19.
翌日からクリスティーナは、溜まった公務を素早く捌きながら王妃のお仕事である社交にも手をつける事にした。
「どう考えても犯人は貴族。少なくとも女の方はね」
裾から見えたと言う侍女服は王宮からの貸与品。配給は最低限の枚数でボロボロになったりした時に、申請書をあげた上で現品との交換で新品を渡す。数はきっちり管理されており、退職時には返却が義務付けられている。
これは昔からの制度で、下手に売り捌かれて見知らぬ者が出入りできない様にするための処置でもある。
そして王宮に上がる侍女は婚姻前の行儀見習いとして上がるか、成人後に王宮で就職する貴族令嬢であるからだ。
「そうでございますね。でも何故お茶会を?」
「正式に披露目もしたからと言うのと、犯人が何らかの思惑を持っているなら、これ幸いと接触すると思うのよ」
「危なくありませんか?」
「表立って何かはしないはず。それまでこちらが万全の準備を行えば良いのよっ!そうと決まれば魔術研究棟へ行くわよっ!」
チートアイテムを探してガサ入れして以来、少々王妃の来訪に警戒心抱いていた魔術研究棟は……
「こんな発想が……」
「こんな優れた物、作れるんでしょうか」
「いや、やれる。きっと王妃様は私たちの技術を信じて試練をお与えに……!!」
「「「やるぞぉぉ!ぅおおおお!!」」」
企画書と銘打ったクリスティーナの「出来たらいいな♪できるよね♪」グッズ仕様一覧を前に、その日から皆研究に昼夜を問わず、熱を入れ続けることになる。
2週間でとある魔導具のプロトタイプが完成した事を切っ掛けに、クリスティーナはお茶会を開くこととした。
派閥ごとに分けて開いた中規模のお茶会は、夫人と10代前半の令嬢が参加する華やかな物だった。
「皆さま楽しんでいってね」
気さくに話し掛けるクリスティーナは可憐な微笑みを浮かべていても、その微笑みの下では「あぁん?お前か?」と前のめり気味でメンチを切る勢いで上から下までを値踏みしていた。
そうとは知らない夫人と令嬢達は「なんて気さくでよく目端のきく王妃殿下なのでしょう」と称賛の声をあげていたのだが。
しかし、そんなに早く特定できるわけもなく、怪しいと思うと皆怪しく見えてくる。
最後の保守派のお茶会では、誰も彼も怪しく見え、少々げんなりして対人疲れも相まってやけっぱち気味になっていた。
「王妃殿下。拝謁に賜り光栄でございます。コルビン伯爵家、オダールの妻マリーデリアでございます。ご存知かもしれませんが、こちらは娘のハイデリシア。行儀見習いで上がらせていただいております」
「そう、初めましてかしら」
「はい、王宮では財務部の応接を担当しておりますので」
「そうなの。婚約者は王宮にお勤めの方かしら?」
「……騎士団に所属しております」
「王妃殿下、娘を宜しければお話相手に如何でしょう?娘も勉強になりますわ」
「そうねぇ……考えておくわ」
始終こんなやりとりが続けば、仕方ないとも言えた。
にっこりと微笑み、クリスティーナは令嬢を推してきた夫人達に同じ答えを返す。
「私、まだ把握していないことが多いの。王宮で行儀見習いをされているご令嬢方のお話を聞きたいわ」
「まぁ、是非!」
皆一様に喜びを表し、行儀見習いの令嬢達だけのお茶会をという流れを作り出す。クリスティーナはその様を微笑みながらじっと見つめて観察していた。
これといった収穫がなかった夫人交流お茶会を経て、別の日に夫人達に推された行儀見習いのご令嬢を呼んでまたお茶会を開く事になった。
「王妃殿下とこうして、近くでお話しできるなんて夢の様ですわ」
クリスティーナよりやや年下の令嬢達は、無礼講と言ったためか若々しくキャッキャと楽しげにクリスティーナを持て囃す。
「普段の陛下は如何ですか?王妃殿下も今とお変わりはないのですか?」
「まぁ、貴女そんなことお聞きして失礼でしてよ?」
「ですが気になりますでしょう?2人だけの思い出とか、好まれる物とか…」
うっとりと夢見るように、しかしグイグイプライベートを聞いてくるのはハイデリシア。
保守派に属する伯爵家の娘である。
緩くふわふわと巻いた髪をハーフアップにして美しい花を模した髪飾りで留めている。
クリスティーナは前世のゆるふわ系腰掛け新人OLを思い出した。「そう言えばあんなん居たなぁ~」とちょっぴり前世を懐かしんだ。
「そうですわね、ですが私も少々存じ上げておりますのよ。お茶菓子や軽食をご用意致しますから。意外と甘味がお好きですとか……」
