16.
スティラの家は程なくして辿り着いた。
子供達の家とは違い、煉瓦造りの家は蔦が表面を覆っていて慣れていないと怯みそうになる外観だ。家の周りには柵に囲まれた畑と広々としたスペースをのんびりと歩く鶏や山羊が見える。
年少組は屋根の上の煙突から出る煙を見て、急ぐ様に走って行き家のドアを叩いて開けた。
「スティラさーん!見て見て〜!!」
「スティラさーん!甘いの作って〜!!」
家主の返事もなく飛び込む様に入って行った2人に驚きながら、スノウは苦笑する年長組と家の中を開け放たれたままの扉から覗く。
入ってすぐにはダイニングと、その奥にはキッチンがあった。テーブルの上には年少組の持っていたカゴが置かれ、2人は頭の天辺を両手で押さえて真正面に立つ人物を涙目で見上げていた。
「まぁーっったく、何度言ったら分かるんだね!ノックと同時に扉を開けるヤツがあるか!返事を待ちなっ!他所様でやったらこんなんじゃすまないんだ、しっかり反省しなっ」
「「はぁ〜〜ぃ」」
どうやら短い間の内に、2人は頭の上にお叱りの拳骨を食らったらしい。
「おはようスティラさん、朝早くから…色々ごめん」
「あぁ、良いさ。頼んだもんは今日あるんだろ?」
「ある……ついでに相談があって来たんだ」
「なんだい?ん?誰だいその子は?」
スティラは出入り口の年長組に入る様に言ってから、間に見えた小さいスノウに気が付いた。
「昨日の夜に森で見つけた、迷子のスノウ。街に連れて行こうと思って」
「ふぅん?迷子か。そりゃ災難だったね」
「あ……の、はい」
「公爵領の街かい?それとも遠いけど王都かい?」
スノウ達が居る森は大きく、森の北側にあるスティラ達の家からは王城や王都のある南側とは正反対の場所に位置しているため、王都の北側にある公爵領の街の方が近い。
しかし、王都側と言って良いのか……探されているのか、それともまた追われてしまうのかが判断がつかない。
「え……と、」
どう答えて良いのかが分からなくなって、口籠もったスノウを見たスティラは、少し黙って観察した後「そうかい……ま、取り敢えず悪餓鬼どもは座んな」と言って子供達をリビングに促した。
「あんたキッチンを手伝いな。あの悪ガキどもにはやらせらんないからね」
そう言ったスティラは、スノウの答えを待たずに優しく背をポンと叩くと、奥のキッチンへと誘った。
キッチンの隅に置いてある踏み台を流し台の前に置いて、スノウをそこに立たせた。流し台の中に木のたらいを置いて水を張ると、ロブとナットが持っていた木のカゴを側に置いた。
「洗っとくれ。水に突っ込んで表面を撫でて綺麗にしたらこっちに置くんだ。出来るかい?」
「うんっ」
スティラはその間に石で組まれたコンロに火を付けて底の深い鍋を上に置く。
「あぁ、コレもらったんだった。折角だし使っちまうか」
ゴソゴソと調味料と瓶を準備すると、水と共に鍋へと突っ込んでいくスティラ。それを目の端でチラチラと気にしながら、スノウは腕まくりをしてまだ冷たい水の中に手を突っ込んでいった。
「もう朝ね……反応が近いわ。こっちよ」
身が土で汚れて朝露で濡れようと気にせず夜の森を、魔導具の示す反応を頼りに突き進んでいたクリスティーナ達一向。
馬の通れる道を探りつつ、森に精通した近衛騎士と方向を言い合いながら夜の森を突き進んでいた。思った以上に速度を上げることができずに何度歯噛みしたことだろう。
「こんな北側にいらっしゃるとは、信じられませんが……」
鬱蒼とした木々の間の細い道を抜けると、場が開け、蔦で覆われた煉瓦造りの小さな家が現れた。
「王妃殿下、確認しますのでお待ちください」
2人の近衛騎士が油断なく近付き周囲を確認していく中、クリスティーナは魔導具の反応を見て家の中に居るのではと家をじっと見つめた。
(ロリコンの家じゃありません様に。ネクロフィリアの家じゃありません様に、スノウたん〜〜!!)
