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思いつき放り込み所。  作者: くもま
顔無し聖女は塩対応。
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顔無し聖女は塩対応。1


(……アレは、なんだろう)


 喜びに沸き立つ者達を意識から外して、クリストファーは小首を傾げた。

 見つめる先には、ぴくりとも動かない黒い布の塊がいる。一体何かと探ろうとして、すぐさま理解した。

 多分、と云うか絶対、あれは人間だ。気配を鋭敏に察知出来るクリストファーには、例え対象が動かなくとも息を潜めていても分かってしまう。

 それは確かに、人間だった。


(どうしようかな)


 指先でとんとん顎を叩きながら、クリストファーは考える。人としてすぐさま駆け寄るべきだとは理解しているのだが、今勝手に動く訳にはいかなかった。

 いや、別に、動いた所でクリストファーは困らないのだが、周囲が困ってしまう。そのくらいの配慮は如何な自由人と称される自分とて、出来るつもりだ。

 だから早く気付け気付けと周囲へ念を送ったのだが、生憎と、誰も受け取ってくれない。

 それもまた仕方ない事かも知れないが。


(確かに、美しい少女だ)


 我が国の第二王子アレクシスを筆頭に多くの人に囲まれ戸惑う少女は、はっとする程美しい。見慣れない、はしたない程に丈の短いスカートをはいているが、それも気にならないくらいだ。

 卵型の輪郭の中、全てのパーツが理想の位置にある整った顔立ち。肌は雪のように白く、ゆったり流れる髪は柔らかな桃色。小柄ながらめりはりのある肢体は、男女両方の視線を集めてやまないだろう。

 絵に描いたような美少女だが、その中でも大きくぱっちりとした黄金の瞳が一際美しく、この場にいる者の多くを一瞬で虜にしてしまった。

 クリストファーも確かに美しいと思うが、それよりも黒い布の人の事が気になってしまう。

 不敬な事だ。国家を挙げて行われた儀式の結果が成功だと云うのに。

 だから口に出さず、ただ見つめていた。部下から「空気読んで下さい!」と度々泣かれるクリストファーとて、今ある喜びの空気を破壊してまで自分の疑問を解決しようとは思わない。

 なので、部屋にいる大多数が少女と共に部屋を去ってから、クリストファーは行動に移ったのだ。


「……閣下? どうなさいました。早く我らも向かいませんと……」

「うん、分かってるけど。ちょっと待ってくれ」

「は……?」


 閑散とした部屋の中。ステンドグラスに照らされた召喚魔法陣の中心部。そこにまだこんもりとした布の塊のような人間が居る。

 カツカツとブーツを鳴らしながら近付けば、その人はむくっと起き上がった。背後から部下達の驚く声が聞こえる。今の今まで気付いていなかったとは情けない。訓練量を増やさなくては。


「あれ。まだ人がいた」

「はい、おりました」


 ――これが、“彼女”と交わした最初の会話である。

 声は高過ぎず低すぎず。不思議とよく通る、穏やかな音だった。声音から、クリストファーは黒布の人が女性であると判断する。

 何故顔を上げたのに声で判断したのかと云われれば、顔が見えないからだ。

 彼女は体どころか顔も黒い布で覆っていた。いや、布と云うよりはベールか。顔立ちは分からないが、輪郭は透けて見える。だがそれだけだ。面貌はさっぱり分からない。


「出て行く音かと思ったのに……。まだ本調子じゃないや。耳が痛い」

「おや、大丈夫ですか。ご気分は?」

「あんまり良くないですねぇ。やれやれ、一体何なんだろう……」


 手で額を押さえて軽く頭を振る彼女に手を差し出す。彼女は僅かな躊躇の後、クリストファーの手

を取らずに自力で立ち上がった。紳士の礼を無下にされた形だが、不思議と厭な気分にならない。少

し残念だとは思ったけれど。

 彼女は立ち上がっても、やはり全身黒かった。

 黒い布を頭から被り、顔には黒のベール、あまり見かけない様式――法衣に近い気がする――の服も黒く、手袋やブーツでさえ黒い。全てが黒い。真っ黒だ。

 ――胸元に飾られた大輪のコサージュだけが白く、奇妙な程目についた。


「道を歩いてて……女子高生の財布を拾って……それで、どうしたんだっけ……」


 そう呟きながら、また頭を振る。具合が悪そうに見えて、クリストファーは心配になった。


「そうだ。あの子、泣いてて……それで、足元が光って、声が……」

「大丈夫ですか? すぐにお部屋を用意します。そこでお休みになられては……」

「いえ、横になる程では……。……あれ、ここ、どこ?」


 きときとと首を動かして、彼女は周囲を戸惑った様子で見回す。そしてクリストファーの背後を見て、後ずさりをした。

 何事かと肩越しに振り返り、クリストファーは一気に不機嫌となる。


「……何をしている」

「か、閣下こそ不審者相手に何を呑気な!」

「得体の知れない奴め! 閣下から離れっ」


 そこで部下の声が止まった。当然である。クリストファーが指先を弾いて飛ばした風の術を、顔面にぶち当てたからだ。

 吹っ飛んだ部下が壁に激突し、声も無く気を失う。無論殺してはいない。無駄な殺生は好まない性質たちだ。

 見せしめとして一人だけに当てたが、効果は抜群である。他の部下達は察し善くクリストファーの怒りを汲むと、すぐさま抜いていた剣を鞘へ戻した。それから慌てて跪く。

 ――遅い。彼女が立ち上がった時点でそうしているべきだ。やはり気付くのが遅い。訓練量は今の三倍に増やそうと心に決めた。

 そこでふとクリストファーは、自分が今“本能のままに動いている”事に気付く。普段はなるべく理性的であるよう心掛けているのだが、現在は完全に本能に基づく行動だった。

 理性的に考えれば、部下達の行動の方が正しい。彼らの云う通り、彼女は不審者だ。武器を構えるまでは行かなくとも、身元の確認や警戒をするべきである。

 なのにクリストファーはそれを良しとしない。彼女へ疑念を抱く事無く、武器を向けるなどもっての外だと考えていた。

“本能が、彼女に屈している”。

 自分より上であると見なし、それを自然と受け入れていた。


(――と云う事は、彼女の方が)


