21.
「陛下、時間が合いましたら庭を散策しましょう。寒いですけれど雪の色に彩られた庭も素敵ですのよ」
「そうか。王族区の庭なら問題ないだろう。迎えに来よう」
「まぁ、嬉しいですわ」
隣同士に座るクリスティーナとアシェリードは、いつも以上にピッタリと身を寄せ合っている。勿論煽るためわざとここ最近そうしているが、そうとは知らないアシェリードの顔は緩みっぱなしである。
ミラと相談してアシェリードと共にいる時に給仕をさせて様子を見ているが、まだ尻尾は出て来そうにない。
「明日の予定は詰まっているのか?」
「いいえ、明日は少しゆっくりできますわ」
「そうか、では今日は遠慮しなくてよさそうだね」
「陛下……遠慮したことありましたかしら?」
「其方が愛しくて歯止めが効かないのだ。すまない」
自然な流れで夜の話をしだしたアシェリードに、クリスティーナはツッコミを入れながら平静を装った。
2人の夜を思わせるやり取りに動揺したのか、「カチャン」と茶器がぶつかる音が響く。給仕係をしていたハイデリシアが「申し訳ございません」と咄嗟に謝罪した。
彼女は夢みがちなご令嬢という印象が強いものの、オレリーやナレシアほどの妬みは感じない。けれどふとした瞬間に見下す様な目をする時がある。
時々他愛もない話を空いた時間に振ると
「王妃殿下は本当にお美しくて羨ましいですわ〜。私なんて“可愛い”とか“放っておけない”としか言われたことがなくって」
「私の家には温室がございますの。王妃殿下がお持ちのものとは違って小さいですが、南から取り寄せた花が沢山ございますの」
持ち上げながらも、主張は忘れない発言を繰り返すことが多い。
こんな娘居たなぁと、時代も背景も色々違えど人間やる事はそう変わらないものだと前世の職場に居たゆるふわ女子をハイデリシアに重ねて、何だか懐かしくなってさえ来ていたクリスティーナは、キラリと煌めく石のついたティースプーンを手に取ってくるくると紅茶をかき混ぜながらその水面を見つめた。
冬も深まり雪の厚みが増した頃。
スノウは森の兄弟達と薬草摘みに出かけていた。
「クリスティーナさんが贈ってくれたこれ、ホントあったかいな!」
「うんうん、ポカポカ〜。もう手放せない〜」
寒いので遠くない距離の薬草や果実を摘みながら、サロやナットがクリスティーナからの贈り物に触れながら嬉しそうに言った。
「スノウの真っ白なのも良いね」
「うん、ありがと」
今日は皆お揃いのイヤーマフラーを付けて、その暖かさに喜びの声をあげている。
スノウにクリスティーナがあれから色々物資を送る中で防寒具も多く入れた。勿論スノウの物は別で仕立てた物であるが、兄弟達にも緑や茶色、オレンジなどのイヤーマフラーや手袋、コートなどを贈ったのだ。
そんな贈り物中から、スノウが着たのはライトブルーのダッフルコート。白のモコモコが暖かくてボタンを留めれば立ち襟になるタイプだ。
耳には真っ白なイヤーマフラーだが、兄弟達と違ってリボン飾りが付いていて愛らしい一品。クリスティーナが見たら雪の上でゴロゴロ転がって悶絶したであろう可愛さである。
本当はうさ耳か猫耳イヤーマフラーを作成したかったのだが、技術が追いつかずに断念したのは全くの余談である。
「今日は母ちゃん達が帰ってくるから、果実は多めになー」
「「「おー!」」」
出産を無事終えた子供達の母は、1ヶ月半の不在を経て家に帰ってくるのだ。
「弟かな〜?」「妹かな〜?」
ウキウキと沸き立つ兄弟達は久々の両親の帰還に喜びを隠しきれずに、時々足を跳ねさせてさえいる。
本当の両親と言うものを見たことのないスノウは、身の置き所がなくてついソワソワしてしまう。
今はスティラの家で寝起きしているスノウだったが、日中は時々兄弟達と一緒に薬草摘みに行ったり、雪遊びをして遊んだりもしていた。
両親が帰って来たら余所者であるスノウは、その中に入れるはずもないのは分かっている。兄弟達の浮かれる気持ちとは裏腹に1人憂鬱になって小さくため息を吐いた。
朝から薬草摘みに行って皆で食事の準備を進める事にした。食事パートは子供達の家でサロが中心に準備。デザートはスティラの家でスノウとラケルも手伝い準備に励む。もうそろそろ出来上がる頃に、ロブが勢いよく飛び込んできた。
「スティラさーん!母ちゃん帰って来たー!」
「ノックぐらいせんかー!バカタレー!」
「あ、やっべ」
「全く…」とぶつぶつ言いながらスティラはデザートの仕上げにかかった。
準備も終えてタルトやコンポートを沢山持って子供達の家に向かう。
小さなスノウは、お手伝いしたくて手を差し出したけれど、苦笑したラケルにウサギのぬいぐるみを手渡されてしまった。
サクサクと雪を踏む足音がスノウの心を沈ませる。
みんな離れてまた1人になって……クリスティーナが迎えに来るまでずっと1人になったらどうしよう。
クリスティーナは本当に来てくれるんだろうか?ラケルも皆居なくなってしまうのでは無いか?
