再生プログラム①~神降臨中継基地
どのくらい意識を失っていたのだろう…目覚めるとそこは何やら薄暗い場所で、周りを見渡しても明るさひとつ無いのだ。
公園の公衆トイレは確かに人気の無い静かな所だが、電灯は有ったはずだ。前に利用したときに電灯が点灯しており、その廻りを円を描くように小さな虫が飛び回っているのを確かに見ている。
私は時折り残業で残る時にも、食事だけはしっかり摂る事にしていて、何度か暗くなってからも、例の公園のベンチで過ごしていた。そのためトイレも何度か利用していて間違いないと思うのだ。
それはそうと、今何時だろう…かなり長時間経っているような気がする。そう感じて慌てて腕時計を見るが、そこにあるはずの時計が無いのだ…(゜ロ゜)!?
「ややっ、ないっ!」
ふと、もしかすると殴られた後に盗られたのかしらん…( ̄□ ̄;)!!と思いつく。という事は、相手は物盗り目的で私を殴ったのかもしれない。そう思った瞬間に、例のトイレですれ違った若い男の事を思い出す。
『あいつか…』
そう言えば、あいつニタッと笑ってたっけ?始めはどこかで会ったのかと思っていたが、実はそうではなく、物盗り目的で、予め網を張って待っていたんだとしたらどうだ?
見た目から私が腹痛で慌てふためき、急いで個室に消えたのは見ていたのだし、待ち伏せしようと思えば出来るのだ。
念のため上着の内ポケットに入れてあった札入れや携帯電話を確認するが、やはり無い(;^_^A…。ズボンのポケットの小銭入れは?…無い(^^;!
着ているもの以外は全て失くなっていた。何しろ首からぶら下げていたはずの身分証ですら失くなっているのだから、根こそぎと言ってもよいだろう。
「やられた…」
と思った瞬間、頭がやおら痛くなってきた。しかも突き刺さるような鋭い激痛でとても我慢が効く代物ではない。
私はフラフラと立ち上がると、千鳥足ながらも助けを求めて歩き出した。早く誰か見つけて、まずは取り急ぎ会社に連絡をしないと後々まずい事になるだろう。
そして自分自身もその後、出来得る限り早めに病院に行った方が良いだろう…警察にも被害届けを出さなければな…。
とにかく頭が痛くて張り裂けそうだし、眩暈がする。しかし、行けども往けども、周りの景色は変わらない…というより、暗くて尚且つ霧の中を進んでいるがごとき感覚なのだ。
道らしい道すら無く、良くわからないまま進んでいて、もしかすると先程よりも深くどす黒い霧に包まれているような気さえして来た。
頭の痛みを抑えようと、頭の痛い場所を手で強く圧迫しながら、フラフラとさらに一歩踏み込んだ途端、私の身体はバランスを崩し、前のめりに倒れそうになった。
足の踏み場が前方側に斜行している!と気づいた時には最早手遅れだったのだ。私の身体はストーンとそのまま重力に逆らう事なく、目の前にパックリと口を開けた暗闇に吸い込まれて行った…。
落ちた!!…と感じた瞬間、神に祈った…。日頃信心深い事は何ひとつして来なかったくせに、人間なんてほんと都合が良い生き物である。
でもやっぱり神に祈るんだな…と苦笑さえしたく成る程、切羽詰まっているのだから仕方がない。
全ては刹那の出来事なのだが、こういう瞬間て時間の進み具合が遅く停まっているように感じるって本当なんだな?…などと状況にそぐわない事すら考えてしまう始末である。ところがである。
『落ちる!』と思った瞬間、「危ない!」という叫び声と共に私はやたらと強い握力の手に首根っこを掴まれて、宙をグルリとブン回されるや、後ろに引き揚げられたのだった。
それはとても人間技とは思えぬ力で、すでに落下していた私の身体を強引に引き抜いた感覚に思えた。
私は咄嗟に…というよりは、反射的に…振り返って見ると、背後にはいつの間にか中年の紳士が立っていた。
紳士は、私の首根っこを持ったままの状態で、「大丈夫そうですな…」と呟くと、首に掛けていた手をいきなり離したので、私はその場にドサッと落ちた。
私はあまりの出来事に足がすくんだのか、両手を前のめりに地につけたままの姿勢で身動きが取れない。
おそらく…『崖から落ちて死ぬ!』と思った死を覚悟した恐怖と、今まさに私の目の前に立っている得体の知れない紳士の、『尋常成らざる怪力』を目の当たりにした恐怖とが相まって、思考が混乱しているのだろう。
