23.
1週間が経ち、粗方調査が完了した。
今回の件を重く受け止めた国王は、コルビン伯爵家の身分剥奪の上に財産没収、国外追放。連座として連なる家の褫爵、または奪爵を命じた。
その結果は、貴族家全てに通知された。
理由はもちろん明示した上で。
すると、クリスティーナ付きに配属されていた行儀見習いの残り2人が、「結婚が決まったので行儀見習いを終えて生家に戻る」と申し出た。
「まぁ、オレリー、ナリシア。同時に結婚が決まるなんて偶然ね?何故か他にも結婚が決まった方々が居るみたいなのだけど……春も近いし良いことだわ。2人には祝いの品を用意するから、楽しみにしてね?」
最後の挨拶にと王妃の執務室に現れた2人に、クリスティーナは手を叩いて喜びを表し、満面の笑みで祝福に言葉を伝えたのだが当の2人の顔色は何故だか悪い。
「あの、いえ…」「お気遣いなきよう……」
小さな声だが、辞退の言葉を告げる彼女らの声色は必死である。
何せマウントを取ったり、匂わせたりと小さな棘を含ませた会話を何度か口にして来た2人だ。
アシェリードに秋波を送る事もしていたし、誰にも頼まれてもいないのにも関わらず配属先の権限を濫用して、お茶を持っていこうとした事もある。
同じ考えの者が近くにいるからか、先を越されないようにと行動しているうちに段々とエスカレートしながらも、お互いを牽制し合ってもいた。
そんな中で身近な1人が捕縛されて国外追放に処された。
ビビるなと言う方が無理な話である。
追い討ちをかけるように結婚式に届くかもしれない王妃からの贈り物。
内容によっては王家の機嫌を損ねた嫁としてのレッテルと貼られかねない。いくら嫁側の権力や立場が上であっても、ひっくり返る可能性のある案件だ。
結婚式当日にクリスティーナから何が贈られるか分からないなんて、マリッジブルー以前の問題だろう。
「やだわ〜、遠慮しないで?ね?ふふ」
年齢が近く、元変人令嬢と侮っていた2人はここに来てようやく骨身に染みた。
眼前にいるこの女こそが貴族の女性のトップに座する人物であり、王族の一員であるのだと。
「お心遣い…………ありがとう……ござい、ます」
完全敗北を悟った2人は、婚姻が決まった輝く花嫁の表情とは思えない、蒼白&引き攣り顔で王城を後にしたのだった。
行儀見習いの令嬢が城を去った翌日、アトリが復帰した。
頭部を強打していた為、念のために長めの休みを申しつけていたのだ。
「ご心配をおかけいたしました」
申し訳なさそうに謝罪を口にしたアトリに、クリスティーナはうんうんと頷く。
「貴女も無事で本当に良かったわ。もう大丈夫?ふらついたりはしないのかしら」
「はい、お医者様にもお墨付きをいただきました。……その、スノウ様を守れずに申し訳ございませんでした」
「それはもう良いって言ったでしょう?次は対策を練るから」
「対策を……ですか?」
「ふふ…。ミラ、持って来てちょうだい」
「はい、直ぐに」
ミラはクリスティーナの指示に従い部屋の隅のチェストを開けて小箱を持ってくると、それを王妃の執務机の前に立つアトリに手渡した。
「?これは」
「開けてご覧なさい」
受け取った長方形の小箱の蓋を開けると、中には華奢なチェーンのブレスレットとチャームが2つ入っていた。
「私の紋章の入ったチャームと、魔石の入ったチャームよ。紋章は王妃付きの身分証としても利用できるし便利でしょ?」
「そんな、勿体ない……」
「物理攻撃無効と異常状態無効、引っ張って外すとサイレンが鳴って、足止め効果で催涙ガスとか諸々噴出しちゃうの。取り扱いには注意してね?」
「は、はい」
特別身分証や宝飾品の授与は主人の信頼を置く者としての印でもあり、側仕えの栄誉でもある。
それに感動したアトリだったが、物騒な機能がふんだんに盛り込まれた、可愛らしいチャームに血の気が引いた顔で微笑みながら慎んで受け取り壁際で控えているミラの隣へと下がった。
「慣れれば大丈夫ですよ、アトリ。普段は袖の下に隠すことを勧めますが」
同情めいた瞳でアトリを見つめたミラが、袖口を押さえながら小声で言い添える。
「催涙ガス……諸々の部分が気になります、ミラ様」
「何事も知らぬが仏と言います」
「成程……」
壁際の話し合いなど耳に入っていないクリスティーナは、やっとできた隙間時間にウキウキで欲しいものリストの進捗具合に目を通し始めたのだった。
貴族の処罰を終えた翌月。
