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4.

 たーっっぷり間を置いたが、無言の圧力に耐えきれずに答えたミラは、ほんの僅かに口端を歪める。

 コレは訳ありだな、と察したクリスティーナはそのまま東屋中ほどへ足を進めて休憩用にと置いてあるベンチに腰を下ろす。

 ミラ以外の護衛を下がらせると、ミラを向かいの席へと座る様に促した。


 固辞していたミラだったが、無言で強く催促するクリスティーナの真顔には耐えられなかったのか、またもや渋々と言った体で向かいの椅子へと極浅く腰掛けた。



「忘れていた私も何だけど、どうして誰も紹介してくれなかったのかしら?」

「…………至らぬ点でございました。誠に申し訳ございません」


「うん・で?説明してくれる?」

「それは……」

「そう……じゃ、アシェリード様にお聞きした方が良いかしら」

「っ……」



 忘れていたわけではなく隠していたっぽいと言うことが僅かな反応から見て取れる。しかしアシェリード本人に事情を聞くのは憚られるらしいと、クリスティーナは静かに見つめながら解析する。


 本人から詳しく聞けないんだったら、今ミラに聞いてしまうのが得策だろうと、質問の手を緩めることなく追求することにした。



「前王妃様の生家、今は伯爵でしたかしら?王都より北側の領地と伺っていた気がしたんだけど?」

「はい、元子爵領でもある彼のお方の生家は、北の辺境近くに位置し、牧畜が盛んな領地でございます」



 当たり障りのない質問には、スラスラと答えるミラ。しかし目は伏せられたままである。



「王家は代々プラチナか、濃い金髪は居るけれど、南から血を入れたことはないわよね?」

「左様でございます」

「前王妃様のご生家でここ3代で同じ髪色の子でもいらっしゃるのかしら?」

「いえ、居られません……」



「なら、何であの子はツヤッツヤの黒髪なわけ?」

「………………」




 そう、大陸のやや北側に位置するこの王国は、王都でも初春までチラチラと雪が残るくらいの気温。元々北から流れてきた民族が国の始まりということもあるせいか、貴族・平民に関わらず総じて色素が薄い。血統を重んじる貴族は未だに銀髪、金髪、濃くても薄茶色が一般的。国民でも金髪から栗色が大多数で、南側の国境近くの領地でチラホラ濃茶や黒髪を見掛けるくらいである。


 地域性と皆わかっているため、黒髪だからという忌避感や迫害はないものの、余所者感は否めないのも事実である。


 そんな中で、先程の前王妃の子供はどう見ても純度100%の黒髪であったのだ。



「お肌の白さはお母様に似たのかしらね?真っ赤な唇に、黒髪……ね、もしかして前王妃様が亡くなられたのは」


「聡明なる王妃殿下、どうかそれ以上はご容赦くださいませ」




 そう言って目をぎゅっと瞑ったミラは、昔語りを口にした。


 アシェリードがまだ王子だった時分、幼い頃からの婚約者である公爵令嬢と話し合いの場を持って婚約を解消して、子爵令嬢だった前王妃を選んだのは有名な話である。


 元々平民を母に持つ前王妃という事もあり、シンデレラストーリーに国民は沸いた。


 ここまでの事はクリスティーナも知るところである。回避人生で高みの見物を決め込みながら「やっぱり来たな?シナリオめ…ふふふ」と、入る情報にほくそ笑んでいた。


 しかしながら、教育の行き届いていない子爵令嬢をすぐに結婚させて妃に立てることができなかった。

 生まれてからずっと高等教育を施されてきた高位の令嬢と違って、半分平民で10歳で認知されて迎え入れられただけの子爵令嬢は教養どころか基本マナーも危うかったのである。


 根気強く教育して2年、日の目はいつ見られるかと遅々として進まない進捗状況に教育係一同頭を悩ませているところに、アシェリードは子爵令嬢の誘惑に負けて褥を共にしてしまう。


 そして「月のものが来ない!!」と大騒ぎをしたために誓約書を先に交わして、お腹が目立たぬうちにと結婚式を執り行った。その後は安全のためにと王宮の奥で秘される様に籠らせた。こうして公には出さないまでも、王太子妃として据えることになった。


 産月が近くなったある日、国王陛下が急な病で亡くなってしまい、王太子であったアシェリードが若くして国王として立つこととなる。


 王宮中が日々忙しなく動き回る中で、なし崩し的に王妃となってしまった彼女が令嬢の嗜みとして教えられていた刺繍を刺していた時のこと。

 何を思ったのかふと立ち上がり、雪が降っていたにも関わらず窓を開け放ち、針で刺したらしい指先から小さく盛り上がった血を、ぽたりと雪に落として呟いた。



『ねぇ、この雪のように白くて、この血の様に赤くて、この窓枠のように黒く艶やかな髪の子供が欲しいわね…』



 そう言ってうっそりと微笑んだ彼女は、すぐ様医師に診せられた。マタニティブルーでは無いかと診断され、安静にする様にと言われただけだったが。


 そんな事もあった日も記憶が薄まりつつあった日、予定日より1ヶ月ちょっと遅れて彼女は子供を産み落とした。




『見て!神様が私の願い通りの子を授けてくれたわ!』







「── 皆、絶句する中で、かのお方は歓喜に染まったお顔でそう叫ばれました」



 淡々と語り終えたミラ。


 感情を交えない語り口だからか、余計にその時の惨状が浮き彫りになるようで、クリスティーナは手にした扇子で顔半分を覆い隠したけれど、ドン引きした目と顔色までは隠しようがない。


