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3.

 何とか顔合わせを終えたクリスティーナが部屋から下がると、アシェリードは公務の続きを熟すべく、執務室に向かう道すがらに先程のやり取りを思い出していた。



 クリスティーナ・ユイマール侯爵令嬢。



 アシェリードは遠目で1度見かけたことがあった。場所は王国立の植物園。



 今は亡き前王妃と婚約者時代に強請られて付き合って行った先で、アシェリードが馬車から降り立った時、少し先で止まった馬車から1人で飛ぶように降り立ち、奥まった場所に向けてズンズンと進む姿を見て呆気に取られたアシェリードは、思わず馬車の家門を確かめてユイマール侯爵家の家族構成を思い浮かべる。


「末娘は変わり者って聞いたような」くらいの情報が脳裏を掠め、その横顔と後ろ姿を何ともなしに見送った。その時は前髪が鬱陶しそうな長さで顔を覆い、緑に溶け込みそうなモスグリーンの野暮ったいワンピースを着ていた。


 総じてボンヤリとしか思い出せない、というかボンヤリでも記憶に残っていたことの方が奇跡と言えよう。



 あれから時が経ち、現在、前王妃が亡くなり後釜に担ぎ上げられた彼女の名を耳にしたアシェリードは、特に何の感情も浮かばなかった。


 野暮ったい見た目なんて王宮侍女に磨かせればそれなりに整い見栄えもするだろうし、博士号を取得したのであれば地頭も良いはず。媚を売っては絡みついてくる面倒臭い夢みがちな女性より、色々と大変なこの時期に隣にいて大人しくて邪魔にならないなら……反対する事もないか、くらいに何の思いも湧かなかったのだ。



 しかし先程の彼女はどうだろう?



 流石はユイマール侯爵家の一員、思わず息をするのも忘れる美しさであった。


 数々の美形と言われる人物と、王子の時分から交流があり、見慣れたアシェリードでさえ息を呑むほどの美しさだった。あまりの変わり様に、アシェリードは一瞬替え玉を疑ったのだが、それは無いなと思考を切り替えた。


 幼少から磨き、社交に出れば誘いも嫁の打診も引くて数多、もしかしたら最初からアシェリードの婚約者筆頭となり、隣に立っていたのは彼女だったのではないだろうか?とも思えてくる。



 あの野暮ったさはあの美貌を隠すための?隠していたがために……いや、隠していたからこそ今、その功績とともに担ぎ上げられたのか……?どちらにしろ、アシェリードの隣に収められるクリスティーナに、アシェリードは俄然興味が湧いた。



「フッ、ククッ……」

「陛下?如何なされましたか?」



 近衛騎士に挟まれながら、共に歩く従者がアシェリードの小声に気付き、声をかけるが彼は口端を上げて「何でもない」とだけ答える。しかし隠しきれなかった笑みが滲んだ顔に、僅かな変化にも敏感な従者や近衛騎士も気付いた。


 暗く辛い話題ばかりだったここ最近、アシェリードの自然な笑みなどとんと見ていなかった皆が、心の中で歓喜の声を上げた。




『陛下に春がきたー?!新王妃様、バンザーイ!!』



 王妃を辞退したいクリスティーナの知らぬ処で、新王妃様派という嬉しく無い派閥が誕生した瞬間であった。




 翌日からクリスティーナの生活は、とっても厳しいものへと変わる。



 早朝に起こされて身支度を済ませると、最新の情報を聞かされながら朝食。王族マナーに始まり王侯貴族の派閥とパワーバランス、軽くお昼を摂ると、近年諸外国との力関係をみっちりetc、etc……



「クリスティーナ様はその他3ヶ国語、計算やマナーはしっかりされておりますので、教える事も少なくって楽ですわ」



 とは、とある教育係談。

 引きこもりアピールで本や勉強に精を出していなかったら……と、こっそり青ざめたのは言うまでもない。



 クリスティーナは勉強漬けの毎日の中、何とか隙間時間を見出しては自分で起こした事業の調整や、ユイマール侯爵家との打ち合わせ、薬の品質をチェック、新薬製作の方向性を決定…………などなど。


 おはようからおやすみまで、目も回るほどの忙しさとはこの事か。と妙なテンションで納得しつつ、「何か忘れてるなぁ」という引っ掛かりを頭の片隅に覚えながらも怒涛の日々がすぎていく。