クリスティーナは、また乗馬服に身を包む。
本日のお供はアトリだ。
近衛騎士を5名引き連れて、クロルとミラにはお留守番をお願いした。
「王妃殿下が行かなくても私共で参りますのに」
と、至極真っ当な意見でやんわりと止めに入ったミラだったが、クリスティーナは笑顔で首を振って答えた。
「大丈夫よ。私はあの子の保護者なのだから」
その言葉に周りの皆は心打たれて、「なんと慈悲深い!」と感動していた。しかしながら、実際は森ガールコレクションを作って送ったけれど一つも目にしていないクリスティーナの我慢が出来なくなり、飛び出して行きたくなっただけだったりもする。
「さぁ行くわよ!」とウッキウキで出かけるクリスティーナの背を、ミラとクロルが頭を下げて見送る。そしてふと頭を上げた時にミラは気づく。
「陛下には……」
言ったのだろうか?との疑問は冬の冷たい風に吹かれて飛ばされたのだった。
森の脇道まで馬車と護衛の意外と大所帯で行き、数人を途中で待機させて森に入る。
場所がはっきりとわかった今回は、前回と比べてだいぶ早くスティラの家へと辿り着けた。
雪が前回よりも積もった道に気をつけつつ、クリスティーナはスティラの家の戸を叩く。
「はいよー。だれだい?」
お昼頃に差し掛かった時間。中から物臭そうなスティラの声が響き、クリスティーナは護衛の後ろから声を上げた。
「クリスティーナです、スティラさん!」
ややあって開かれた扉からひょこっと顔を出したスティラは、どこか悩ましげに口を歪めていた。
「あー、久しぶり。まぁ寒いから入んな。ハーブティーでも淹れようかね」
「ありがとうございます」
スティラの勧めで護衛と共に中に入って、クリスティーナはスティラのもてなしを受けることにした。
現在スノウは子供達の家に行っているらしく、不在だった。クリスティーナは残念な気持ちを表に出さずに、ニコニコと笑みを浮かべてスティラの話に耳を傾ける。
話を聞き終えたクリスティーナは、取り敢えずスティラの家を出てスノウが今いる場所へと向かった。
小道を進んだ先に見えた大きめのログハウス。その扉を控えめにノックすると、ガチャっと開いた。
確認もなく顔を出したのは、面識のあるサロだった。
「クリスティーナさん、久しぶり!あー…スノウだよな」
「ええ。居るかしら?」
「う、ん」
気不味そうに後頭部をかくサロに、クリスティーナは静かな声で言った。
「こっそり見せてもらっても良いかしら?」
その申し出に、不思議そうな顔をしたサロだったが、コックリと頷いて中が見えるように体をずらした。
スノウはキッチンでお手伝いをしているようだった。少し膨よかな快活で人の良さそうな女性の横に寄り添って嬉しそうに話しながら。その笑顔に憂いがなく、それだけでスノウの心が穏やかであることが察せられた。
クリスティーナは静かに屋内に入ると、その様子をスノウに気付かれるまで眺めた。
少しするとスノウの横に立つ女性、子供たちの母親であるマーヤに気付かれ、スノウがクリスティーナを見た。
びっくりした顔は段々とクシャリと歪められて、目に涙が溜まっていくのが離れた場所からも見える。
「遅くなってごめんね、スノウ。良い子にしてたのね」
「クリ、スティ…ナ、さっ」
ボロボロと溢れ出て落ちる大粒の涙を拭いもせずに、スノウは駆け寄る。クリスティーナに後数歩と言うところでピタリと足を止めた。
スノウはスカートをギュッと握りしめ、口を引き結んでクリスティーナを見つめたままヒックヒックとしゃくりあげる。
訴えるように見上げる様は、幼い子が精一杯我慢しているように見える。
クリスティーナは膝をついて、柔らかく微笑んで迎えるように手を広げた。
「ふふ、何を我慢しているの?さぁおいで。抱っこさせて頂戴」
「っ……!!ティナ、さまっ!」
スノウ堪らずにその広げられた腕の中に飛び込んで抱きついた。
辛く冷たい中で生きてきた小さなスノウ。我慢を強いられてきた環境で、愛される事を知らない、声をあげて泣く事を知らない彼女が、初めてクリスティーナの腕の中で声をあげて泣いた瞬間だった。
「ちょっと見ない間に重くなったわ〜。平均より軽いくらいだったからもっと重い方がいいのだけど、なんだか切ないわね」
大泣きして疲れたのか、スノウはクリスティーナの腕の中で眠ってしまった。
マーヤが気遣ってリビングのクッションの上に寝かせようかと提案してくれたが、しっかりと掴んだまま眠ってしまったスノウの手を引き剥がす気になれずに、包み込むように横抱きにして椅子に座った。
