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思いつき放り込み所。  作者: くもま
竜殺しの騎士。
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竜殺しの騎士。3


 ――なんだか、ねむい。


 微睡みの中で、マティアは思う。

 起きなければと命じる理性と、もっと深く眠りたいと願う本能がせめぎ合い、どっちつかずのまま、とろりとした感覚の海を揺蕩っていた。

 周囲は酷く寒い、“はずだ”。寒いどころか極寒だと、正しく知覚している。寒さに強いマティアとて、空気すら凍り付くような世界にさらされて平然としていられる訳がない――“はずだ”。

 なのに、“平気だった”。人を殺しかねない寒さの中に居ても、問題はない。

 皮膚と筋肉は柔らかなまま、血潮が滞る事もなく、肺を痛める気配すらない。吐いた息が白くない事に疑問を覚えたが、それもすぐに気にならなくなった。

 考えるまでもない。“当然の事”だった。そう、そうだ。何も、おかしくなどない。


 ――ねむい、けど。


 ぼんやりと、思う。

 見上げた空は快晴だった。雲一つない青空が広がっている。“なのに、雪がちらついていた”。

 ひらひら、ひらひら、花びらのように雪が舞う。真っ白な雪。それは、空から降っているように見えたが、違う。“マティアの周りから”、溢れているよう、な。


 ――おきないと。


 先輩に「だらしない」と怒られて、同輩に「寝起き悪いなぁ」と小突かれて、後輩に「だめですよ、二度寝しちゃ」と嗜められてしまう。

 でも隊長は「それ以上育ってどうするんだ?」と大笑いして、頭を乱暴に撫でてくれるのだろう。

 そう云えば、故郷に居た頃は幼馴染み達がいたずら半分で起こしてくれた。懐かしい。妙に思い出してしまう。優しい記憶を。


 ――あの方が、まってる。


 このままうとうと眠ってしまえば、また帰りが遅くなってしまう。

 あの方が待ってるのに。

 泣きながら引き留められて、もう我が侭云わないからと縋られて、絶対帰って来てねと云われ指切りをした。

 思い出すと心が痛む。あんなに泣かせてしまった。今も、まだ、泣いているかも知れない。帰りの遅いマティアを想って、悲しんでいるのかも知れない。

 そう考えると、堪らなくなった。

 指先に力を入れる。何かが砕ける音がした。硬い何か。岩か。いや、冷たいから氷だろう。何故手元に氷があるのだったか。

 舞い踊る雪が、強くなる。ちらちらどころか、ばさばさと音が出そうなくらいだ。牡丹雪、とはこう云う雪を云うのだろうか。

 体を起こす。軋む、軋む。骨が、肉が、皮が、ぎしぎしと。痛むと云うより、ぎこちない。十九年付き合ってきた肉の体が、まるで今日初めて動かしたかのような。背中、いや、腰の辺りに違和感がある。なんだろう。“何かがついている”。ぞろりと、それが蠢いた気がした。

 頭上に影が掛かる。見上げれば、泣きそうな顔をした同隊の面子がいた。隊長と先輩と同輩と後輩。

 豪快でお人好しな慕わしい隊長、厳しくて怖いけど信頼出来る先輩、呑気でお調子者で一緒に居て楽しい同輩、世話焼きでいつも一所懸命な後輩。そんな彼らがどうして泣きそうな顔で自分を覗き込んでいるのか、マティアには分からない。

 泣きそうだと思っていたら、同輩と後輩が本当に泣き出した。

 同輩は何故か必死な声で「ごめん」と繰り返している。こんな寒さの中で泣いたら目と顔が酷い事になるのに。莫迦だなぁと笑いそうになって、笑えなかった。


「マティア」


 隊長に名を呼ばれ、そちらを見る。見れば、今の季節なつに合わない防寒用の重装備だ。まぁ、この寒さだ。仕方ないか。

 分厚く裾の長いコート、もこもこの帽子と耳当て、マフラーは顔をふかふかと埋めている。手袋も軍務用の厚手で機能性が高いもの。足元は見えないが、多分同じく軍務用の底が分厚く紐の多い滑り止め付きのブーツに違いない。皆、同じような格好だ。マフラーだけ色違いで、各々の好みが出ている。

 恐る恐ると云った様子で、隊長の手が優しくマティアの肩を抑えた。乱暴に押し込むのではなく、あやすように丁寧に体の位置を元の場所へと戻される。あたたかい毛布の中へ埋められて、首を傾げた。

 どうして寝かされているのだろう。


「もうちょっと寝てていいぞ、マティア」


 でも、と反論しそうになった。慌てて口をつぐむ。隊長が良いと云うのに、下っ端が異を唱えるものではない。上の命令は絶対だと、教わっていた。

 けれど、言葉にしなくてもマティアの意志は伝わったらしい。隊長は目を細めて笑う。いつもの快活な笑みではなく、父親のような柔らかな笑みだ。


「あのな、お前も本調子ではないし、まだ隊の奴らも怪我が酷いんだ。だからもう少し寝ててくれ。大丈夫だ、帰る時にはちゃんと起こしてやるから、な?」


 声が出にくいので、こくりと頷いて了承の意を示した。本当なら許されないはずなのに、いつもマティアの粗相を怒る先輩は何も云わず、ただ頭を撫でて来る。先輩に撫でられるなんて初めてだった。

 雪が、穏やかになっている。相変わらず快晴の下、何故か舞い散っているが、先ほどの吹雪手前のような乱れはなくなっていた。

 なんとなく気持ちが落ち着いて、うとうと、目を閉じる。早く帰りたいけれど、隊長がこう云うなら仕方がない。

 帰ったらあの方にたくさん謝って、たくさん我が侭を聞いて差し上げよう。城下町へ行きたいと云う願いを叶えてあげたい。手を引いて、一緒に行こう。リーヤが教えてくれたパン屋へ行って、リィナが一度連れてってくれたカフェへ案内しよう。

 きっと、喜んでくれる。笑ってくれるあの方を思い描くだけで、心がしっとりと穏やかになった。


「……おやすみ、マティア。良い夢を」


 ――はい、ローラン隊長。おやすみなさい。


 揺蕩う水面から、深い底へ。

 マティアはとぷりと、落ちて行った。

 すぐ側で、声を張り上げて泣き叫ぶ同輩ともの声など聞こえない、深く静かな眠りへと。



 竜殺しの騎士はとりあえずここまで。

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