賢者の石
【これまでのあらすじ】
平凡なサラリーマンで独身を通し、日々細々と生きていた私は、ある日突然、通り魔に殴られて死亡する。
自分の死を受け入れられないまま、運命分岐点で出会った"ポアロもどき"の自称"デービッド"に助けられ、行く末案内人として色々と講義を受ける事になる。
修練ののち、続きは翌日という事になるが、1人になると途端に不便な事が見つかり、困っていたところに声をかけて、手を差し伸べてくれたのは、何と左肩にちょこんと座り込んだ、可愛らしい小さな女の子だった。
でもひとつ玉に傷なのは、彼女はとっても怒りんぼさんだったのです。
【この話の主な登場人物】
【私】
本作の主人公。しがないサラリーマン。
ある日、突然撲殺される。
【デービッド】
通称"ポアロもどき"
"私"の道行き案内人。
【お蘭】
"私"の妖精の付き人。
オードリー似のチャイナガール。
口が悪い。
【第7話 賢者の石】
困っていた私に手を差し伸べてくれた女の子は、私の右肩に座っていた。
李香蘭の様な髪型、両耳の所で丸くお団子の様に結った黒髪に、清の時代に漢人の女の子が好んで着たチャイナドレス、元々は清人の民族衣裳である事は、意外と知られていないが、確かにとても可愛らしい。
そして顔立ちは、とても端正な造りをしていて、喩えるなら、そうあの50年代に全世界の男が魅了された、美しく可愛い妖精のような女の子…まるで『ローマの休日』のオードリー・ヘップバーンが抜け出して来た様な、愛らしさを感じさせる。
その癖この娘は、とても口が悪い。
高ピーな傲慢さというのでは無いが、とても辛辣な言葉遣いをするため、出会いからかなりこちらの分が悪く、気づいた時には完全に無条件降伏してしまっていた。
なぜ私はあの時、涙を流してしまったのだろう。遅まきながら、今更ではあるが、思い出す度に恥ずかしさが込み上げてくる。しかしながら、事、我々の関係においては、この結果が効を奏する事になった。
いわゆる結果オーライという奴かな?
不思議な事に、私が自分の支配下に降ったと確信してからというもの、女の子の私に対する扱いが優しく為ったのだ。それどころか、嬉々として時に、とても甲斐甲斐しく、接してくれる様になったのである。
彼女は名前をお蘭と言った。
蘭や蘭子ではないのは、彼女が江戸の生まれだからだそうだ。
成る程…時代背景的には、男尊女卑の世の中だったで在ろうから、彼女があんなにも男に対する怒りに満ち溢れていても、けして不思議ではない。
江戸時代など、将軍は普通に大奥とか拵えていたくらいだから、女性に対するリスペクトなぞ、在ろうはずが無いではないか?物と同等の扱いをしていた輩も多いと聞く。女性にとっては、正に受難の時代で在ったのだ。
そんな中でも、逞しく時代を生き抜いて来た女性の方々には敬意を持たなくてはいけない。
言い方はとても変かも知れないが、我々男だって例外なく母親の胎内で育ち、生まれた後も、愛情を持って育てられ(此れは中には例外もあるだろう)、躾だって、結局の所、父親というよりは母親から受けたものが多いのだ。
それにも拘わらず、いつの間にか女性を下風に見る様に成るのは、社会の風潮に男尊を掲げる気風が、まだまだ残っていて、知らず知らずのうちに、その影響を少しずつ、受けているからなのかも知れない。
いわゆる刷り込みという奴だな。
私と一緒に今後パートナーとして、行動してくれる小さな協力者であるお蘭さんは、まず神経交換装置の実用的な使い方について教えてくれた。
これは通称トータルチェイサーと言って、霊体(精神体)と結びつく事で、精神体の増幅と補助を兼ねられる優れ物で、主な用途は先に、"デービッド"が説明してくれた通りなのだが、それ以外の汎用性も多岐に渡っている。
デービッドが私に取り込ませた"スマートホン"の様な物は、彼らの間では、別称"賢者の石"と呼ばれている。精神体と結合した後は、主に左右の脳でコントロールする事により、あらゆる行動が体現出来るのだそうだ。
読者諸君の中には、『霊体なのに脳って?』と疑問を持たれる方もおいでだろうが、精神体とはいえ、自分から見た『自分』は、この世界においても、五体満足で存在しているし、実際デービッドから指摘を受けるまでは、自分はまだ"生きている"と思い込んでいた程なのだから、当然自分の中で、脳は活動しているし、胸に手を当ててみれば、心臓の鼓動も確認出来る。
先程の様に涙を流したり、感情の集中に耐え切れずに鼻から血が出たり、時には吐く事さえある。