「はじめまして。スノウがお世話になりました」
「マーヤと言います。娘が出来たみたいで嬉しかったから気にしないで〜」
明るく笑い飛ばすマーヤに、兄弟たちの明るさの素を見た気がしたクリスティーナは、眠るスノウの背を撫でて、微笑んだ。
クリスティーナは、マーヤにスノウの様子を聞かせてもらうことにした。
スノウが目を覚ますと、驚いたことにクリスティーナの腕の中だった。
驚きすぎたのか目をパチクリさせていると、テーブルを挟んだ向いからマーヤが声を上げた。
「スノウ寝起き可愛い〜!まぁ、泣いちゃったからお目々が真っ赤で、まるでウサギさんだわ〜」
「ほんとね、スノウおはよ?ちょっと眠っちゃったわね。頭痛くない?」
目をウロウロさせたかと思うと、スノウはゆっくりと頷いた。
艶やかな黒髪を優しい手付きでとかれて、うっとりと目を細めたスノウは、やっと未だクリスティーナの膝の上と気付いたのか、ハッとして膝から降りて隣の席へと座り直した。
「スノウ、お待たせしてごめんなさいね。今日はやっとお迎えに来たのだけど…」
クリスティーナの言葉にスノウは照れて伏せていた顔を上げて、嬉しそうに顔を向けるが、マーヤが視界に入ると切なそうに瞳を揺らした。
「うん……待って、た」
その言葉は間違いないのだろう。スノウにとって、クリスティーナは初めての庇護者であり愛をくれた人であったのだから。
だけど、スノウの心に森での生活が過ぎっていき、クリスティーナに真っ直ぐに向かっていた気持ちが揺れたのを感じた。
まるで本当の家族の一員のように共に生活して、時に一緒に眠った日々はスノウにとって眩しくて仕方ないものだった。
ただの子供として、自分より小さな命に触れて、母との触れ合いを見て、その中に躊躇いなく入れてくれたマーヤと離れる事に心が痛みを感じていた。
複雑な表情を浮かべたスノウに、クリスティーナは優しく背を撫でてやり声をかけた。
「スノウ、ここに居たい?」
スノウは勢いよくクリスティーナを見上げて泣きそうな顔で見つめる。
「いや」とも「うん」とも言えない気持ちをどう言えば良いか分からないと言ったところだろうか。
クリスティーナは苦笑して優しく微笑んだ。
「大切な場所が増えたのね。嬉しいわスノウ。そうねぇ、それじゃ私が頑張るしかないわね」
「?」
「欲しいなら両方手に入れたら良いのよ。どっちにも居たいなら、どっちにも行き来できれば良い。ほら簡単でしょ?」
スノウはきょとんとしてクリスティーナを見る。言った意味を頭で理解しようと必死だった。
「クリスティーナさんのお家はそんなに近いの?それならしょっちゅう会えるね!」
「まぁ……近く見えますが割と遠い……と言ったところかしら?」
近そうに見える王城は、森を公爵領側に抜けて南方向を見ても薄ら見えたりもする。まさに見えているけれど、中々に近付かない距離にある。
「リストには書き加えたから考えてくれてると思うわ」
「リスト?」
「ふふ、秘密。子供の大切なものを守るのは、大人の役目よ。頑張っちゃうわ!」
…正しく頑張るのはそこに勤める所員であり、クリスティーナの要望に応えるべく結成されたエリート集団ではあるが。
万能おもちゃ製作所と認識しはじめている魔術研究所を脳裏に浮かべて、クリスティーナはにっこりと微笑む。
「今日のところは、うちに帰りましょ?みんなスノウを待ってるわ。出来上がりまで、どれくらい掛かるか分からないけど、すぐここにも来れるようにするからね」
「うんっ」
スノウは憂いの消えた笑顔で、元気に返事を返した。
見送りは大変だった。
子供たちは悲しみ、マーヤは号泣しながらも何とか笑顔を作ろうと変な顔になるのを夫のエーブラが宥めるという見送りを受けながら、スノウは騎士に抱き上げられた肩越しに手を振りながら答えた。
もちろんスノウも泣いていたけれども。
馬車に乗ったスノウは照れながらも嬉しそうにクリスティーナの隣に座る。
見ない間に少し背も伸びたスノウにも驚いたが、その距離の取り方が変わった事にも驚いた。ピッタリと寄り添うようにクリスティーナと手を繋ぎながら座るスノウに、本当に良い経験になったのねと、子供の成長の速さにじんわりとした。
こっそり城に帰った一行は、アトリの発案でスノウの私室で帰還パーティーをして盛り上がった。