しばらくボーっと宙を見つめたまま、虚ろな眼を相手に晒してしまっていた。それはかなり無防備で危険な状態だったかもしれない。
何しろ相手は普通ではないのだ。
一見、どこにでもいる中年の紳士に見えなくも無いが、人ひとりを軽々と持ち上げる程の怪力の持ち主だ。何をされるかも判らないのだから、当然だろう。
しかしながら、一瞬の間に起きた一連の出来事や、それに至るまでの不可解過ぎる道中の様子に、適応出来ていない私は、完全に心と身体がバランスを崩しており、頭の中は真っ白になっていたから、やむを得ぬところだった。
彼はしばらく手を後ろ手に組んで、身体に力の入らない私を見下ろしながら、ブツブツと独り言を呟いていた。
「どうしたらこんな事になるんですかね…全くもってけしからん!」
そんな按配である。
そのうち、倒れ込んだわたしの廻りを、行ったり来たりと小刻みに、せこせこ歩き廻っては、時々無造作に両手を広げて、困った感をしきりに表現し始めた。
(´・ω・`; )…
その頃になると、私もだんだんと落ち着きを取り戻して来ていたし、よく見ると彼のユニークな程の困った顔つきが、とても奇妙に思えて来て、思わず笑い出しそうにさえなってしまっていた。
『(((*≧艸≦)ププッ…』
まあ、それぐらい目や耳がしっかりして来ていたので、しばらくこの得体の知れない紳士の事を静かに見守る事にした。
紳士は一見したところでは、燕尾服を着ており、頭には19世紀後半の紳士よろしくシルクハットを被り、銀色のステッキを持っている。上から下まで、まるでオーダーメイドしたかの如く、身嗜みをキチッと整えていた。
服の色にもこだわりがあるらしく、一部の隙もなく黒一色で統一している。ただ胴廻りはかなり幅があり、肥満気味で背が低い。一言で言うと、『肥えた小男』と言った具合である。
顔はというと彫りが深く、目がギョロっとしていて、眉毛が濃く、鼻の下にはちょび髭を蓄えている。
はて…こんな人物、昔どこかで見たな…と思っていたら…(゜ロ゜;ノ)ノお~そーだ!名探偵エルキュールじゃん♪
若い頃にテレビで見た名探偵エルキュールに扮した名優デビッド・スーシェがこんな感じだったと、今さらながらに気がつく。
自分の発見した愉快な思いつきに悦に入って、嬉々として想像の翼を羽ばたかせていると…頭の上から「どうやらすっかりしゃんとして来たみたいですな?」とあの声が話し掛けてくる。
再び無防備にも、今度は空想の世界に浸っていた自分に恥じ入る。
慌てて見上げると、何と『肥えた小男・エルキュールもどき』が、自分の真上の宙に浮いて、立っており、丸みを帯びたゴムまりのような身体を、さも窮屈そうに折り曲げながら、前屈みになり、ジーッとこちらを覗き込むように見下ろしている。
私は、得体の知れないこの小男に、つい先程まで『エルキュールもどき』というニックネームを勝手につけて、ただ独り空想の世界に浸りながら、言わば独り御馳ていた訳なのだが、一気に現実に引き戻された今、宙を漂い、強い目力を発しているこの小男への恐れを再び自覚せざる得なかった。
そのため、怒らせてはいけない、友好的に対応しなければと思う余り、かなり努力して笑顔を作ろうとした。
故に、自分では自覚していないのだが、その笑顔は極端に卑屈で、相手に媚びるようなにへら顔になってしまっていた。
穴が有ったら入りたい…そんな私の様子を観察していた『エルキュールもどき』こと肥えた小男の紳士は、にっこり笑うとこう言った。
「落ち着いて来たようなら、これからの事を相談して決めたいのだが、君はどう思うかね?」と予想に反して優しく語りかけるように、打診して来たのだ。
『怒ってなかったぁ…良かったぁ…』
私は卑屈な程の畏れから脱出出来た事で少し安心した。
そして聞くなら今しか無いと、私は意を決して、今試すことが可能な最大限の勇気と行動力を総動員して、心の動揺を努めて押さえながら、こう応えたのだ!
「私はいったい今どこにいるのですか?今は何時頃になりましょうか?昼休みがとっくに終わっているのに戻らなければ、私は上司に怒られてしまいます…」