 Ⅵ
本当に白石光人は不思議な男だ。
見た目は何処にでもいる高校生で、目立つような要因はまったくない。
にもかかわらず、この1週間で奴はこの高校で1番の有名人だ。
入学式で倒れる程度で、こんなに有名になるわけがない。
気づいたら、やたら綺麗だったり、可愛かったり、明るい女子たちがあいつに集まってる。
クラス内でも宍倉さんと西村さん。
西村さんなんかは元々幼馴染という事もあるけど、ちっちゃくて明るい可愛らしい女子だ。
結構あの愛らしさはこれから男子にモテるんじゃないかな。
光人は微妙に距離を取ろうとしてる気はするけど。
宍倉さんに至っては、あんなに可愛いのに初日から光人へ距離を詰めてるんだからな。
しかも隣のクラス、宍倉さんの友人とはいえ、うちの姉がモデルにスカウトするほどの可能性を持つ美少女、鈴木伊乃莉さん。
この子も宍倉さんの付き添いというよりは、個人的に光人に接近してるみたいだし。
特に西舟野の時の雰囲気は普通にやんちゃなお兄さんに絡まれるカップルにしか見えなかった。
光人はいつも通りだが、鈴木さんは普段に比べると2ランクぐらい輝いていた。
遠かったからその表情までは断言できないけど、彼氏に庇ってもらって、嬉しいというような気持が見えた気がした。
そう、単純に彼氏にラブな女の子にしか見えなかったんだよな。
光人であることはすぐにわかったんだが、そこにいた女子が誰かを理解したのは、騒動が終わってからだった。
宍倉さんでないことは間違いなかった。
妹ちゃんでもない。
後は光人の周りにいる女子を一人ずつ思い浮かべて、さらに多少メイクを上書きさせるという想像を頭の中で行って、やっと鈴木伊乃莉という子に辿り着いた。
俺は、こう見えて、他人の顔を、特に思春期から20歳後半ぐらいの女性の顔を覚えるのが得意だ。
こんなことを言うと、同世代の女子が引くことは充分わかっているので、おくびにも出したことは無い。
これは家の事情という奴だ。
うちにはいわゆる顔のいい女子がそれなりにいる。
そういう意味では認めたくないが、女子を顔では見ていない。
逆にその顔の商品価値は考えてしまう。
その俺の記憶をここまで想像力を発揮しないと行き当らないほど、鈴木伊乃莉という女子のタレント性が高い。
一緒にいた姉さんが、その女の子に声を掛けろと俺をせっついた程だったからな。
本当に光人がいたことは幸運だった。
でなければ、ナンパされて怖がっている女性に、さらに追い打ちを掛けねばならないところだった。
俺の顔は姉さんが認める程に整ってはいる。
だが、それだけで俺を評価されるのは、本当に嫌だった。
そこに俺の家の経済的なことが絡んだのが、前の彼女だった。
そういう意味で、心の傷が癒えたわけではない。
癒えたわけではないのだが、白石光人といると、女子に対して普通に接することができることに気付いた。
元々モテてはいたから、女子との会話に苦痛はなかった。
だが前の彼女のことがあり、俺に好意らしきものを示す女子の裏を考えるようになってしまった。
だが、白石光人の周りの女子は、俺には全く興味を示さないという、非常に居心地がいい状態であることを知ってしまった。
本当に第三者的に楽しめる光人の存在は、俺にとって、ある意味癒しとなっていた。
そうは言っても、明らかに俺に好意を持つ態度の子もいるが、とりあえずは考えないようにした。
光人の態度はどう考えても高校生のそれではない。
思わず何週目?などという質問も、その態度があまりにも実年齢と乖離している。
その雰囲気に、女子が惹かれているんじゃないか、と俺は考えている。
高校受験後、実の父親の死に直面して、成長せざるを得なかった、という事は理解している。
理解はできるが、目の前の光人のようになるのか、という疑問は絶えず存在していた。
光人のおかげで、以前ほどの落ち込みは無くなったようだ。
奴を見ていると、自分のちっぽけさに嫌気がさすことがある。
宍倉さんにせよ柊先輩にせよ、あいつの態度につい父の死について軽んじた態度をとってしまうのも頷ける話だ。
その話を聞いた時には、俺もそこのところは気をつけようと、心に刻んだのだから。
どうしてそんな光人に学力テストの総合点の勝負を仕掛けたのか?
理由は充分わかっている。
受験時のぐちゃぐちゃだった俺の心が、少しは落ち着いてきて、その状態を自分で試したかったから。
だが、どのくらいの点数を取れば、昔の自分を取り戻せたのか、その指針が欲しかった。
この進学クラスと名付けられた普通クラスで、誰が頭がいい、なんてことは解らない。
特進クラスに知り合いがいれば、そちらの方が良かったのだろうが、特進クラスのスケジュールはかなりタイトで、サッカー部には一人もいない。
女子の運動部には何名かいるらしいが、わざわざ声を掛ける気もない。
そう思っていたのだが、今回の勉強会で、公立中では習っていないはずの範囲まで、普通に教えている奴がいた。
光人だ。
宍倉さんにしても、鈴木さんにしても、学力は高そうではあったが、明らかに光人の知能はその上を行っている。
本来習っていないところを、一応わざわざ学校側は簡単に解説はした。
だが、あれだけの説明で、1-Gの何人が理解したのだろうか?
参考程度ではあるので、そんなに力を入れる必要はないという学校のメッセージとも取れるが、先生たちはその点数で、今後の指導内容を考えてくるはずなのだ。
たとえそれが考えすぎでも、いい点数を取るに越したことは無い。
その説明を自分の物にして、なおかつ、他人に教えることができる光人は、本当にもう何回も人生をやり直してきたんじゃないかと思ってしまう。
俺の学力、そして精神の指針にもってこいだった。
とは言っても勝負の意味がそんなことだとは言えない。
とりあえず、モデルとしての将来性のある鈴木伊乃莉と会えるようにしてもらうという事で、4人で遊ぶという条件を出した。
これを光人がどう解釈するかはわからない。
下手すると俺が伊乃莉に好意を持っている、なんて考えるかもしれないが、それはどうでもいいことだった。
ただ、光人が勝った時の条件はまったく考えていなかった。
あの時の恥ずかしさ、俺は自信を無くす思いだった。
つい自分のことしか考えていなかったことに恥ずかしくなったが、俺が光人の言うことを一つ聞くという事に落ち着いた。
こちらの真の勝負の意味を探る感じも見受けられたが、それは口にしなかった。
光人がどれほど本気でテストに挑むかはわからないが、俺は全力で取り組んだ。




