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1.

 ── 王妃様が儚くなられた ──



 その一報が流れたのは、ある雪の降る日の事だった。



 それから数日後、雪がちらつく中、王妃の葬儀を執り行われた。



 王妃を慈しんでいた国王は、王妃の亡骸が収められた棺を憂いをたたえた瞳で見つめ、1歳になったばかりの王女には黒いベールがついた帽子が被せられ、乳母に抱かれながら国葬に参列された。


 国民も悲しみに沈み、街中の至る所に喪に服す事を示す黒い布や簡素なリボンが飾られた。



 そんな悲しみに沈む1年が過ぎ、喪が明けて更に1年程過ぎた頃、とある貴族女性の元に国の貴族なら誰もが知る印が押された書簡が届く。



 寝耳に水とばかりにその書簡を震える手で受け取り、恐る恐る開けた中に書かれた長すぎる文を要約した彼女は…………バタン。





 白目を剥いて卒倒したのだった。





 自他共に認める身体の丈夫さがウリだと豪語していた彼女が目を剥いて倒れ、驚いた周囲の者が慌てて駆け寄る中、彼女の幼い頃から家に仕えていた初老の執事は、彼女の手から滑り落ちていた書簡を丁寧な手つきで拾い上げる。


 緊急事態とばかりに慌てふためく使用人達に少々眉を顰めながらも、拾い上げた書簡の内容が偶然目に入りこんできてしまった彼は、得意の速読スキルのせいで一瞬で読み切ってしまう。


 そして次の瞬間、顔を青くする。



「……こ、これは、たたたた大変でっ」



 常に冷静でスマートな身のこなしの執事が泡を食っているのにも気づかない周囲は、勿論その後彼が足をもつれさせながらも走り去る事にも気づかなかった。



「だんんんなさまぁぁぁぁ!大変でございますっ!!!」




 [ 貴女は次の王妃として選出された ]





 つまり、そういう事が書かれていたのだった。






「いやいやいやいやいや…無理無理無理。無理だってば。

 よく考えて?幾ら未婚で嫁ぎ遅れ、処女っぽい高位貴族の女性がいないからって、勉学に励んで薬学の博士号取っちゃった私なんか安直に選ばなくっても、他国から……いや、後妻にそれはないか。いやいや、だからって私じゃなくっても良くない?!」



 ベッドの上で氷嚢を頭に当てながら、到底独り言とは思えない音量で呟く(?)のは、今年で21歳になる侯爵令嬢、クリスティーナである。



 彼女は21歳にもなって驚きすぎて倒れて知恵熱を発して寝込んだ事に反省しつつ、自分よりも大慌てな両親を見てスンッ……と冷静になった。



 が、それとこれとは別である。



 侯爵家次女であるクリスティーナは、現在の嫁ぎ遅れ&研究ライフにどっぷりと浸る為に、これまで並々ならぬ努力をしてきたのだ。


 幼い頃、同い年の子を集めた王宮でのお茶会を態と薄着で過ごして風邪をひく事で欠席し、勉強は突出しないように気をつけ平均よりもやや高めを維持しながら、本の虫さながら図書室に引きこもり、何だかんだと人付き合いをシャットアウト。


 常に地味に、目立たず、少々変わり者な立ち位置を維持する努力を怠らなかった。


 変わり者を演じるうちに、花より葉っぱを愛でていたら本当に興味が湧いて、薬学の道に突っ走ってしまったのはご愛嬌というものだろうか。


 3人兄妹の兄と姉が無事良縁に恵まれたのだから、自分は嫁がずに「領地の助けになりたい!」とさも高尚な事を口走りながら薬学の道に少々強引に突っ走り、隣国へ足を伸ばして博士号を取得して、家に還元できるよう税金の一部を資本にした薬局を作り、領民には3割の値段で販売したり……とまぁ、やっとこ有言実行出来てきた矢先の話である。


 何がいけなかったか、さーーーっぱり思いつかなかったクリスティーナは、父親を問い詰めたところ、思い当たる節なんて…………




「そういえば、2年前くらいに久々に王宮で会った大先生に聞かれた……ま、まさかソレ?」




 …………あった。


 侯爵家である現当主であるクリスティーナの父エリアルトが言う「先生」とは彼が幼き頃、領地経営にも欠かせない流通科学と近隣国との情勢を教えた人であり、現在の元老院の1人であるヨゼフであった。