基本的な事は死ぬ前と変わらないのだ。
そしてこの賢者の石は、様々なデータの宝庫であり、あらゆるデータの閲覧が可能だし、記録を取る事も、データとして自分の経験や行動を蓄積していく事も出来るので、自然とバージョンアップを繰り返して、どんどん使い込めば使い込む程に活用し易くなるのだそうだ。
操作の方法も、使い始めは、お蘭さんの言った通りだったのだけれど、脳からの指示により、自分固有のやり方にカスタマイズ可能なのだ。これは人によって様々で、そのままのやり方を好む人も居れば、どんどん活用し易く改良を重ねてしまう人も居るらしい。
各言う私はどちらかと言うと、使い勝手が楽な方が好きなので、思考回路に少し細工をする事により、得たい目標に直行する様に改良し、可能な限りの無駄な行動を省略出来るように試みた。
私は元々『実験する事が趣味である』と周りに公言している程、試したくなったら、実行せずには居られない達であり、今回も思い切って改良に踏み切った次第である。
こんな私の我儘を、"お蘭さん"は理解してくれて、甲斐甲斐しく面倒を見てくれた。お陰様で私のカスタマイズは見事に成功して、楽な動きを体現出来る様に為ったのだった。
『デービッドの奴…明日会った時には驚くに違いない♪』
私はひとりほくそ笑んだ。すると、途端にお蘭さんの突っ込みに逢う。
「誰が助けてあげたんだっけ?」
私は決して自分ひとりの力で成し遂げたなんて想いもしていないが、少し調子に乗っていた事も否定は出来なかった。そこで慌てて、フォローに廻る。
「全ては君のお陰だよ♪お蘭さん♡感謝してるよ♪」
「そうよね♪ならいいわっ、今後も何でも相談に乗ってあげるわ♡」
お蘭さんはご満悦である。自分の思考が全て駄々漏れというのは、どうも馴れたものでは無いが、遮断する手立てが無い以上はやむを得ないだろう。
するとお蘭さんはいみじくもこう語ったのである。
「ご免なさい♡貴方が私に隠し事をする事は出来ないの…何故なら私自身が貴方と賢者の石を繋ぐ要の役割だからなのよ♪でも私が寝ている間は、貴方の思考を公開する事はブロックする事が可能だわ♪貴方が望めばだけどね!」
「本当かい?それは助かるな…」
「でも、そもそもこの世界に居る存在全てに駄々漏れになる訳じゃないわ…貴方とリンクしているデービッドと私だけよ♪これは賢者の石で繋がっているネットワークの中だけの問題なの♪」
「へぇ~じゃあ遮断出来るとしてもデービッドだけなのか…」
「ええ…そう。それは貴方と彼の間で話し合って貰う問題だから、私が口を挟む事は出来ないのよ♪」
「でも他人の声が沢山聞こえるって話とは矛盾しないのかな?」
「あぁ…生きている人達の言葉はそうよ♪でもそれもある程度はボリュームと指定で調整は可能よね♪」
ボリュームとは、読んで字の如く音量域を下げる事によって検索範囲を絞る事である。そして指定とは、単一或いは複数の対象に絞り込むやり方であった。
カスタマイズしたお陰で、これさえも簡単な手順で切り換えが可能と為っているらしい。こうなって来ると、カスタマイズ様々である。
デービッドは教えてくれなかったが、お蘭さんのお陰で色々と知識が増えてしまった。それにしても先程からまた思考回路を使っている筈なのに、疲れが出て来ない。
これはどういう事なのかな…と感じていると、お蘭さんはクスクスっと笑う。
「そりゃあそうよ…貴方は私であり、私は貴方なんだもの!私達の関係が、有線だとすると、デービッドとの関係は無線なのよ♪」
「(・・;)はい??」
私はより混乱が生じてしまっていた。でもお蘭さんは簡潔に説明してくれる。
「貴方と私は賢者の石で繋がる双方向思考体。デービッドは賢者の石を取り出した際に後付けで繋がった保護者としての別の思考体なの。無理矢理…無線交信している様なものなのよ♪」
「(^。^;)て事は、お蘭さんと話す限りは疲れないと!」
「まぁ…貴方が私を拒否しない限りわね♡どう?仲良くなっといて良かったでしょう?」
お蘭さんはそう言うとまたクスクスっと微笑んだ。
こうしてこの可笑しな三角関係は、始まったので在る。
【後書き】
こんにちは♪ユリウス・ケイです。
ミレニアムの全面改定を致しました。とは言ってもほぼまとめたぐらいですが、前よりは読み易くなっているのではないかと想っています。
そして「賢者の石」は1000文字前後、加筆しています。
1話ごとのバランスはだいぶん取れた気がしていますが、また後日手を入れるかも知れません。
【筆者より】