 何故その後直ぐではなく、少し間を置いて前王妃が亡くなったか、何故アシェリードが亡くなった愛していたはずの妻を鼻で嘲笑うのか、国内の高位の未婚の令嬢に拘ったか、とっても納得がいったクリスティーナは、想定外のヘヴィーさに溜息を吐いた。



「当たり前だけど、私、浮気はするのもされるのも嫌いなの。まぁ陛下は場合によっては側室を娶らなきゃいけなくなるかもしれないけど。私は絶対にしないと、誓うわ」


「美しく聡明、かつ貞淑な王妃殿下にお仕え出来ること至上の喜び、また、永遠の忠誠をもって一層お仕え申し上げます」


「じゃ、貴女の下に有能な部下を3人選んで早急につけなさい。多忙すぎる侍女なんてまるで私が虐めているみたいに見えるじゃない。全体の管理、あの子の周りも調査するわよ」


「早急に手配いたします」



 ほんの僅かに緩むミラの瞳を見て、クリスティーナは主人らしく鷹揚に頷いて見せる。

 しかし、内心は先程の重たい事実に疲れが倍増して早々にベッドへ帰ることを決意していたのであった。


 部屋に戻るなり、クリスティーナは早々に着替えて休む準備をした。


 甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるミラが、上掛けをめくってくれて、ベッドに潜り込みながら聞き忘れていたなと思っていたことをふと口にする。



「そう言えばあの子、なんていう名前なの?」



 ミラは直ぐに返答をする。



「スノウ様とお呼びしております。彼のお方はスノーホワイトと名付けられておりましたが、それでは少し支障がございますので」



「そ……う、スノウ。ありがとう」



 ぎこちない動作だったが、クリスティーナはなんとかベッドの中へと身を滑り込ませる。

 上掛けをぎゅっと握り込んで頭まで被せると、気遣ったミラは一礼してから静かに部屋から下がって行った。


 一方室内…いや、上掛けの中のクリスティーナは、頭を抱えていた。



「そっちーーーーー?!?!?!童話(そっち)ー?!乙女ゲーム(あっち)じゃなかったのーーーー?!」



 人生の舵取りの失敗点に関して、盛大に頭を抱えていたのであった。





 幼少の頃、突然ふと鏡に映った自分を見て、他人事の様に「ちょっと上がってる目尻が悪役っぽい」と思ったことがきっかけで前世を思い出したクリスティーナは、怒涛の如く降り注ぐ前世独身アラフォー OLだった人生の記憶を自室に引きこもって整理し、クリスティーナと融合した。そうしているうちにクリスティーナはハッと気付く。



「……転生のお約束といえば、乙女ゲーム」



 プギャーするのかされるのか。そこで鏡に映った自分をもう一度マジマジと見たクリスティーナは確信した。



「プラチナに近い金髪に、やったら整った顔。ちょっとばかり釣り上がった目尻……間違いない、これは悪役令嬢パターンね!」



 早々に見切ってやったわ!と運命を相手取って悪役令嬢さながら「オーッホッホッホ」と高笑いポーズを決めて(案外様になっていた)勝利を確信したが、嵌まり込んだライトノベルはあっても乙女ゲームはない。

 考えても仕方ないので、王道パターンを想定して対策を練ることにした。


 ストーリーに組み込まれない様に、野暮ったくして高位貴族のめぼしい男ども(王子・宰相息子・魔術研究所所長の息子・騎士団長息子)が結婚するのを見届けるまで逃げ切れば勝ちね!と最高と信じてやまないプラン(?)を思いついたのが、今では丸っと綺麗な黒歴史である。



「えー?なんだっけ。良い歳こいた後妻が育ってきた美幼女に嫉妬して狩人に命じて臓器持ってこさせて?でも生きてて農夫…工夫…だっけ?に保護されてる所を執念で見つけだして、食い意地張った子供に毒林檎食わせてやったぜ成功!んで、死体はネクロフィリアが一目惚れしてテイクアウト……?ところが途中で生き返って結婚して?王妃は悪事が陛下にばれて断罪、灼熱の鉄の靴を履かされるんだっけ?」




 むかーーーーーーぁしに見た記憶のある物語を、少々大人の偏見混じりで大まかな流れをなんとか思い出したクリスティーナは、眉間に皺を寄せて「断罪トラップ来たコレ」ボソッと吐く。


 確かに庭で見たスノウはとっても可愛く、北欧系塩顔が中心のこの国でははっきりぱっちりしたソース顔立ちはとっても目を惹く様になるだろう。言うなれば色素の薄い塩顔の群れの中に色素の濃いソース顔が混ざる様なものだろうか。


 いやでも目立つこと請け合いである。



 だからと言って、前世を含めると“良い歳”どころでは無いクリスティーナは、可愛い美幼女を愛でることはできても「ちょっと可愛すぎるから臓物ぶんどってきて」とか「よっし、ジェラシー感じちゃったから毒殺しよう」なんていうお手軽サイコホラーな犯罪の発想自体ひっくり返っても出てくるはずもない。

 確かに異世界転生先が悪役令嬢……というか悪役ではあったのだが。



「………………敵は強制力か」



 お約束を回避すべく、クリスティーナは心の中で敵(?)を定めた。また黒歴史に刻まれない事を願いながら。


昔語り部分が自分でもドン引き過ぎて、アップするか悩んでいた部分でもあります。

当作品はホラーじゃありません、悪しからず見守ってくださると幸いです(汗


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