第10話 学食
いのすけのクラス、F組はまだ終わっていないようだ。
伝言を残して6人掛けのテーブルを占拠した。
あやねるはカルボナーラのセット、俺と須藤はB定食のから揚げセットごはん大盛り、景樹はAセットの酢豚セットを注文した。ちなみにCセットは魚の煮つけセット。何の魚かは不明。
全員で「いただきます」と言って食べ始めて5分くらいで、伊乃莉が現れた。
すぐにカレーライスを注文してあやねるの横に座る。
「お待たせ!」
そう朗らかに、みんなに声をかけた。
「にしても、G組早いよね。何やってたの?」
「委員決め。すぐ決まっちゃたから、帰りも早かったんだよ、いのすけ。」
そう言ったあやねるが俺に視線を向けてきた。
「誰かさんが委員長に立候補しなかったことには不満がありますが。」
「だからそれは説明したよね?バイトをすることになるから、とてもじゃないが、そんなに忙しいことは無理だって。それにまだ生徒会に深入りしたくないんだよ。」
「……それは柊先輩がいるから?」
あやねるが少し遠慮がちに聞いてきた。
「まあ、そう。一応静海は、柊先輩には大丈夫とは言ってたけど、お袋の想いもあるし…。変に距離を縮めたくはないんだ。」
「うん…、わかった。」
微妙な言い方だな。
残念そうで、うれしそうで…。どういうこと?
「白石、バイトすんの?」
俺の話に須藤が問いかけてきた。
「ああ、そのつもりではあるんだけど、まだあてはないんだ。」
「そうか。白石の家、大変だから、許可は下りるとは思うけど…。うちもさ、この学校に通ってる人たちに比べると苦しくてね…。」
須藤の言いように、少し気になった。
「もしかすると、須藤君って、バイトしてるの?」
聞いていいかどうか悩んでいたら、あやねるがほぼ直球で須藤に家の事情、というか金銭的な問題を聞いてきた。
確かに、確かに、気になったけど…。
それって聞いてもいいことなのか、な?
しかも、お嬢様の宍倉家のご令嬢が…。
と言っても、あやねるがお嬢様で、伊乃莉が超お嬢様という事は、須藤は知らないか?
「うん。受験で本当は公立に行かなきゃいけなかったんだけど…。落ちちゃってね。ここ、お金が結構かかるから、さ。」
別に言ってもいいけど、聞いている人たちが金持ちってことを気にしているのか、微妙なニュアンスで須藤が答えた。
ただ、母子家庭になってしまった俺がいるから、言いやすかったのかもしれない。
「知り合いに新聞配達をやっている人が、半分うちの家の援助みたいな感じで声を掛けてくれたんだ。そんなに割はよくないし、朝も早いからまだ慣れてないんだけど。」
「すっごい!新聞配達のバイトしてんだ、須藤君って。」
「学校には奨学金の申請もしているんだけど、まだ結果は出てないんだ。まあ、貰えてもバイトは続けるけど。」
「バイトの許可って、取るのは大変なのか?」
景樹が、俺が一番気になっていることを聞いてくれた。
「そうだね。保護者の年収の証明とか…。保護者の承認は当然いるけど、バイト先の責任者のサインもいるから、バイトを決めるときにそこの責任ある人に事情を説明する必要があるんだよ。僕の場合は知人で、そこのところはスムーズだったけど。結構学校に隠れてやってて、あとから問題になることもあるらしいから、こういう事情を説明すると、責任取りたくないから不採用になることもあるってよ。」
「おお、貴重な意見、ありがとう!」
俺は素直に礼を言った。
すでにバイトの許可を取ったことのある先輩がいると、こういう情報がもらえて本当に助かる。
そうか、奨学金か?
でも返さないといけないものだよね?
(育英会の奨学金は、利子のないものとあるものが2種類あったはずだ。でもこの高校では母子家庭での授業料の免除や、公的なものもあるから、奨学金については大学から考えてくれ、光人。特に舞子さんも看護師だからそこそこの年収があるし、私の死亡による特別退職金も私の勤務する会社からはらわれるから、白石家の収入は今年はかなりの額になる。細かい申請は税理士さんに任せてあるけど、他の手法については、今のところは考えなくて大丈夫だ)
(そういうところは親父がいてくれると助かるよ)
(そうは言っても、もし何かしないといけなくなると、実際に動くのは光人だからな。悪いとは思うが…)
(その時だって、アドバイスは期待してっから)
(任せろ!)
