第103話 鈴木伊乃莉 Ⅸ
まさかなあ、あの帰り道、あやねるに見られてたのもびっくりだったけど、JULIさん、本物に会えたのも感激だったけど、そのJULIさんに会ってた場所をばらされるとは思わなかった。
焦ったなあ。
ベッドに横になって、私は今日の勉強会を振り返った。
何かあやねるの私を見る目が、疑いの色が強くなってきたみたいだし。
そりゃあ、日曜の帰り、光人と一緒にいるとこ見られたのは、まずかった。
しかも、お礼のつもりで感極まって、頬っぺたとはいえキスしちゃったし。
私がそんなことするなんて…。
とは言っても、それをあんなふうに誤魔化すっていうのも、光人は何考えてんだか。
こっちだって結構勇気をもってしたんだぞ、あんにゃろう。
でも、それが正解なんだろうな。
あの時、変に甘い雰囲気が出てたら、あやねるの疑いは確信に変わってただろうし。
そうそれはよかったと思おうとしたけど…。
やっぱり腹立つわ、あいつ。
ほっぺへのチューだから、ファーストキスとは言わないんだろうけど。
こんな美女からの謝意の気持ちを踏みにじりやがって!
ああ、私、どうしちゃったんだろう。
親友が惚れてる男子に向けちゃいけない気持ちなんだから。
でも、何なんだろう、あの光人ってやつは。
今日の西舟野で会ってたことがばれた時の、あの平然とした態度。
本当に高校生?見た目は普通、だよね。
あの女子中学生が言ってるみたいに人によってはイケメンって言えなくもないけど…。
隣に景樹が居たら、そこは目立たないよな。
もっとも、いくら顔が良くても、それを鼻にかけて中身が腐ってる奴も確かにいるけど、ね。
そういうイメでは景樹の光人に対する評価は的を得てるけど。
私を守ってくれた光人は、確かに、やばいほどカッコよかった。
でも、この感情は封印しないと。
絶対、誰にも、特にあやねるには気づかれたら、ダメ!
あの子の心が、またおかしくなっちゃう。
光人の庇い方、あれは自分を悪人にしてでも私と彩音の関係を壊さないようにするため。
さすがにそれくらいは、私でもわかるんだよ、白石光人君。
自分がここまで男子に心惹かれるって、正直思ってもみなかった。
同世代の男子は、どうしても幼く見えちゃうのは、しょうがないよね。
いつも、この家の下で、お父さんや会社の人たち見てたら、ファザコンと言っていいのか、年上のしっかりした男性に憧れちゃうよ。
そういう意味では佐藤景樹君は、家の会社の所為なのか、女の子、この場合は会社のタレントさんだけど、守らないといけないっていう、変な使命感が滲み出てたもんな。
そりゃあのルックスで、そんな信念みたいなもの抱えてればモテるよね。納得。
となると、光人が異常。
景樹の言葉じゃないけど、本当に人生何回やり直してんだって感じ。
お父さんを亡くして、残った母親と妹さんのために自分が動かなきゃっていう気持ち、なんとなくわかるけど…。
それにしても、あの達観ぶりと、臨機応変さはそれなりの経験ってものを必要とすると思うんだよなあ、私は。
ああ、本当、彩音がいなければ絡む人ではなかったとはいえ、彩音が居なければ素直に光人に感情をぶつけてたんだろうか、私って。
告白みたいなことは何度かされたことがあったけど、逆にうちの背景にビビる方が多いからなあ。
ああ、ダメ、この感情。
ちゃんと封印、封印、っと。
モデルかあ。
考えたことも…、いや、あった。
おしゃれに興味を持ったころ、憧れたもんな、JULI。
まさかこんな形で本物に出会うとは思わなかった。
KAHOも綺麗だとは思ったんだけど、もともとの骨格が違うのは写真でわかってた。
北欧系のクオーターだっけ。
だから彩音が絡んでも、私は会うつもりなかったし、生徒会に誘われても、自分の努力ではいけない領域の人という自覚あるから、拒否したんだよね。
入学式の日に見た壇上の柊夏帆。
まるでスポットライトが当たってるみたいだった。
その後、光人が倒れて、なんかわけわかんなかったけど…。
JULIはそういう意味では私のお手本。
真似から始まって、自分なりのメイクを研究して、光人に別人と思わせるほど上達した。
元がいい、というのも十分理解してるけど、さらに美しくなることが出来るのは、喜びであり、楽しみでもあった。
通常だと、あのメイクではナンパは寄って来ないし、来ても仮面をかぶるように強気の女を演出で来たんだけどなあ。
何で光人の前であんなナンパに引っかかるような醜態晒しちゃうかなあ。
光人の前で、私、緊張が緩んでいたのかしら。
わかっていた。
それは、私の心の奥に押し込んでいた感情。
親友だと思っていた宍倉彩音に完全に忘れられていたという絶望。
それでも、彩音にはそれ以上の心の負荷がかかっていたことを、中2の時に彼女を見た時に直感したのだ。
後は、なんとしても私を認識させ、振り向かせることに徹した。
仲良くなった後の痴漢事件、同級生の言われなない暴言が、私にある意味味方してくれて、私は宍倉彩音の親友という座に返り咲いた。
それでも、小学校の時の思い出を共有できない悲しみは、しこりのように残っていたのだ。
それを、何故だか光人は理解してくれた。
頑張っている私を認めてくれた。
このことは、私にとって初めての経験で、そしてその優しい言葉をかけてくれた光人に甘えたい気持ちが込み上げてきたのだ。
それは大きな力、お父さんやお母さんが私に注いでくれた愛を思い起こしてしまったことを、私は認めざるを得ない。
光人は私にとって特別な、異性なのだ。