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11.

 

「…………ですが、よかったのですか?その、ご生家のこととか」

「ふふ、何とかしたわ。最終的には感情論で押したけれど」

「感情論?」

「……私、昔も今も、好みじゃありませんの、彼」

「えっ」



 そりゃぁ感情論だけれども、それで通るのかと瞬きが速くなる頭で考えるクリスティーナ。



「私、幼い頃から気に入ったモノ以外、ほんっと〜にどうでも良いのです。こんな状態で結婚しても、恐らく政務以外を励もうなんてこれっぽっちも思わなくてよ?仕方なしに1、2度はあるかも知れませんが……」

「あぁ〜……アレですか、はい」



 割と絶倫気味な陛下が嫁とNoタッチ生活……早々に側妃話が上がるか……いや、大派閥の公爵家の力を恐れて第一子ができるまでは皆口をつぐむだろうか。



『次代に影響が出るどころか、最悪私のせいで王家の主たる血筋が絶えてしまったら……ごめんなさいね?』



 と言って、苦笑しながらペロっと小さく舌を出したエリザベートに、彼女の性格を理解している公爵夫妻は「コイツはやりかねん」と頭を抱えて解消に応じることにしたのだった。




「まぁ、一応子爵家の調査は王家側に進言して、教育も力を入れると言うことですし、後は放置していたのだけど、まさかの結果でしょ?ほんの少し心が痛みましたわ」



 眉を一応下げながらホホホと上品に微笑みながら言い放つエリザベートに、本当に1ミリか1ミクロくらいの痛み……しかも同情心なんだろうなと遠い目で察したクリスティーナ。



「私、見える範囲の気に入ったモノは全て支配したい質なの。元老院の曲者、古参貴族の古狸や狐が闊歩する王宮より、今の方が性に合ってますのよ」



 最後にそう静かに呟いたエリザベートは、スペースの出入り口に目を向けると、彼女の夫である次期侯爵であるロマーノが姿を表し礼をした。すぐに楽にしてくれる様にクリスティーナが声をかけると、ロマーノはエリザベートの側に寄り手を掬い上げる。



「ご歓談中失礼いたします。お話、盛り上がっている様ですね」

「えぇ、すっかり奥様を独占してしまい申し訳ないわ。とてもお話上手でつい話し込んでしまいましたわ」

「それは嬉しいですね、これからも是非妻をよろしくお願いします」



 全体的に鍛えていることがわかる少々厚めの体格のロマーノは、嬉しそうに妻の手を撫でる……撫でる。なでこなでこする。


 撫ですぎじゃないだろうかと思ってついつい視線がそこに向いてしまうと、エリザベートのドレスの裾からピンヒールの踵の部分がスルリと現れてゆっくりとした動きでロマーノの親指が収められているであろう靴先に辿り着き、グリ…グリと抉る様なひねりを加えて踏み締める。