「お父様、私の事は『嫁の貰い手もない、葉っぱにばかり興味を示す不器量な変わり者で』と説明してって言ったわよね?」


「ぃや、うん……まぁ、そう、だが……大先生とお茶をしながら昔話に花を咲かせていたら……こう、つい?」


「もう、ティナったら、アル様が愛する家族を貶すような事言うの、無理だって事分かってたでしょう?」


「そうだけどっ、お母様…」


「そもそも油断したお前が悪い。博士号なんぞ取ってくるから、薬局の件もお前が噛んでいる事が露見したんだろう」


「だってお兄様、博士号取ったら薬の原材料の取得権が破格で優先されるって言うし…ここまで来たら五十歩百歩かなって」


「お前の絶妙な調合のお陰で流感での死亡率が著しく減り、薬の補助目当てで移住者が増えた。余剰分を他領へ割増料金で売って収益アップして妙に功績作っちゃったしな…」


「ゔぅっ……国王となられて結婚出産したから、一安心だしもう自由だって思って…。まさか王妃様が儚くなられるなんて……!」




 とっても栄誉な事であるはずの通知に、頭を抱えてベッドの上で突っ伏したクリスティーナを見つめ、侯爵夫妻と兄マイルズは残念なものを見る目で見つめて溜息を吐いた。





 ユイマール侯爵家は代々穏健派の貴族であり、性格も穏やかな者が多く、美しい容貌も相まって他の貴族からの注目を集めていた。


 その中で唯一変わり者の次女であり末っ子でもあるクリスティーナは、幼い頃急に鏡に映った自分を見て青ざめて呟いた。



「ktkr、異世界転生……?!」

「何ですって?お嬢様……?」



 様子の変わった彼女に心配そうな目を向ける使用人を押しのけて、クリスティーナは1人部屋に篭る。


 心配した家族が翌日クリスティーナの部屋に様子を見にくると、彼女は意を決したかのように拳を握り込んで言い放った。



「私、前世を思い出しましたの!異世界転生ですの。宿命(お約束)に抗う為、今世では慎ましく、目立たずをモットーに生きますわ!」



 それを聞いた両親と兄姉は呆気に取られ……



「お医者様を呼んでちょうだいっ!クリスティーナが病気よっ!!」

「あぁ、風邪なんてなかなか引かないものにかかったのか……」

「何か変なもの食べたのではなくて?あれほどお庭の花壇には入るなって言ったのに」

「医者は頭の方も診られる方にしなさい」



 口々に何か言いつつ、クリスティーナをベッドへ押し込めようとした。



 ── そして数時間掛け、医者や何やという騒ぎも落ち着き、信じ難いが前世を思い出したクリスティーナの言葉をほんの少し信じる事にした家族は、それとは別に彼女が語る“今後の計画”に眉を顰めた。



「私、結婚はせずに領地のためになる事に身を捧げますわ!」

「馬鹿言うんじゃありません」



 当然の如くまずは一蹴されたが、クリスティーナが社交の第一歩である母と姉と一緒にお茶会、王家のお茶会を始めとした交流会を悉く欠席し、図書室に引きこもる事で13歳を越えたあたりで「好きにしなさい」と父が諦めた。


 と言うのも、姉が公爵家に嫁ぐ事が決まり、兄が貿易港を持つ領地の伯爵令嬢と婚約した事で、そこまでの政略を必要としなかった事も大きかった。それに末っ子が可愛いと言う気持ちもちょっぴりあったのかもしれない。


 その内協力するようになり、のらりくらりと婚約の打診を躱し続ける事数年。薬学を熱心に学んでいるかと思うと、社交デビューである15歳になると、



「あ、学術院の試験あるからパスで」




 と軽ぅーい言葉で断って隣国の名高い学術院にあれよあれよと言う間に合格して旅立って行った。


 クリスティーナが国外留学中に王太子殿下がその時婚約者だったご令嬢と結婚。翌年には懐妊の報せが国中に渡り、子の誕生に国中が祝い寿いだ。


 クリスティーナはその吉報を隣国で受け取り、「解禁だー!」と雄叫び(?)を上げて思う存分羽を羽ばたかせて学びまくり、調子に乗ったついでに博士号まで取得した。


 特定の薬草の入手ルートを確保して、領地への還元方法を根回しして整え、運用し出した矢先の王妃打診であった。



 まさに寝耳に水。青天の霹靂。



 これが健康優良児が目を剥いて倒れた顛末である。



長いタイトルへのパッションはまだ冷めやらないので、突然変更する可能性あります(笑

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