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22.

「やったわ。こうして少しずつ彼の方の近くに……。分かっているわ。あの婚姻は仕方のないものだったのだもの。すぐに私を選んでくれるはずだわ」



 その言葉を聞く者は誰もいない。

 王城の与えられた一室で彼女はうっそりと微笑み、今日届けられた木箱の蓋を開ける。

 その中には生家の心配りあふれる品々と、彼女が頼んだ品が綺麗に仕分けられて入っている。


 一つの袋を取り出して中身を小さな小袋に分け入れると、衣装棚の中の衣類の下へと隠し、一つを袖口へと入れ込んだ。


 戸を閉じて「ふふっ」と可憐な笑みを溢すと女は部屋から出て行った。






 クリスティーナは辟易していた。




「クリスティーナ、今日は絵画の飾られている回廊に行こう。市井の競技会で優勝を勝ち取った作品が増えるのだ」

「そうですか、それはご一緒したいですわ」



 休憩のたびに誘われるのは良い。


 少々趣味に没頭したい時間が削られるだけなのでまだ何とか我慢できるのだが、こうもバカップルよろしく一部の隙もなく密着して練り歩くと言うのは地味に精神を削っていく。


 睦言の如く顔を寄せ合い小声で囁き合うのも、実に面倒くさいものである。(※新婚夫婦です)


 この上を行こうと思うと、「ダーリン❤︎」「ハニー⭐︎」なのか?いや、古いか?などと考えを迷走させながらアシェリードとの時間を過ごしていた。



 しかしそろそろそれも終いであろう時期が来たのだ。



「アシェリード様、調査は……」

「あぁ、ある程度は。一部だけだったようだ」

「そう……じゃそろそろ?」

「………………そうだな」



 心底ホッとしながらクリスティーナは絵画の飾られていた回廊を抜けて、王妃の執務室近くの部屋に入る。



「まだ春は遠いが陽が暖かで良いな。クリスティーナ、お茶にしようか」

「はい。貴女、準備をお願いね」


「はい」



 一旦部屋を下り近くにある給湯室へと下がった彼女を見送り、クリスティーナは隣に座るアシェリードへと微笑んだ。



 お湯をとりティーワゴンを引いて戻った彼女は、再び室内に足を踏み入れた。

 仲睦まじそうに話す国王夫妻を横目に、彼女はお茶の準備をする。


 もう数度行った行為なので慣れつつあるが、緊張を強いられる行為だ。慎重に不自然さが出ないように温められたポットの蓋を開けて茶葉を入れる時に、袖口に仕込んだ細長い袋の口を開けてサラサラと同じような葉を入れて蒸らす。

 ここだけクリアできれば、後は茶器などの準備だけで済む。


 僅かに片端の口角が上がるのを見た者は居なかった。


 十分に蒸らした茶葉を使い、熱い紅茶を淹れると毒見役がチェックを行い、楽しく談笑する夫婦の前へと置くことができる。


 自然な動作で全てを行うと、クリスティーナが「ありがとう」と言って、お気に入りだと言うティースプーンを使う。ほんの少し砂糖を入れた後にくるくるとカップの中で躍らせる。


 にっこりと微笑んだクリスティーナは、そのティースプーンを楽しげに見つめると、音もなく置いた。




「 捕 縛 」



 一瞬何を言って居るか分からずに、視線を向けた瞬間だった。女は強い衝撃を受け、気がつけば絨毯の上にうつ伏せで押さえられ、後ろ手に拘束されていたのだった。




「なっっ、なにをっっ!」




 混乱する頭をどうにかあげると、背後には近衛騎士が拘束を行っているのが見えた。ハッハッと短くなる息で絨毯に顔を擦りながら方向を変えると、この国の女性のトップの座に座る王妃が立ち上がりその美貌を凍らせる様な凍てついた瞳で女を見下ろしていた。




「さて、証拠は揃っていてよ?ハイデリシア」






 その日の同時刻。

 

 コルビン家では近衛騎士が率いる王国騎士が、突然訪問した。



「何だね、君たちは……」

「王家直属近衛騎士隊副長並びに、王国騎士団第一隊である。コルビン伯爵の娘、ハイデリシア嬢は毒物混入容疑の為本日捕縛した。

 よって貴殿らにも同行願う。同時に家宅捜索も行うので了承する様に。

 これは勅命書だ。確かめられよ」


「ど、毒物……?!何を馬鹿な、」

「貴方、何事ですの?」



 突然の騎士隊の訪問に、驚く伯爵当主オデールに、屋敷の奥から出てきた妻マリーデリアが足早に近付く。夫が愕然とした表情で見つめる書類を、横から覗き込んだ。



「……!!なんて事……!」



 一瞬で顔を青ざめさせたマリーデリアは、ふらりと足をふらつかせるが、彼女を支えたのは真っ白になった夫でも、いつも付き従う侍女でもなかった。



「伯爵、夫人。このまま御同行願いますぞ」



 冷たい瞳で見下ろす、鍛え上げられた騎士であった。



 取調べは速やかに行われた。


 ハイデリシアは黙秘を貫こうとしていたが、部屋から出て来た小分けの袋や茶葉に混入された異物を目の前に並べられると、観念したかの様に項垂れて何とも身勝手な言い分を自白し始めた。