そう言いながらも意味ありげな視線をチラリと投げて寄越すのは、甘味と一緒に自分の身も投げ出しそうな妖艶な雰囲気を纏う新興派に属する子爵家のご令嬢、オレリー。
真っ直ぐな栗色の髪から覗く目元の黒子がまたセクシーなご令嬢である。
「アシェリードの事なら知っているわよ」と言う密かに香らせる、匂わせ系マウント女の様だ。
こんなのが側に居たなんて、なかなか厄介だわねと前世でのトラブルメーカーの女子社員を思い出していた。
匂わせ系女子。
さも自身の彼氏や夫と関係のあるように匂わせる。はっきり明言せずにSNSや写真、会話などから関係があるように思わせて関係悪化を招き破局に導く女だ。
厄介なのは、そうと匂わせただけで実際にはなんの関係も無かったりするところである。
クリスティーナはチラリと彼女を観察すると、さりげなく散りばめている装飾品がアシェリードの瞳の色だったり、髪の色だったりするのである。
「王妃殿下?こちらのバングルですか?とある高貴な方から頂きまして……お茶会には不似合いでしたでしょうか」
「いいえ?素敵なプラチナのバングルね。異国からの物かしら?透彫が素敵だわ」
「……ええ、隣国の物と伺いましたわ」
「何方から頂いたのかしら。素敵ね」
「それはちょっと……高貴な方からとしか。ふふ」
「まぁ、はっきり言えない様な方からなの?言えないようなご関係って思われるのは婚約中は頂けないわ。お控えになるのをお勧めするわ」
こう言う時は気付かない&言えない関係はダメよーと言う真っ当意見でスルーが正解。匂わせ女子は効果がないことが一番のダメージだったりするのだ。
「え……はい。申し訳ございません」
にっこりと微笑むと、口元を引き攣らせる匂わせ女。こいつは小物だとクリスティーナは判断してリストから排除した。
最後に目を留めていたのは、王権派の侯爵家のご令嬢、ナリシア。扇子を広げて顔を隠して微笑む姿は様になっている御歳19歳のご令嬢である。
「そうですわ。婚約者様は子爵家のご嫡男でしたわよね。小さな不安の種にご縁を絡め取られないとも限りませんわ」
そう言う彼女の婚約者は伯爵家の嫡男である。
爵位の差から言っても、「自分は絶対そうならないけれどね」と言いたいのが透けて見えて、それが伝わったであろうオレリーは微笑みながらも鋭い瞳でナリシアを見ている。
まぁ、総じてここにいるご令嬢達の魂胆はこれである。
『婚約者さえ居なかったら、私が王妃に選ばれていた筈だった』
一度は目指す王妃という座。
その大変さや重責など度外視で、憧れる貴族女性の最上位の席を未だ夢見ているご令嬢たちは、今でも未練を残してポッと出のクリスティーナに掠め取られた感が否めない様だ。
きゃっきゃしているのにどこか殺伐としていて、肌がピリつく感覚にクリスティーナは遠い目をしながら「スノウたん元気かなぁ」と意識を飛ばしながらその日のお茶会は幕を閉じたのだった。
お茶会ラッシュがひと段落ついた翌日。
「ミラはどう思う?」
クリスティーナは、王妃の執務室でソファーの背もたれに体重を預けながら、鉄壁無表情侍女ミラに問いかけた。
「まだ何とも……ですが、ご令嬢方は何か含みを持っている様に感じました。」
「そうよねぇ……確かに彼女たちの中から選ばれていてもおかしくはなかったのよね。前王妃が儚くなられた時点で、婚約者のいない高位の貴族女性が私だけだっただけなんだし。
低位の子達まであんな風に目をギラギラさせるのは、前王妃の身分が元子爵令嬢だったせいで……」
「しかし現在はクリスティーナ様がその座に着かれております。今更変更なんてできようはずもありません」
「………………生きていたら。よね」
「王妃殿下っ」
「まぁまぁ落ち着いて。私の生死以外で考えられるものは?」
「…………あり得ませんが、王妃殿下より先に御子を授かること…でしょうか」
「そうよねぇ、普通はそう来るわよね」
「身辺警護を強化致しましょう」
「まぁ、待って。尻尾を出させましょう。早く解決したいもの。仕方ないわよねぇ」
クリスティーナは身を起こして、座ったままミラに向いた。
「彼女たちを私付きに。家にも通達をしてちょうだい」
「っ、畏まりました。陛下にご報告は如何いたしますか?」
「んーーーー。後で言うわ」
ウフッと微笑んだクリスティーナに、ミラは眉を下げて了承を返して部屋を下がっていった。
「あとでね~」
部屋には忘れる気満々であるニュアンスで、楽しげにもう一度繰り返された言葉が響いていた。