「ただ、まだいろいろ慣れてないから、実際には中間テスト明けくらいからか、夏休みの短期のバイトから始めることになるかも、だけどな。」
俺がそんなことを言うと、須藤が「うん」と言って頷いた。
「親父さんが亡くなって間もないんだから、しょうがないだろう?何か力になれることがあったら言ってくれ。」
「ありがとう、須藤。」
「二人とも、えらいね。」
向かいの席のあやねるが少し寂しそうにそう言った。
隣の伊乃莉も激しく首を縦に振って頷いている。
「私、今までそんなこと考えたことないから。」
それはそうだろう。
隆史さんはあやねるラブが過ぎるとは思うが、優しい両親がいて、経済的にも余裕がある。
嫌な過去があって、男性恐怖症もあるあやねるなら、バイトをすることなど想像することもなかったはずだ。
伊乃莉に至っては、超がつくお嬢様だ。
バイトなんて考えることもないだろう。
それに一般的にバイトしてる高校生の大半が、自分のためにお金を稼いでるんだと思う。
それが遊ぶためのものだったり、欲しいもののためだったりすると思う。
俺の場合は、今のところ差し迫った経済的なものはないが、大学などの将来的な不安の色が大きい。
基本は貯金になるとは思ってる。
ただ、この先、親父の事故がらみで一時的な出費も考えあられるからな。
興信所なんて使ってればな。
(その点はお前たちに負担はかけないようにしてるぞ、父さんは)
(確かにね。でも、今後のことを考えると、バイトはしないと…)
「バイトをしなくていいなら、それが一番だよ。僕もできることなら、朝早く起きるのは避けたいとこだから…。」
須藤がえらいと言われたことに少し照れたようで、そんなことを言った。
確かに、朝早く起きるのは苦痛だ。
「バイトか。もし夏休みにいいとこあったらやってみたいと思う?」
伊乃莉が俺たちの会話に、思ってもみなかった方向から話を振ってきた。
「そりゃあ、いいとこがあるんなら、なあ、須藤。」
「うん、そうだね。まだ、新聞配達だけだけど、もう少し時給の高いとこも探してるんだ。」
俺たちの言葉にコ伊乃莉がクリと首を傾けた。
そんな態度をとる伊乃莉に、微妙に不審の目をあやねるが向けている。
「まだ内密な話だから、あまりオープンにしてほしくないんだけど…。うちのスーパーが異業種形態として、新規の店舗を夏ごろに出店する計画があるんだけど、ね。」
あらまあ!
恐ろしいところから情報が出てきた。
そういう会話が、普通に社長のご自宅で家族とかにするもんなんですか?
「あ、大丈夫だよ。この計画自体は既にホームページに記載されてるし、どこで出すかの計画も一応公開されてるから。」
あれ、俺、もしかすると変な顔してたかな。
会社の秘密の情報を勝手に公開することに不安な顔してるように見えたかも…。
「そう言われても、鈴木さんが今、何を心配してそんなこと言ってるか、意味が解らないんですが…。」
「だってさあ、光人の顔が、いくら自分のとこのことでも、そういった出店計画を安易に人に喋っていいのかって感じの睨みをぶつけてくるんだもん。」
「いや、それは考えすぎでしょう?たかが高校1年でそんなこと考えないよ。」
そうだね、きっとそれが普通。
俺が何でそんなこと考えたのか、自分でもわからない。
「そうなの、光人君。」
あやねるが、今の話をどこまでわかっているかわからないけど、ちょっと心配そうに俺に話しかけてきた。
「さすがに会社のことまでは考えなかったよ。ただ、先のそういうバイトの情報を漏らしてよかったのかな、とは思ったけど。」
とりあえず、高校1年生としての疑問を言った。
それで何となくその場は落ち着いた感じ。
「そう、だよね。ごめん、変な事言って。で、話を戻すんだけど、伊薙駅の隣に新川って駅、あるでしょう?」
「あるよ。」
「うん、そこが僕の最寄り駅。」
須藤が新しい情報を出してきた。
ああ、隣駅だったんだ、須藤の家。
「もっともそこからバスで15分くらいだけどね、僕の家。」
さらに須藤が付け足す。
じゃあ、ちょっと不便か?
「その新川って駅前にスーパーの跡地があるらしいんだけど、知ってる?」
確かにあった。駅からすぐの場所。
でも半年くらい前に閉店して、そのままビルは残ってる。
「バス停とは反対側だけど、あったね。もう潰れたけど。」
「そこをうちのスーパーが買い取るらしいの。で、そのまま居ぬきで、ドラッグストアをやるんだって。」
新業態か。
スーパーマーケットとは確かに違うんだろうな。
「そこが夏にオープン予定で、開店スタッフを募集すると思うんだ。やる気があれば、お父さんに話しとくよ?」
「「ぜひ、よろしくお願いします!」」
俺と須藤の声が、ものの見事にハモッた。