 曰く、子爵の娘が王妃に選ばれたのなら次は自分でも良いはずである。


 曰く、自分も陛下を1人の男性として愛しているから、選ばれるはずである。


 曰く、王妃の側役は側妃に選ばれる事があり、もし側妃が王妃よりも先に懐妊すれば、王妃に入れ替われるはずである。



 まだまだ途中ではあるが、その発言と証拠だけでも十分に処罰はできそうであった。


 伯爵の妻マリーデリアは、常日頃愛らしく育った娘を持て囃し、「将来は王子様に見染められるかもね」と話しかけていた。

 伯爵は何かにつけて娘を王城へと連れて上がり、「あわよくばお目に留まれば」という大きすぎる野心を抱いていたのは、王城勤めの間では知られた話であった。


 1度目のアシェリードの結婚に「なぜ子爵家如きが」と憤るものの、仕方なく無難な婚約者を宛てがい次代へと目を向けようとした矢先に前王妃の死去が報じられた。

 諦めた野望の火が燻り、既に王妃が新たに立てられた後にも関わらず再燃してしまったようだった。



 素知らぬ顔で薬草師を抱えたのは伯爵。

 娘からの「温室の菊科のあの植物を処理した物を送ってほしい」という要望に、何も言わずに応じたのは妻のマリーデリアであった。



「なんともまぁ絵に描いたぼた餅に、ありつこうなどと思えた物ですわねぇ」



 調書の紙を呆れた顔で読みながら溜息を吐いたのは、欲しくもない本物のぼた餅を掴んでしまったクリスティーナである。

 彼女は調書の紙から顔を上げて、執務机でこめかみを揉むアシェリードを見やった。




「いや、これは私の過ちが影響しているから……」


「そう言えば、婚約者の騎士はどうしたのかしら」

「結婚話が進まず、不思議とは思っていたようだ。今回の件が万が一うまく行けば白紙撤回で切り捨てる腹づもりだったがな」




 切り捨てるどころか、勝手に崩れ落ちていってしまわれた婚約者一家に、何と言えば良いのか。取り敢えずその騎士は巻き添えを食わなくて良かったと言うべきだろう。




「スノウの誘拐の件は……」

「私が手をこまねいている対象を先に排除して、閨で囁くつもりだったと言ったらしい。“貴方様を思って……”とな」


「……この国の極刑って何でしたっけ陛下?」



 ホホホと書類で口元を隠しながら微笑むクリスティーナに、アシェリードは「まぁ落ち着いてくれ」と宥めにかかる。



「あの娘の誘拐以外は全て未然に防げたといえども、王族に危害を加えようとした罪は重い。財産没収、身分剥奪の上で国外追放となるだろう」

「薄着で森深くに放置する刑が有れば即実行しましたのに……」



 口を尖らせムゥッと唸るクリスティーナの目は、割と本気の色である。因果応報を望むクリスティーナに、「考えておこう」とアシェリードは苦笑した。



「それにしてもそのアイテムは素晴らしいな」



 アシェリードが感心したような視線を、クリスティーナの手前のローテーブルの上に向けた。



「そうでございましょう?魔術研究棟の最新アイテムですの」



 クリスティーナはドヤ顔でその魔導具を手に取る。ティースプーンの形をした魔導具には、持ち手である柄の根元に魔石が埋まっている。

 掬われた液体や先に触れた食べ物の成分を、柄から柄尻の部分に小さく浮き上がらせるという仕組みだ。



「使い勝手がまだ悪いので、もう少し改良しなければなりませんが」



 プロトタイプのそれは画期的ではあるが、なにぶん表示されるのはその成分の名称。その方面の知識を持っていないと浮かんだところで無用の長物である。


 その点、薬学の博士号を調子に乗ったついでに取得していたクリスティーナには、表示された名称に反応できた。

 カモミールの亜種を魔術で毒性を高めたものが混入したお茶を提供されても、微笑んで中和作用のある白い粉状の薬品をシュガーポットから取り出して混ぜ入れて微笑んでいたのだ。


 それからやっとこさアシェリードに()()()()()()いた事を話して、協力と秘密裏に調査をしてもらっていたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ミラは悪役じゃなかったんですね。 思い込んだ自分が恥ずかしいです。
[気になる点] あれ? そういえば捕縛の時って他の側付きの女達も居た筈ですよね? つまりいつも通り嫉妬の目で王妃を見てたらお茶持ってきた奴が王妃に毒盛ろうとして しかも事前にそれを察知してた王妃が近衛…
[一言] まぁアレやね、なぜ伯爵家如きがってそっくりそのまま返してやりたい気持ちだね、 身分的には問題ないんだろうけどほぼギリギリの分際で調子乗りやがってとしか言えない ヘタレが悪しき前例作っちゃった…
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