7.
その頃王城では、クリスティーナの本日の予定を聞いていたアシェリードが悩ましげなため息を吐いていた。本人は気付いていないが、侍従は20回を超えた辺りで数えるのを止めたほどだ。
生まれた日以来目にしていないスノウと会っているクリスティーナ。
あっけらかんと「世話をする」と言ってのけた彼女が、複雑な事情を負担に思っていないか、苦しんでいるのではないかと、すっかり政略結婚で王命でほぼゴリ押しで連れてこられたことなどけろっと忘れて、心が重たくなるのを感じて無意識にため息を量産しているのだ。
今や聡明さと女神のような美しさ、慈愛(?)に満ちたクリスティーナに疲れ切っていた心を鷲掴みにされたアシェリードは、彼女が不義の証であるスノウと会う事に、複雑な心境をどうする事もできずに持て余していた。
しかし王族であるアシェリードは表面上完璧に微笑を貼り付け謁見申請を順調に熟しているが、側近くに仕える者は玉座に座るアシェリードの雰囲気がどんよりと暗く重いことを肌で感じていた。
今日は秋晴れの快晴なはず……と何度か侍従や近衛が窓から見える天気をチェックしてしまうほどに、玉座を中心に色彩がトーンダウンして見える。
ここ最近まで艶々の上機嫌だった分、あまりの落差に周りの反応は敏感になっていた。
「何かお悩みみたいですね…」
「王妃殿下と何かあったんじゃ」
「実は今日の王妃殿下がアレと会っているらしくて」
「あぁー。ほんと慈悲深いよなぁ、生まれた子のせいじゃないわと言って、手ずから色々手配しているとか。ほんと女神」
「陛下としては気分の良い事じゃないかぁ」
「あの後は色々酷かったからなぁ」
「まぁ新たにお子が生まれたら陛下の気持ちも幾分治るんじゃ」
「早く治ってほしいなぁ~」
「ばか、声大きいぞ」
「あ、すまん」
「そろそろ時間だ。戻るぞ」
そんな事を近衛騎士2人が、誰もいない王城の廊下でボヤいていたのだが……
「アレ……が邪魔しているって事かしら。そうだわ。アレは生まれてはいけない存在だったもの」
物陰から静かに姿を現した人物が、思案げに顎に指をかけながら呟く。
「ふふ、そうね。それが良いわ」
暗い笑みを浮かばせた人物は、気づかれないように足音を忍ばせ立ち去って行った。
クリスティーナは約束通り時間が空けば、スノウの元へ行き顔を見せた。
公にできない存在とはいえ、妊娠出産が広まっていた以上、スノウの存在は公然の秘密だったようで、王宮侍女や一部貴族は知るところであった。
そんなスノウの世話は当初用意した乳母が一時任されていたが、離乳後は世話係に上がる事なく職を辞してしまい、今までは王宮侍女が交代で行っていた。
ある程度人は居るが寄り添う者は無く、孤独の中で生きてきたスノウにとって、クリスティーナの存在は戸惑いしかないのだろう。
スノウの私室に初めて足を踏み入れた日から早2ヶ月だが、未だに人慣れぬ子うさぎのようにピルピル震えて隅っこに陣取っている。
焦ってはダメだと分かっていても、クリスティーナは苦笑が漏れてしまう。
「でも、まぁ……」
それでもカーテンの後ろに隠れることがなくなり、ずっと大事そうに抱きしめているウサギのぬいぐるみを見ると
「少しは前進しているのかな?」
少しずつゆっくりと歩み寄るクリスティーナは、優しくスノウの手を取ってリフレッシュタイムを美幼女と堪能すべく、王族区の庭が望める大きな窓のあるサロンへと連れて行った。
暖かな日差しの中、向かいの席に座るスノウへと温かいハニーミルクを勧める。
今日のスノウの洋服は、クリスティーナが用意した中でもお気に入りの、薄いパステルイエローに碧の襟やパイピングが可愛いセーラー風ワンピースだ。
ちょっと自分の趣味に走り過ぎたことは否めないが、自腹で用意しているので文句は受け付けませんと、意気揚々と用意した逸品である。
長く伸びた髪を内側にくるくると丸めてボブ風にして、真っ赤なリボンをカチューシャっぽく飾るように指示もしたのだ。スノウの今の装いは、現代アレンジ・ロリ風白雪スタイルだろうか。
あまりの可愛さにデレデレするクリスティーナを、向かいに座るスノウは知る由もなく不思議そうに見つめ返すだけだが。
「あ、そうそう、スノウは夜会ってわかるかな?そう、えらいわね。私も次の夜会から正式に出席することになったの。今まで以上に忙しくなるから終わるまでの間、寂しくさせちゃうかもしれないわ。みんなにお願いはするけれど、何かあったら…無くてもお手紙書いて知らせてくれる?」
クリスティーナの告げた言葉に、一瞬キュッとぬいぐるみを抱く腕に力が込められる。けれど、それを表に出さずにまた静かにこくりと頷くスノウにクリスティーナは「我慢し過ぎはダメよ」と手を伸ばして頬を撫でた。