そこはかとない不安が、小さな胸を静かに押しつぶす様だった。
「スノウ、大丈夫ですか?」
ラケルの声にハッとしたスノウは、取り繕った笑顔を張り付けてなんとか「大丈夫だよ」とだけ返した。
いよいよ子供達の家に着いたスノウ達。スティラが扉をドンドンとノックする。
「はーーーーいどうぞーーー!!」
中から来客の確認もしない声が返ってきて、「やれやれ」と苦い笑みを浮かべたスティラがドアノブを回して中へと踏み入る。
「来客の確認くらいしなっ」
中は一層賑やかな音に満ちていて、スティラの苦言も笑って流されていった。皆は暖炉の前に集まって囲んでいて、それどころでは無い様だ。
「スティラさん、ありがとー、こっち置いてくれ」
「おおー、良い匂い!タルト?久々〜」
「イーサン、二ドル。見ないうちにでかくなったねー。これ任せたよ」
持ってきたコンポートやタルトを、寄ってきた2人に預ける。薬を卸に行っていた2人もちょうど返ってきていた様だ。2人がスノウとラケル、護衛の男に気付いて声をかける前に横から大きな声が掛かった。
「スティラさーーーーん!ありがとね、ほんと助かったわー!早くこっち来て顔を見てやって〜!」
「はいはい、ちょっと炊事場借りるよ。手を洗わなきゃだからね」
スティラと共に上着を脱いで手を洗ったスノウは、その後ろについて暖炉の前の人集りへと足を進めた。皆んな温かな笑顔で輪の中心に目を向けている。その輪にスティラが入り、話し始める。
輪の外側でポツンと所在なさげにスノウが留まり、ラケルが「スノウ?」と心配げな顔を向ける。
「あ、スノウ!見てみて赤ちゃんだよー!」
「ちっちゃい赤ちゃんが来たよー」
ロブとナットがスノウに気付いて声をかけると、みんなが一斉にスノウを見た。
「スノウもこっち来いよ」
「見てみて〜」
暖かく迎え入れてくれる言葉に、不安はスッと小さくなっていった。足を一歩踏み出したところで、切り裂く様な声が響いた。
「まぁぁぁぁ!!まぁまぁまぁまぁ!」
その者は、口元に手を当てながらも大きく目を開いてスノウを見つめていた。
びくりと肩を跳ねさせたスノウは、思わずぬいぐるみをキュッと抱きしめる。
「どうしたのその子!スティラさんの子?!」
スティラは呆れながら「馬鹿タレ」と返して大きな声をあげた人物に紹介する。
「訳あって預かってる子だよ。スノウ。そのお世話しているラケルとテディ。暫くうちに居るからね。スノウ、これが兄弟達の母親マーヤと父親のエーブラさね」
紹介されたマーヤとエーブラは愕然としたように目を大きく見開き、口はポッカリと開けてスノウを見つめていた。
スノウは不安になりながらも片手で髪をくしゃっと掴む。
「あ、あの。スノウ……です。初めまし、て」
なんとか挨拶の言葉を口にすると、マーヤとエーブラは何事かを呟き始めた。
「母さん、スノウは一緒に薬草摘みに行くんだよ〜」
「仲良しなんだよ〜」
強張った顔に気付いたのか、ロブとナットがスノウの横に並んで笑いかける。少しホッとしたスノウが表情を和らげると、「ぎゃっ」という変な音が聞こえた。
「マーヤ落ち着け」
「おおおお落ち着いていられますかっ!こぉぉんな可愛い子がいるなんてー!」
「ま、マーヤ、他所様の子供だからっ」
「あのぬいぐるみどう言うこと?可愛いんだけど、白いセーターがワンピースってすんごく可愛い〜〜!」
「う、うん。ごめんねスノウちゃん、うちのやつ、念願の娘が生まれなくてさ。娘渇望症真っ最中なんだ」
「?は、い……?」
興奮冷めやらぬといった様相で顔を真っ赤にして興奮する、栗毛の髪を編み込んで片側に流したマーヤを抑えるようにがっしりと抱きこむ体格のいい金茶の髪のエーブラに、「やれやれ」と呟いたスティラがマーヤの背をパシリと叩いた。
「荒い鼻息をお止めっ!スノウが怖がってるだろ」
「あらやだ、ふふふ。ごめんなさいねスノウちゃん」
「すまん、スノウちゃん。ヨロシクな」
スノウは目を瞬かせて、2人へとコックリと頷き返す。
「さぁスノウもこっちに来な」
スティラに声をかけられ、マーヤに「見てあげて」と微笑まれて促され、スノウは緊張も程よく解れた状態で話の中心へと足を進めた。
そこには籠に入れられ布に包まった小さな赤子が収まっていて、周りから覗き込まれる顔に反応してか「あー」と口を開けたりしている。
「わぁ……」
初めて生まれたばかりの赤子を見たスノウは、まじまじとその存在を見つめた。
柔らかそうな頬、二重なのが見て取れるぱっちりとした目と灰色がかった瞳。小さな鼻と唇。髪の毛はまだふわふわとしたものが少ししか無い。お包みから出た小さな手が宙を彷徨い、焦点の合わない瞳があちこちへと動く。スノウが背を優しく押されて一層近くに覗き込むと、赤子はスノウの影を捉えたのかスノウへと目が向けられた。
何処か恐れてしまいそうな、触れてはいけない気がしていたスノウは小さく息を飲んで身を引こうとした時だった。
「あー、あー♪」
サラリと肩から溢れて近くで揺れた黒髪が目についたのか、赤子はそれを掴んで満足そうな声をあげた。
「あ、あのっ」
「ふふ、気に入っちゃったのかしらね〜。まだハッキリとは見えてないんだけど、スノウちゃんの髪は気に入ったみたいよ」
「気に……」
マーヤに聞き返そうとした時、ツンっと掴んだ髪を楽しげに揺らしている赤子が目に入った。スノウはじんわりと胸の真ん中が暖かくなっていくのを感じた。
ここに居ても良いんだと言われているようで、スノウは嬉しくて自然と涙が込み上げてきてしまう。
それを溢さないように、必死に笑顔を作って落ちないように頑張ったのだった。