 そしてあっという間の1年が過ぎて、クリスティーナはこの国の国王陛下であるアシェリードと結婚式を挙げた。


 後妻という事もあり、主だった高位貴族と重職に就く者、そしてユイマール侯爵家の一家という、王族にしては極めて慎ましやかな式であった。



 婚約期間中の1年でクリスティーナとアシェリードはそこそこ距離を近づけていくことに成功していた。時間が少しでも空けば、顔を出しにくるアシェリードの努力のお陰でもある。


 と言っても、クリスティーナにとって、豆粒くらいに遠くで一度見かけたことのある程度の相手が、ちょくちょく顔を合わせてお茶を飲む程度の知り合いになったくらいの親しさだったが。


 しかしながら式を挙げて口づけを交わした時に「あらやだ、チューしちゃったわ」と少々照れた。宴を終えた後に身を整えられて入れられた先で



「美しい……クリスティーナ。僕は幸せ者だな、聡明で美しい君を迎えることができて……」

「陛下……」

「アシェリードと呼んでくれ……2人だけの時は敬称も無しだ」

「ア、アシェリード……さま」

「ふふ、まだ夜は始まったばかりだ。いっぱい呼んで僕のクリスティーナ」



 妖艶に微笑むアシェリードに覆い被さられながら、「あ、夫になったんだわこの人」と、やっとこさ認識したのであった。





 初夜を終えた翌日。



「あのキラ顔の鬼畜め……」



 掠れ声で呻きながら目覚めたクリスティーナは、指一本動かせない状況に「ぐぬぬ」と悔しく思いながら、ベッドの上で専属侍女であるミラに甲斐甲斐しく世話を焼かれていた。



「ホント、助かるわ……」

「使用人は家具でございます。感謝を述べていただく必要はございません」


「ありがとう」

「……いえ、勿体無いお言葉。国一番の美しい王妃殿下にお仕えできて、幸せでございます」



 ミラの常に崩れない無表情の頬や目元がほんのり染まるのを見つけて、「あ、デレた」と心の中でガッツポーズを作ったクリスティーナは、その日の午後にやっとこさベッドから起き上がり、用意された中で最も緩めのエンパイアスタイルのデイドレスを身に纏う。


 婚姻休暇として1週間の休みを貰ったクリスティーナだったが、これでは身が持たんと王族専用の庭園で空を仰いだ。


 庭の奥にある小さな東屋で一休憩をしようと歩を進める中、クリスティーナは王妃の責務なんだからコレも頑張んなきゃかぁ〜と少々頬を染めながら想いに耽る。



 王妃の責務。


 それは王の血を継ぐものを生み育てる事。この国を引き継ぐ王族を増やし、次代に引き継ぐ事である。



「責務……責務ねぇ」



 なんだかずっと引っ掛かりを感じながら、手に持たされた扇子をシャラリと広げては閉じるを繰り返している内に東屋へとたどり着く。



「あら?」



 そこには、小さな先客が居た。


 その者はクリスティーナに気付かず驚いたのか、肩を跳ねさせてパッと振り返って彼女を仰ぎ見た。


 クリクリとした瞳とクリスティーナの瞳が絡み合う。



「……えーっと」



 王妃の責務の一つは、王の子をなす事で。



「驚かせちゃったかしら?」



 そう言えばとクリスティーナは思う。隣国の学術院にいた時に耳にしたでは無いかと。



「ごめんなさいね」



 前王妃様が1人子をお産みになったと。

 だからこそ雄叫び(?)を上げて、羽を伸ばし切って羽ばたかせ、博士号まで取ったのではなかったか。


 今、クリスティーナが居る場所は王族専用の庭。

 ここはその奥に位置する東屋で。もちろん立ち入れる者は近衛騎士や専属の侍女と王族だけ。



「私はクリスティーナ。仲良くしてね?」



 目を丸めたままの小さな先客に膝を折って目線を合わせ、殊更優しく微笑んでみせたクリスティーナだったが、大袈裟に一歩後ろへ後ずさった小さな先客の頭から帽子がわりなのか、ベールがひらりと滑り落ちる。



「!!」



 はてさて、息を呑んだのは何方だったのか。



 小さな先客は落ちたベールを引っ掴むと、脱兎の如く走り去っていった。



「王妃殿下、大事ございませんか?」

「ええ、何ともないわ。……あの、さっきの子は」



 クリスティーナがそう言って声の方へ振り返ると、後方に付き添ってくれていた鉄壁の無表情侍女ミラが、口元をキュッと引き結んで気まずそうに目を伏せている。

 付き合ってみると存外わかりやすい人物だなと、何だかほっこりしつつ答えを急かさず必殺・無言の圧力を稼働しながらじぃっと待つ。



「………………前王妃様のご息女でございます」



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