6.
婚姻休暇も終わり、王妃業本格始動か〜とかのんびり思っていると、ミラ達侍女が王妃に与えられた執務室で頭を下げて待ち構えていた。
「お、おはよう?どうしたのミラ」
「本日も輝くばかりに麗しく、王妃殿下。
……ご報告がございます」
頭を下げて申し訳なさそうに話す鉄壁無表情侍女ミラが述べたのは、王宮の備品購入の水増し請求、横領・横流しと言った隠れた悪事の数々だった。
直近の仕入れや在庫確認、使用履歴の洗い出しでそんなに出るとは思っていなかったのだが、流石アナログ世界と言ったら良いのか。
グラフ化したら多少出るかな?くらいに思っていたクリスティーナも初っ端から発覚するとは想定外だった。
「えーーっと、資金源……」
「はい、一応とスノウ様に割り当てられた資金が……」
まあ、そうだろうな。とは予想していたものの、目の当たりにするとなんとも言えなくなるのが常と言うものだろうか。
「帽子じゃなくて態々布を被ってる時点でおかしいとは思っていたから、少しは予想していたけれど。味をしめちゃったのかしらね?要らない人はサクッと整理しちゃって。調査と懲罰、返金は保安部に押し付けましょう」
王妃業1日目でコレとは頭が痛い……とボヤきそうなクリスティーナであったが嵐の前触れだった様で、公務に加えて王宮使用人の一斉整理、新規人材確保と手配……etcが加わり、美幼女との戯れライフは一向に訪れる気配を見せなかった。
そんな日々も少しの落ち着きを見せ、やっとスノウとの対面する日が迎えられたのは間も無く半年に到達しようか、という頃だった。
「美幼女が美少女になってしまう……」
と、王妃の執務室で半年の間、何度呟いただろうか。
スノウの私室である白扉の前でやっと辿り着けたことに感動しながら、侍女のミラと共に念願のスノウの私室へと足を踏み入れた。
足を踏み入れた部屋は、白を基調とした子供部屋と言うには簡素に思える部屋だった。
生まれるまで性別が分からないので、基本セットを揃えて生まれてから性別に沿って色々付け加える予定だったのだろう。
生まれた瞬間に見放されてしまう事になったけれど。
カーテンが無造作に閉じられていて、微妙に薄暗い。クリスティーナは一緒に続いて部屋に入っていたミラに全て開け放つ様に指示を出す。ついでに空気も入れ替えても良いかもしれない。
ミラも同じく思ったのか、何枚かの窓は少し開いて外気を取り込んでいる。
さわやかな秋風がふわりと入り、陰気な雰囲気までも和らいだ気がするのが不思議だ。
さて、目的の美幼女は何処かしら〜?と部屋を見渡すと、一番部屋の隅っこだけカーテンがそのままで不自然に丸まっていた。
分かりやすい隠れ方だが、うまく隠れていると思っているのが美幼女だと思うと微笑ましさが倍増する。
クリスティーナはニヨニヨしながら近付いて膝を折った。
「2度目ましてね?スノウちゃん。私はクリスティーナ。出てきてくれると嬉しいわ」
適度な距離をキープしつつ優しく声をかけると、カーテンがビクッと震えたのがわかった。辛抱強く待っていると、カーテンの下から小さく見えていた足がウロウロと所在なさげにしているのが見えて、クリスティーナは頬を緩めた。
しばらく声を時折かけつつ待っていると、スノウがそっとカーテンに隙間を作って眼だけ覗かせじっと見つめてきた。
クリスティーナは「私は無害よ〜」と訴える様に優しく微笑みかけると、少しずつ隙間が開いていき、とうとうスノウが姿を表してくれた。
「ス、スノウ……です」
まだ大部分はカーテンの影に隠れているけれど、その美しい容貌は隠せようもなく。明るくなった室内で輝いて見えた。
もちろんクリスティーナは「キャワっっっキャワィィ」と口元を押さえて悶絶中である。
「まぁ、ご紹介ありがとう。今日はプレゼントを持ってきたの。気に入ってくれると良いんだけど」
プレゼントをミラから受け取り、スノウへと押し出すと、スノウは不安げに瞳を揺らせながら自身に押し付けられている箱を仕方なさそうに受け取った。
「開けてみて?」
半分カーテンに隠れながら、言われた通りに手元の箱を床に置き上蓋を開けた。
「ゎ……」
その瞬間の輝く瞳と色づく頬をクリスティーナは見逃さず、気に入った事を確信してガッツポーズをした。
箱に入っていた品物を両手で拾い上げて持ち上げると、スノウは戸惑うような視線をクリスティーナへと向けた。
「貴女のものよ。気に入ってくれたら大切にしてくれると嬉しいわ」
まだ探るような瞳を向けつつも、小さく頷いたスノウは小さな両腕でそれを抱きしめた。
(やばぁっっっ!可愛すぎなんですけどぉぉ?!私、グッジョブ!)
プレゼントしたのは真っ白な、垂れ耳うさぎのぬいぐるみ。
スノウと同じ黒い瞳のぬいぐるみを抱く美幼女がどうしても見たかったクリスティーナは、良さそうなぬいぐるみを探したが思うような物は見つからなかった。
なので職人を呼んでデザインから考案して作らせたのだ。勿論クリスティーナのポケットマネーからの支払いである。色々拘り過ぎて少々値が張ったが、気にせず作らせた最早執念の一品といって差し支えないだろう。
そんな物とは知らずに大事そうに抱えるスノウを、部屋に備えられている長椅子に座るように優しく促した。
クリスティーナは時間が許す限りゆっくりとスノウと話をした。
スノウの母親はある(最終的には)没落した貴族の娘だった事。(事実上は)病気で亡くなっていること。
クリスティーナが親代わりに、スノウの面倒を見る事になった事など。
「私が忙しくてなかなか来られないかもしれないけど、何かあったら何でも言ってね?」
優しく微笑みかけて、間を置いて隣にちょこんと腰掛けるスノウへ手を伸ばして、艶やかな黒髪を撫でると大きな瞳に涙が盛り上がって潤みはじめる。拒絶されないか恐る恐る小さな肩に手を回して寄り添うように抱きしめると、スノウはクリスティーナの胸で声も上げずに身を震わせて泣いたのだった。