竜殺しの騎士.0
――殺さねばならない。
強く、そう思った。
逃げると云う選択肢は既に無く、死ぬ訳にも行かない。是が非でも生きて帰らねばならない理由が、マティアにはあった。
だから、強く思うのだ。
――殺さねばならない。
退路が無いなら前に進むしかなく、前に障害があるならば排除すればよい話。ただ問題は、“その障害を乗り越えられた者が、三千年の間に二人しかいない”と云う事だけだ。
“些細な事だ”、と考える。
例え常識的に考えて不可能な事案であろうと関係ない。常識的に考えてダメならば、非常識になれば良い。不可能な物は可能な物へ変えてみせよう。
全てをひっくり返して、成し遂げてくれよう。
そう。“世界すらも覆して”。
――殺さねばならない。
逃げ道は無い。逃げても死ぬ。見習いとは云えど騎士の矜持に掛けて、敵対者へ背中を向ける事は許されない。
ならば殺す。殺してみせる。不可能を可能に変えてやる。
そうだろう。
そうだ。
――そうしよう。
――“殺そう”。
剣を振り上げる。支給品の安物だ。魔剣でも聖剣でも妖刀でもない、ただの鉄くれを唯一の武器として構える。
これしかないならば、これが自分にとって最良の剣だ。
(そうだ。殺そう。殺さなくては。殺さなければ!)
腹の奥で炎が燃え上がる。臓腑を焼き焦がし、魂すら塵へと帰す、“極寒の火焔”だ。
されど。
心に沁みついた一つの情景だけは消えず、焼かれず、灰にもならない。
美しく、鮮やかに、あり続け。
――生きて帰れと、笑うのだ。
死せる森に、咆哮が轟き響く。
絶望に嘆く終わりへ向かう叫びと、生誕を祝う始まりへ至る叫びが。