 そう気付いて彼女の方へ改めて視線を向ければ、何やらドン引きされている気配を察知する。

 クリストファーと壁に激突させた部下を交互に見ながら、彼女はじりじりと後ずさりしていた。

 どうやら、躾のなっていない部下とその上司に悪感情を与えてしまったようだ。後悔が湧き上がる。察しの悪い部下達へ、早々に命令を出しておくべきだった。


「申し訳ありません、御見苦しい所をお見せいたしました」

「は、はぁ。……えぇと、あの人、なんでいきなり、吹っ飛んで……?」

「貴方様へ無礼な物言いをしたので、仕置きを少々」

「はぁ……?」


 まるで理解出来ない、と云う声だった。

 上司が過ちを犯した部下を咎めるのは、異世界含め万国共通だと思ったが、違うのだろうか。


(……あぁ、もしかして、魔術の方か?)


 そう云えば、異世界は『科学』なる分野が発展している代わりに、魔術などの神秘は衰退したと聞いた事があるような。このような下位の術でも、初めて目にするのやも知れない。

 どう説明しようかと考えていると、彼女はベール越しに口元へ手を当て、話し始めた。その声は僅かに震えている。


「あの、ここは、どこなのでしょうか」

「はっ。西の大陸北西部に位置するオウス王国の王城です」

「おうす……? たい、大陸? ゆ、ユーラシア大陸ですか、まさか」

「いえ、西の大陸です。世界に四つある大陸の一つ、『聖地』から西方にございます」

「大陸が四つ? 聖地、って」


 彼女は絶句したように立ち竦んだ。

 現状を理解しきれていない彼女へ、クリストファーは深々と頭を下げる。


「貴方様は我らが行った聖女召喚の儀式により、この地へ降臨なさったのです」

「は」

「お待ちしておりました、聖女様」

「……」


 彼女と背後の部下達が同時に息を飲んだ。けれどクリストファーは確信している。

 先ほどの少女を美しいとは思ったが、崇敬や尊ぶ気持ちは出てこなかった。しかし彼女に対してはあまりにも容易くその思いが生まれて来る。

 ――即ち、彼女こそがオウス王国が、いや、この世界全てが求めた聖女なのだ。


「ど――」

「ど?」

「ドッキリ、ですか?」

「どっきり?」

「あの、モニ■リング、とか? 異世界召喚されたと云われたら信じる? 信じない? みたいな? カメラ、あったりします?」

「モニ……? よく分かりませんが……カメラはここにはありません」


 モニ何とかとやらは聞き覚えの無い単語だ。異世界固有の物なのだろう。カメラは異世界より伝わった技術で王侯貴族なら大抵所持しているが、今この場にはない。

 その旨を伝えれば、彼女はよろよろと後退した。支えようと伸ばした手は、怯えたように避けられる。その事に傷付く自分がいる事に、クリスフトファーはちょっと驚いた。


「冗談、なに、なんだ、これ。夢、夢かな? 白昼夢?」

「現実です、聖女様」

「聖女なんて高尚なものに見えるのか、私が?! 冗談でも失礼でしょう!」

「冗談ではありません。貴方様こそ、我が国、世界が求めた聖女様です」

「……」


 また彼女は絶句したようだ。唖然とした気配を持って、クリスフトファーをベールの向こうから見つめている。

 その視線に応えるように微笑めば、彼女はふらふらと歩き出した。


「聖女様」

「カバン……私の、カバンは」

「何かお持ちでしたか? 部屋の中をすぐ部下に探させましょう」


 ざっと見た限り、誰かの荷物らしき物体は部屋にない。しかし、召喚の影響で部屋の隅や柱の陰に転がっている可能性はあった。なのですぐさま部下へ荷物を探すよう指示を出す。

 部下達が慌ただしく動き出したが、彼女はまだ、覚束ない足取りで部屋の中を歩いている。様子を伺うように並んで歩けば、儚く呟く声が聞こえて来た。


「大事なものが、大事なものが、入ってる、から」

「……見つけ次第、すぐに御前へお持ち致します。少々お待ちを……」

「書類が入るくらいの、色は臙脂で、布製の、留め具は銀色で」


 そう持ち物の特徴を語りながら、彼女は部屋の中を歩き回る。やはりその足元は頼りなかった。

 それなりに広い場所だが、複数名で見回れば把握も早い。部下達は素早くクリスフトファーの元へ集まると、部屋の中に彼女が云ったような荷物はなかったと報告した。虚偽の報告をするような愚か者を部下にした覚えはないので、それは確かなのだろう。

 それを聞いた彼女が体を小さく震わせた。かと思うと、団体が出て行った際に開けたままになっていた扉へと歩き出す。ゴッゴッゴッ、と鳴り響く踵の音が、彼女の心情を表しているようだった。


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