徹夜明けの頭の中は少々とっ散らかっていたが、近衛騎士のチェックを待ってから家へと近付いた
先導する近衛騎士が扉をノックすると、ややあって扉が小さく開き、男の子が顔を出した。
栗色の髪、そばかすの散った顔。
この子は……死体好きの変態じゃなさそうね?多分。とクリスティーナは肩の力を少し抜いた。
「ぁあ?騎士さんどうかしたんですか?」
「小さい女の子を見なかったか?昨夜から探しているんだが……」
「…うん、ここに居るよ。ちょっと待って」
応対した男の子─サロは、扉をそのままに後ろを振り返った。
「スティラさんどうする?…あぁ、わかった。“どうぞ入って”ってさ」
家の中のスティラと話したのだろう、サロは来訪者へと向き直って扉を大きく開けた。
クリスティーナもやっと家の中の様子が目に入り、連れ去られた小さな天使を悲壮感たっぷりな顔で探す。
「あっっ!スノウっっ……!!!」
クリスティーナは見つけた途端にザッと青褪めた。
ナットとロブと共にテーブルに座るスノウの、皿の物を食す為かフォークを手にする光景を目にして。
「だっっっっっだめーーーーーー!!!」
近衛騎士が止める間もなく、間をすり抜けて一直線に駆け抜ける。
「どどどどっどくりんごーーーーー!!!」
飛び込んでくるクリスティーナを、フォークを持ったまま喜びと驚きでポカンと見つめるスノウ。
あっという間に座っている状態で横からタックルされ、いつの間にかぎゅーぎゅーと苦しいほどに抱きしめられていた。
「うちの子に何すんのよー!!!!」
腕の中に天使を閉じ込めたクリスティーナは、別の皿を手にしながら呆れた顔したスティラをきっと睨みつける。
「何って失礼だね〜あんた。皆んなで菓子を食べてただけだよ」
「か、菓子?嘘よ、毒林檎じゃないの?」
「やれやれ、確かに見た目はアレだけど、毒なんか入っちゃないよ。みんな食べてんだろ?」
クリスティーナはそう言われてやっと周りに目を向ける。テーブルにスノウの他2人、ナットとロブが皿の上のリンゴにフォークで大きく切り込み、齧り付いている。
後ろのリビングであろう場所のラグの上でも2人、モグモグと1人騒ぐクリスティーナを眺めながらも手を止めずに口に運び続けている。
「…………ご、ごめんなさ、い?」
「全くだ。そんなに気になるならあんたも食べると良い。山ほどあるからね」
改めて目の前に立つ人物、スティラをまじまじと観察する。
白髪混じりの長く癖のある薄茶の髪。皺のある目元は少々吊り気味で細いが、瞳は凛とした光を宿している。黒いフード付きローブを着ているその姿はまさに──
「…………魔女よね?」
「なんだあんた。アタシを知ってんのかい。“森魔女のスティラ”はアタシのことさね」
容姿についてポツリと呟く声に、スティラは鷹揚に頷き名乗る。
「あ、どうも。クリスティーナです」
徹夜明けの混乱気味な頭で、何とか名乗り返したクリスティーナ。頭の中は現在“魔女”と“強制力”と“毒なし毒林檎菓子?”で堂々巡り中で、そろそろ目を回す勢いだ。
「そんなことよりそろそろ解放してやんな。スノウがあんたの胸で窒息死しちまうよ」
その言葉でハッとした時には、時すでに遅く。幸せと衝撃と圧迫のトリプルコンボを食らったスノウは
「キュゥ……」
「いやぁぁ、スノウたーーーーん!!」
真っ赤な顔でクリスティーナの胸で目を回してしまっていたのだった。
(((((スノウ“たーん”??)))))
みんなはその瞬間頭の上に「?」を浮かべたが、騎士を連れて現れた騒がしいクリスティーナに口を挟む者は、居なかった。