18.
森を最短ルートで出て、馬を駆け王城に戻った頃には夕刻も過ぎようかと言う頃だった。
クリスティーナは自室に戻ると、ミラに一旦報告をあげた。
「……!お二人ともご無事で何よりでございますっ」
「ラケルをつかせたわ。必要な物はこれに書いてあるから、用意してあの近衛騎士にお願いしてくれるかしら」
「はい、直ぐに…。王妃殿下は湯浴みの準備をしておりますので、お着替えを先にいたしましょう」
「そうね……流石に疲れたわ」
「薬湯にしましょうか」
「嬉しいわっ!」
着替えを先に済ませたクリスティーナは、湯浴みの前にアシェリードの元に向かう事にした。
勿論夫の顔を見たいとかいう殊勝な心からではない。面倒な事を極上リラックスタイムの後に設けたくないと言う一心からである。
国王の執務室に入ると、近衛騎士が何人か詰めており、報告が終わったところの様だった。近衛騎士の1人に森に追従した者がいるところを見ると、クリスティーナとスノウの件も含まれているのだろうことが窺えた。
「クリスティーナ、よくぞ無事戻った!」
「ご心配おかけしました。ところでアトリは……」
「あぁ。近衛騎士隊長、クリスティーナにも報告を」
「はっ。王妃殿下専属侍女であるアトリ嬢はリネン室の奥で発見されました。襲撃された様で頭部に打撲痕。手足は縛られておりました。現在は医務室で療養中。意識は先程戻られ診察の結果、外傷以外に異常は無いとのことです」
クリスティーナは握りしめていた手の力を抜いた。身近に接していた人の安否が分かり、やっと心からホッと一息つけた。
「……クリスティーナ。スノウは一応秘匿されている存在であるから、誘拐を公表することはできない。そこは分かって欲しい」
「ええ、理解しております。ですが、私の侍女を害したのです。最終的に私を狙った可能性が有るとして、捜査は続けてください」
「勿論だ。警戒と警備の見直しを」
「はっ。承知いたしました」
アシェリードは捜索を続けさせているが、まだ犯人の特定ができていないと謝罪した。
夜会が開かれていた夜の出来事だったのだ。身元を確認したものだけだったとしても、身元を確認したはずの人物が犯行に及んだのだとしたら防ぎようがなかった。
アトリを呼び出したらしい下級侍女は特定でき、聴取を終えて現在保安部の一室で見張りをつけられた上で軟禁中である。
下級侍女は「ミラ様からメモをアトリ様に渡して欲しいと頼まれたが、自分は外への用事があって行けそうにないから引き継いで欲しい」と言われたらしい。それならと引き受けて、アトリの居場所を人に尋ねてスノウの部屋に来たのだそうだ。
頼んできた人物は外套を纏っていたが、侍女服が外套の間から見えたので、納得して受け取ってしまったと供述した。
「スノウの部屋に訪れたと言う男女の1人でしょうか?」
「恐らくですが」
「特定は難しいですわね。夜会に紛れてしまったと考えると……」
「目的は果たしたのだろう。警戒はするが2度も手を出す可能性は低いのではないか?」
「いえ……スノウを亡き者にしたいのであれば、これまでチャンスは何度でもあったはずです。私が来る前ならもっと簡単でしたでしょう。何かの思惑があってスノウを害したのであれば、これから動くと思われますわ」
何が目的か分からない。
それが一番の懸念事項である。
秘匿されて居たとはいえ、スノウの存在は前王妃亡き今、現在の王妃クリスティーナに何の影響も及ぼさない存在。現国王としても血の繋がりがない子の存在を脅かされたからといっても、何の影響もないのだ。
クリスティーナに脅迫じみた交渉の席につかせるには良いカードとなったのだろうが、誘拐後に殺害目的で夜の森深くに遺棄したのであればそれも使うつもりがないという事。
「昨日から皆休みなしで動いているでしょう。交代で休息も取って頂戴。調査は一先ず休憩の後からで良いわ」
「はっ」
クリスティーナの指示を受けて近衛騎士達が部屋を下がっていくと、アシェリードとクリスティーナの2人だけになった。
シンとした空気を先に破ったのは、重厚な執務用の椅子から立ち上がったアシェリードだ。
執務机を回って備えられていた長椅子に腰掛けるクリスティーナの隣へと腰を下ろしたアシェリードは、クリスティーナの手を掬い取りキュッと包んで握り込む。
「クリスティーナ……昨夜はすまなかった」
「いえ、私も勢いで……言いすぎましたわ」
「君には情けないところばかり見せてしまっているな」
「外面が装えているのであれば、こう言う時くらい幾らでも情けなくとも構いませんわ。人ですもの」
「っ、すまない。ありがとう……クリスティーナの言う通り、あの子に罪はない。一国の王として、そろそろどうするか考えなければならないな」
「えぇ……私も考えております。まずはこの件を片付けてからに致しましょう」
「クリスティーナ……」
目を細めて愛おしげに妻を見つめるアシェリード。しかし空気に流されない……読めないのがクリスティーナである。
「さ、一先ずお風呂に致しますわ!アトリの様子も見に行かなくては。流石に徹夜はキツいです。陛下も調査の指示と公務を並行して行っていたのでしょう?無理なさらず早くお休みくださいませ」
すっくと立ち上がると、さっさと部屋を立ち去る勢いで扉へと向かって行く。
流石のアシェリードも、徹夜捜索明けの妻に何も言うことができず。
「……分かった」
がっくりと肩を落として、今日は仕方ないなと勇ましい妻の背中を見送ったのであった。
入浴を済ませてアトリの見舞いに出向き、クリスティーナは王妃の寝室で1人考え込む。
白雪姫は改案された広く知られているストーリーと、残酷な表現の多い原案とがある。
勝手に広く知られている方だと思っていたが、もしかしたら原案の方なのかもしれないと、思い始めていた。
しかし、蓋を開けてみれば小人は子供だったし、もうすぐ8人兄弟(妹?)予定だし、魔女は魔女でも薬学の権威である森魔女様だった。
ストーリーに出てこない第3のファクターである“誘拐犯”が出てきた時点で、話が変わってきてしまっている…………いや、そもそもクリスティーナの中身が前世日本の庶務課に勤めるお局予備軍であるという事が、初っ端から逸脱していると言えるのだが。
「う〜〜ん、これはもうストーリーとか言ってる場合じゃないわね」
強制力やストーリーから脱却して平和に美幼女とキャッキャウフフしたかったのだが、そうも言っていられない状況である。
クリスティーナはストーリーを一旦頭から排除して、目的を定める事にした。
「スノウたんをいじめる奴はぶっ飛ばぁ〜す!よっしっ!!」
これだ!と満足そうに頷き、明日から早期解決に向けて英気を養うべく夢の世界へスタートダッシュを決めて飛び込んだのだった。