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2.

「……これって回避」

「王家の印が押された王命だ」


「……結婚してましたってわけには」

「既に調査が入っているわよ。そもそも相手は誰?」


「……処女じゃなくなれば」

「あと数時間でどうやるんだよ。て言うか貴族令嬢が、親の前で口にしていい言葉じゃないぞ」



 ややパニックに陥ったまま端ない言葉を口にしたクリスティーナのおでこを、兄が指先で弾いて制裁を加える。クリスティーナはヒリヒリと痛むおでこを撫でつつ、現状を一言で言い表した。




「…………詰んだ」




 まさに、その通りであった。




 そうして手紙にあった通り、お迎えの先触れがあっという間にやってきてしまい、病み上がりでも問題なしと医者から太鼓判を押されたクリスティーナは、王家からのお迎えの馬車に逃げる間もなく押し込められ、王宮へと連れて行かれたのだった。






 有無を言わさず王宮の奥へ奥へと連れてこられ、服を剥ぎ取られ、風呂に入れられ磨かれ、その間に家から届いた数枚しかない中でも最も高価なドレスを着せられ、化粧をされて髪を整えられて飾り付けられたクリスティーナは、精神的にもヘトヘトになりながら王族の区域の一画へと連れてこられた。



「陛下がお待ちです」



 そう言ったのは、知らぬうちに彼女専属となったらしい王宮侍女長も兼任するミラ。

 淡々とクリスティーナを褒める言葉には、本心が伺えないが、嘘を言っている目でもないのでクリスティーナは微妙な顔をしながら「はぁ…」とだけ返事をしたのだが。


 淡々と仕事をこなす彼女の先導でついて行った先で、クリスティーナは先の言葉を言われてゴクリと喉を鳴らした。


 思えば目立たないように、地味に野暮ったくを目指して居たため、髪はボサボサか敢えてのおさげスタイル、前髪は伸ばしっぱなしで顔を隠していたのだが、先程止める間も無く毛先を揃えられ、前髪も絶妙な感じに整えられてしまい、視界が実に明瞭となってしまっていた。


 スースーするおでこが気になって前髪をちょいちょいと弄っているうちに、侍女のミラが中の侍従とやり取りを終えて礼を執りながらススっと下がっていった。


 それと同時に重厚な扉がゆっくりと開かれ、クリスティーナは覚悟を固め切る事なく、促されるまま室内へと恐々足を踏み入れた。


 サロンには上部分が半円になっているテラス窓が大きく取られていて、そこから美しい花々が咲き誇る庭が見える。その窓近くにテーブルと2脚の椅子が置かれ、茶器や花瓶が置かれている。


 どうやらお茶をしながら話を進められるようだと、クリスティーナは状況を見て理解する。


 窓際に佇んで景色を眺めていた人物がクリスティーナの近づく気配に反応してゆっくりと振り返る。

 それに合わせてクリスティーナは深々と腰を落としたカーテシーをしながら頭を垂れてみせた。


 王族に対する淑女の最敬礼だ。



「よい、ここは公ではない。顔を上げて楽にしてくれ」



 正直なところ、隣国で羽を伸ばしまくっていたクリスティーナにとって、淑女の最敬礼は神経も普段使わなすぎる筋肉を酷使するため、とてもではないがキープし続ける自信がこれっぽっちもなかった。

 なのでかけられた声に内心で盛大に安堵の息を吐きながらササッと姿勢を戻す。


 その瞬間、クリスティーナは目の前の人物、この国の現在の王であるアシェリードと視線が絡んだ。




「…………っ」



 クリスティーナの顔を目にしたその人物は、息を飲み呆気に取られた顔をしたかと思うと数度パチパチと瞬きをしてから柔らかく微笑む。


 クリスティーナはその変化の内心「そうでしょうな」と納得を返す。今のクリスティーナの外見は今まで……今朝までとは全く違っているのだから。



「こうしてちゃんと挨拶するのは初めてかな。クリスティーナ・ユイマール侯爵令嬢」


「お初にお目もじ致します。ユイマール侯爵家が次女 クリスティーナより英明な陛下にご挨拶申し上げます」


「社交界デビューはしていなかったのかな?」

「少しばかり学問の道に没頭しておりまして。ちょうど学術院の入試試験の締め切り時期と被りましたもので…ホホ」



 「そうか」と時期が外れていた気がするような?とやや納得していなさそうなアシェリードは、嘘くさい笑みを貼り付けたクリスティーナを席へと促した。



 共に着席した2人は、使用人の給仕が終わるのを一時待つ。


 なんとも言えない緊張感が場を支配する。


 淑やかそうに視線を手元に落としていたクリスティーナは、こんな時でもお断りする方法を考えて居たのだが眼前に座るアシェリードには分かるはずもなく。戸惑っているかなと、少々性急だった呼び出しに申し訳なく思い気遣わしげな視線を送っていた。



 準備が整い、アシェリードが手で合図を出して下がらせると、「君も飲むといい」と優しい声色がクリスティーナへかけられる。



「あ、ありがとうございます」



 勧められておずおずと茶器に手を伸ばすが、静まり返った室内では僅かばかりの茶器の音だけがやけに大きく聞こえて身を竦ませるばかりだ。静寂が耳に痛い。


 クリスティーナは『粗相をしたら不敬で内定取り消しとかならないかな?』とか思っていたが、流石に国のトップの眼前でチャレンジする勇気は持ち合わせていない。



「─ さて、この度の事急で申し訳なかった」

「いえ……」

「元老院が決定してね。いつの間にか君を選び出して、候補に名前が上がったと思ったらあっという間だったよ。色々忙しくしていただろうに。しかし君以上に適した人物も居ないのも確か。難しいポストだと思うが、受け入れてくれると嬉しい」



 ド直球に本題を投げてよこしたアシェリードに、クリスティーナは「ん゛ん゛っ」と詰まりそうになる喉を叱咤して何とか誤魔化す。



「コホン、失礼いたしました。

 私を評価してくださった事、嬉しく思いますが……力不足かと。亡くなられた王妃様を思いますと、私なんかでは」



 しおらしく、遠慮と見せかけた断りの序章を紡ぎ始めるクリスティーナ。しかしアシェリードはフッと自嘲するような笑みを漏らして続く言葉を止めさせた。



「あぁ、あれは民に人気があったからな」



 その鼻でちょっぴり嘲るような息遣いに、クリスティーナはあれれ?と目を瞬かせた。



「まぁ、君の功績はユイマール侯爵領でも周知の事実。国内でその仕組みを徐々に広げていけば、君の人気はあっという間にアレを超えるだろう」




 やはり気のせいではないのだろう。アシェリードが愛しんで居たはずの前王妃を「アレ」と言い放ったのだ。何があったかは知らないが、故人を鼻で嗤うのは如何なものかと眉を寄せる。



「あの、私以外にも……」


「君を逃すと他はデビュー前くらいになる。これでも25になる。開きすぎる年齢は侮られやすい」


「…そ、ですか」


「王命だ。披露目は来年春先。それまでに王族として色々学んでもらう事になる。よろしく頼む」



 ここに至って、クリスティーナは自分に退路がない事に気付く。それでもクリスティーナの口は、今までの回避癖のせいか返す言葉がどうしても、



「……謹んで、お……受け、いた……し、ます」



 辿々しくなるのは、「NO!」と叫び出したくなるのを気力で押さえ込んでいるからで。何とかギリギリ「…YES」と絞り出せた事は、心の底から褒めてあげてほしいものである。


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