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10.

 ファーストダンスを終えて、皆がそれぞれホールに進み出て踊るのを眺めて暫く経った後、ミラに声をかけて隅っこの半個室風に仕切ったスペースに近衛騎士を引き連れて移動する。


 しばらくそのスペースで待っていると、彼女が近づき礼を取ってクリスティーナの声かけを静かに待った。



「ローズアイル侯爵家次期夫人、どうぞ楽にしてください。こちらへ座ってくださるかしら」


「ありがとうございます。失礼いたします」




 礼も何気ない動作一つとっても美しい所作で優雅に動く彼女に、クリスティーナはやはり生粋の令嬢は違うな〜と圧倒される。


 エリザベートはアシェリードと同じ来年で27歳になる。既に子供を男女1人ずつ産んでおり、後は当主交代をいつしてもいい様に領地の把握や社交に精を出すだけの様だ。


 淑女の鑑と皆に言われる彼女は銀まじりの波打つ金髪を結い上げ、斜めに分けられて一房残した片側の髪が色気を醸し出している。切長の目元は全てを見通す様で、自然と背筋が伸びてしまう。


(なんだろう……この雰囲気、独特だわ)



 何だか独特な雰囲気にクリスティーナのセンサーが注意音を発した気がしたが、取り敢えず当たり障りない世間話から始めることにした。

 流石は王妃教育を受けていただけあり、エリザベートの話題は豊富で飽きさせず、笑いを織り込むことも忘れない、思わず感嘆のため息が溢れるほどだった。



「─ エリザとお呼びください、王妃殿下」

「ええ、エリザ。私はティナと呼んで、人目がなければ言葉も気楽にしてくれると嬉しいのだけど」

「ええ。ティナ。……それで、お聞きになりたいのは私のこと?昔のこと?それとも実家のことかしら?」

「正直言うと全部かしら。薬学に夢中で国内の出来事に明るくないの。この王命が無ければやっと開いた薬局に馬車の定期便とか、色々やるつもりだったのよ」

「まぁ、詳しくお聞きしたいわ。けどそれは次回かしらね。そうねぇ、何からお話ししましょう」



 エリザベートは繊細なレースで彩られた扇子を広げると、ハタハタと緩くはためかせながら過去に目を向けた。



 エリザベートとアシェリードの婚約締結はお互いが10歳の頃だった。


 国王でありながら政略結婚をしたとは思えないほど愛した妻の一人息子であったアシェリードは過度な期待をかけられ、それにただ応えるだけの機械の様な子供だった。

 エリザベートもまた公爵家に生まれ、高度教育を受けていたが、こんな機械じみた目はしていなかった。全てがお手本通りの動き、表情、言葉運び。


 初対面での第一印象は「気持ち悪い」に尽きる。


 正直面白みに欠けるアシェリードに、エリザベートは王族への敬意、親愛以外に湧きそうにもない。ならばと早々に気持ちを切り替えて、アシェリードを将来国を一緒に運営する機械仕掛けのビジネスパートナーと思うことにした。


 婚約者との仲を深めるお茶会も、お互いの忙しさもあり最低限にする様に提案したのもエリザベートだ。



 そんな彼と彼女に転機が訪れたのは17の頃。


 来年以降には結婚する話もポツポツ出始め、そろそろかと敷かれたレールが結婚を経て王太子妃という乗り物にクラスチェンジ。

 機械仕掛けな夫の横で、自分もいつか手先から機械仕掛けになっていくのだろうか……などと今思えばマリッジブルーにかかっていたエリザベートに、アシェリードから呼び出しの手紙が届く。


 今まで事前に組まれた予定以外で、アシェリードから呼び出しを受けたことのなかったエリザベートは、驚いたものの一先ず身なりを整えて王宮へ向かう事にした。



「すまない、婚約を解消したい」

「はぁ……」



 人を下がらせて直ぐ、唐突に告げられた言葉にエリザベートは淑女らしからぬ言葉が出た。


 もちろん婚約解消には驚いた。


 しかしそれ以上に組まれた予定をぶち壊す発想がアシェリードにあったのかという驚きと、別人かと思うほど様相の変わった長年の婚約者への驚きが重なって、鳩じゃないけど豆鉄砲を今まさに食わされましてよ?な心境でフリーズしたと言う方が正しいか。



「どうなさったのですか?何か私が粗相でも?」



 取り敢えず聞いておかなきゃいけない事を口にしたエリザベートは、鍛えられた微笑みを貼り付けやや眉を下げて悲しげバージョンを作って見せた。



「いや、君にはなんの瑕疵もない。私が……添い遂げたいと思う女性が……出来てしまったのだ。本当にすまない」

「そうですの」



 エリザベートは「成程」と納得する。

 機械仕掛けだった表情に感情を浮かべ瞳に光を宿し、終ぞ見たこともなかった朱の差した頬をこの時初めて目にしたのだ。

 その衝撃たるや、「婚約解消」というなかなかのパワーワードを凌駕した。


 婚約してから8年の月日が流れようとしていた。その間エリザベートの彼に対する想いは少しずつ変化していった。


「気持ち悪い」から「お可哀想に」へ。


 その彼が人生に喜びを見つけ、瞳を輝かせていていることに、ただただ「良かったですわね」と何処までも他人事の様に感じてしまっていた。


 だから恐らく相談の場として持たれたこの場で、エリザベートは心から微笑んだ。



「婚約解消の件、畏まりましたわ」



 そう了承の言葉を口にしながら。


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