 クリスティーナは、目が飛び出るかと思うほどカッ開いた。幻覚?幻覚かしら?と脳が少々受付拒否をしたが、何度瞬かせても幻は消えない。



「す、すまない。寂しくて、っぃ…くっ」



 そして踏まれたロマーノの顔は、恍惚と……だとぅ?!とクリスティーナは3度見した。



「クス……ティナ様。私ね、夫がとぉっても好みですの。彼の為なら彼の全てを支えて願いを叶えたいほど。私はとっても…幸せですのよ」

「あぁエリザベート!私の唯一は貴女だけだ。さぁそろそろ」



 エリザベートの愛の言葉に感極まった夫ロマーノが、一刻も早く2人きりになりたいのか落ち着かない様子でエリザベートを促す。

 一つ薄く息を吐いた彼女は広げていた扇子を閉じて先端を彼の襟元から喉仏へツツーっと這わせる。顎先にたどり着くとクッと力を少し込めてロマーノの顎を上げさせた。


 つまり、ロマーノは扇子の先端で顎クイ状態だ。




「…ロマーノ?未だご挨拶していないところがあるでしょう?」

「ぅ、分かった。早く行こう」

「しょうのない人。では王妃殿下、私共は御前失礼させて頂きますわ」


「あ、あぁ、うん。ハイ、またー…」



 何を見せられていたんだと、さっきから瞬きが止まらないクリスティーナは、妖艶な笑みを口の端に浮かべたエリザベート夫婦を放心状態で見送った。



「あぁ、成程……」



 少々当てられたクリスティーナは、扇子でショート気味の頭を冷やすべく扇ぐ。



「女王様……かぁ〜…」









 盛況な夜会の裏側で。




「アトリ様、ミラ様から所用を頼みたいから少し来てくれと言付けられたと下級侍女が」

「ミラ様が?言付けられたと言う者は何方かしら」

「伝言を言うと持ち場に戻らなければならないのでと言って行かれました」

「そう……」




 アトリは迷いながら室内を振り返った。


 新たに王妃殿下専属兼侍女長を務めるミラに呼ばれたアトリは、クリスティーナの命で王宮の備品管理と調査諸々を行った。


 クリスティーナが作ったと言う備品管理表は、来客数、使用した備品と消費した個数、在庫数を使った時に該当の枠内に数字を書くだけの簡単な物だった。

 文字と簡単な計算くらいなら下級侍女でもできるので、覚えている直近1、2ヶ月の仕入れから在庫数、接客人数を調べていったのだが……驚くほど全く数が合わない。


 これは……と調べていくと出るわ出るわ、自分で使おうとくすねた者、転売した者。


 もちろんスノウの周囲も入念に調べた。


 購入したとされる子供用の衣服、布が見当たらない時には何と言っていいか、呆れを通り越して絶句したものだ。


 わかる範囲の実行犯は重さによって処罰し、職場環境の風通しが良くなってすぐにアトリはクリスティーナが可愛がっているスノウの専属侍女となった。


 国に、それも中枢である王宮に仕えている身としては、目を背けたい罪の証である子。しかし、微妙な立場で放置されている子供に同情心が湧かないでもない。


 身の回りの世話をするたび、クリスティーナがスノウを愛しむ姿を見るたび、スノウが頬を染めて照れたような小さな笑顔を咲かせるたび、同情心ではない温かな思いが少しずつ宿っていく。



 “子は慈しみ育てよ”



 クリスティーナの姿に、教会での教えが自然と浮かぶ。


 神の教えを当たり前のように体現するクリスティーナの行動は、まるで教会で慈愛の微笑みを湛える女神像そのものではないか。


 そう思うとクリスティーナが神々しく、光り輝いて見えた。咄嗟に片膝を折って跪き、顎下で手を組んで祈りを捧げるポーズを取る衝動を侍女の矜持が何とかギリギリで食い止めていた。


 そんなクリスティーナ教(?)に片足を突っ込み中のアトリの毎日の楽しみは、クリスティーナへスノウの今日の1日の報告書の提出と、ちょっとした可愛らしいエピソードを口頭で報告すること。

 キラキラとした瞳で、嬉しそうに頷き笑い声を溢すと、神々しさが一層増して浄化パワーが半端ない。仕事終わりだというのに、アトリの心はまるで湯上がり気分である。


 そんなクリスティーナが毎日気にかけ、「側にいてあげてね」と直接アトリに言葉をかけるほどのスノウの側を、少しでも離れるのが躊躇われた。



「今日は警備を増やしていますし、少しの間でしたら大丈夫ですよ」



 伝言を引き継いでくれた騎士が、躊躇い悩むアトリの背中を押すように声をかけてくれる。



「そうですね、緊急のご用事でしたら困りますものね。では長引きそうなら他の侍女を遣しますので、少々席を外させていただきます」

「はい、承知いたしました」



 快い返事を返した騎士に礼をして、少しの間離れるとスノウに告げた。



「申し訳ございません。呼ばれましたので少し離れますが皆居ますので、心配なさらないでください。すぐに戻ります」

「う……ん。お留守番。フィナと待ってる」



 スノウはコクリと頷き、傍のうさぎのぬいぐるみを抱き寄せた。クリスティーナからもらった数日後に名付けたその名は、クリスティーナの愛称「ティナ」に似せて付けたという事はスノウの小さな秘密だが、アトリもアトリを通して報告を受けたクリスティーナも知るところである。



「はい、良い子でお待ちですとお伝えしますね」

「…………うん」



 うさぎのぬいぐるみに顔を埋めてしまったスノウに優しい眼差しを向け、「失礼いたします」とアトリは部屋を下がった。




 しかし、アトリはミラの元に訪れることもなく、スノウの行方不明が判明したのは夜会が終えた真夜中過ぎのことだった。




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