リアリティ
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「つまんねーよ、ああ、つまんねーなぁ、俺の働き口ってのはくそったれだ、暇を埋め合わせるのが業務ってもんだろうが。それなりにやることやって金を得るのが本分であるはずだ、違うか?」
「違わないよ」
「だったら心地のいい仕事を寄越しやがれ」
「そのうち来るかもよ?」
「そういうもんかね」
私は「そういうもんだよ」とだけ答えた。
「ほんとくそったれだよ、いまの状況は。俺はより危ない橋に身を投じたくていまの職に就いたってのによ、マジでそうだ、くそったれ」
「それ、嘘でしょ?」
「嘘に決まってんだろうが、馬鹿ったれ。平和が一番だ、くそったれ」
私は黄色い愛車を高速に載せる。相棒はきちんとアシストグリップを握っている。それはともすれば臆病な奴の対応にしか見えないのだけれど、相棒の場合は違う。ただ単にそうすることが染みついているというだけだ。だったらどうして染みついた? どうでもいい。とにかく言えるのは、あいにく、私は愛車を乱暴に扱ってはいないということだ、客観的に見て、という話でしかないけれど。
「今日はね、相棒――」
「気安く相棒だなんて言うんじゃねーよ。虫唾が走っからよ」
「でもさ、あんたは私の相棒くんなんだわ」
「くでーな、わかってるよ、んなことくらい。だから相棒でいい。で、なんだ? 俺に豚の始末でもしろってのか? それとも豚の餌を始末しろってのか?」
なんだか笑ってしまった。
どうあれ相棒は愛されキャラだ。そのへん、信じたほうがいい。
「地下闘技場。ちょっとそそられない?」
「ああぁ?」
「無法者らの中であんたがトップをとる。そんな様子が、見てみたい」
「嫌だっつったら?」
「少なからず、私はあんたのこと、見損なうだろうね」
「んなことについては、いつだって俺は良心的だ」
「戦ってよ。応援、するからさ」
「応援なんてな、弱い奴が受けるもんだ」
「ま、そう言わずに、さ」
相棒はまんざらでもないようで、「どこだよ?」と訊いてきた。
「だから、いま向かってるんだってば」
「酒飲みながら、阿呆どもはさぞかし声援を送ってくれるんだろうな」
「お願いだから、言うこと聞いてよ。私はそうあることを期待してる」
「だ・か・ら、それでいいって言ってんだよ。連れてけ」
「オーキードーキー」
「セオリーもまた、いつかは嫌われんぞ」
相棒は「ははっ」と笑ってみせた。
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夜、問題の酒場についた。表に黒人の大男が立っていて、平たく言えば「カネ」を要求してくる。まあ観戦の料金だと思えば安いものだ。実際、私らは指定の金を支払って店内に足を踏み入れた。
問題の地下の闘技場。濃密に充満した汗っぽさ、すなわち人いきれを感じさせるオクタゴンのリングがある。殴り合っている。とことん、とことんまで。たぶん、そいつは右腕の関節を折ったのだ。うまいこと折ってみせたのだ。たしかにボキッという生々しい音が聞こえた。それもあって、会場は沸きに沸き立つ。想像以上に盛り上がっているなぁと感心させられる。次の試合が始まった。マグレだろう。片方が顎にフックを放ち、もう片方が簡単に膝から崩れ落ちた。攻撃を緩める様子はまるでない。がくりと尻餅をついたほうはもはや倒れたサンドバッグだ。奴さんが殴り果てたところでギブアップ、決着がついた。美しい。まったくもって美しい。私はこのへんの美学に傾倒している。
今宵の私はプロモーターだ。この闘技場のチャンプであるイギリス人ボクサーの相手に相棒を巻き込んだのだ。ボクサーには言ってある。勝ったら私のことを抱いていいって。ボクサーはひどくアイリッシュの訛りが強い男だ。プロから退き、その後、アンダーグラウンドにもぐったらしい。「あなたは」というより、「おまえにねじ込んでやる」などと言った。だけど、言い分としてはえらく上品で高貴な物言いだった。「あなたを抱きたい」、そんなふうに言ったのだった。
「ねぇ、聞いた? あんたが勝たないと、私は乱暴されちゃうみたいだよ?」
「うっせー、任せとけ。俺より強い奴なんて、この世にゃいねーんだ」
「ほんと、期待してる」
「うっせー」
試合が始まった。
あっけなかった。相棒は左のフックを顎先にもらっただけで、膝から崩れ落ちてしまったのだ。「おいおいおい」と思いながら、私はクスクス笑った。もはやイギリスのぼっちゃんは歓喜を浴びている。だからってな、だからってな、私の相棒がそう簡単に沈むわけがないんだよ。
相棒はふらふらと立ち上がった。途端、パンチを浴びる。左のフック、右のストレート。だいじょうぶ。だいじょうぶ。あんたなら。相手は言わばプロなんだ。ある程度のパンチをもらうことなんて、私も相棒も知ってる。知っている。それでも力尽くでなんとかしちゃうのが相棒だ。「いてーよ、馬鹿」、相棒はそんなふうに言い、「いてーよ、馬鹿!」と声を大にした。さすがの相手も驚きおののいている。
私には聞こえた。
「ルパンだったか。壁なんてなぁ乗り越えるためにあるんだ。俺はいまからそれを証明してやる」
ジャブ、フックと浴びせる。
ストレートも的確に決められる。
それでも相棒は堕ちない――怯まないと言ったほうが適切なのだろうか。
ボロボロの相棒が相手の両肩を両の手で掴み、頭突きをかました。
また聞こえた。
「壁なんてのは、乗り越えるためにあるんだよ!」
私は泣いた。
この状況を仕向けたのは自分なのに、涙が止まらなかった。
相棒が相手に馬乗りになり、ガンガンガンガン頭部に拳を浴びせる。
私が「もういい!」と叫ばなければ、パンチでヒトを殺していただろう。
私はリングに入れる口を探した。見当たらない。だから私は金網にしがみつき、相棒の名を幾度も呼んだ。相棒は私のすぐそばで、金網越しに笑って、言った。
「俺が負けるかよ。俺はそういうふうに出来てるんだよ」
私は言った。「あんたのカッコよさは規格外だね」って。「あんたを好きになって良かったって」、「あんたがいないと生きていけない」とまで。
「アイリッシュ訛りの野郎ってのは、総じて阿呆なんだよ」
「アイリッシュ訛りとかって、あんたにわかるの?」
「わかるかよ、ばーか」
「馬鹿はあんたのほう」
あたしがそう言うと、相棒は子どもみたいに「へへっ」と笑って、乱暴に鼻血を拭った。




