転生した私は家族を捨てて旅に出た
【タイタンの拳】
別名ストンプ・土属性技で、人、物を押し潰し魔素紙の中に閉じ込める。
【魔素紙】
魔素紙・魔素を練り上げて紙状になったもの。
魔素を組み込んだ空間に取り込まれる、紙という概念なので任意の水が触れるともとの状態に戻る。
◇◇◇◇
あれほどなついていた私の猫が、昨日から手のひらを返すように私を嫌いはじめた。
昨日は何かの間違いだろうと、猫を捜して近寄ればシャーと威嚇され引っ掻かれた。
ショックで呆然としていたら、沸々と腹の底から怒りが湧きあがる。
なぜ?なぜ?なぜ?
体の魔力が怒りで吹き荒れる。
なぜ?母さんは亡くなったの?
なぜ?父さんは抱きしめてくれないの?
なぜ?父さんは亡くなってからひと月もしないで、新しい女の人と子供を連れてくるの?
なぜ?仲良くしなければいけないの?
なぜ?あの子供に私の玩具をあげなければいけないの?
なぜ?父さんは私ではなくその人達へ笑いかけるの?
心の拠り所のお前まで私を見捨てるの?
なぜ?
怒りは私の中の魔力を練り上げ禍々しく体から溢れでる。
『タイタンの拳』
突然、2メートルもあろう巨体な右拳が空中に現れ、次の瞬間、拳の真下にいる猫に墜ちる。
ドンッと体を打つ振動と愛しい存在を叩き潰したショックで、頭の中に様々な情報が溢れ決壊して前世を思い出した…気が狂う寸前で鳴き声が聞こえた。
ミャーと声がする、我に返るとぺしゃんこになってるはずの猫が紙になって落ちている。
恐る恐る拾うと、可愛がっていた猫が紙の中で動き回っている。
顎が外れるくらい驚き、安堵と懺悔で涙が溢れる。
ぎゅっと紙を抱きしめてボロボロと泣く。
涙が染み込んだ途端、紙は猫に戻り、あれほど威嚇していたのが嘘のように、にゃーとすり寄りいつものように甘えてくれる。
「ごめんね、ごめんね」
もう、これからは怒りで傷つけることは絶対しない。
赤褐色の肌と灼熱の大地のような髪の色、瞳は前世の自分と同じ漆黒。
髪色は属性、瞳は加護、肌は両親の贈り物。
この世界の常識。
なので私は、土属性で闇の加護を持つ、リミナーニャ族の娘。
日本で考えられないくらいの個人情報が身体的情報となる。
散々魔術の儀式をしても発現しなかった力が、怒りが爆発したせいであっさりと発現した。
この力の事を父に話しても、ペシャンコにするだけなら褒められる事もないだろう。
異母妹のような聖なる力でもない限り。
「あっ」
気がついた、この力と前世の記憶があれば冒険者になれる。
もう、拘るのはやめにしよう。
今年で12になる、このままここにいても幸せになれそうもないなら広いこの世界を見てみたい。
とはいっても、まだ12だ、リミナーニャ族の成人と認められる15歳になったら旅に出よう。
前世の私が32だとしても今の私は子供なのだ。
この家を出ると決めたら、心がかなり楽になった。
家を出る準備の為に忙しくなり、反抗もせず大人しくなった私に父は安心したようだ。
まずはスキルの錬度をあげる、毎回2メートルもある拳を出していたら大騒ぎになるし、何より魔力の無駄使いだ。
体の中の魔力を練り上げ、自分の拳程の大きさに出来るようになるまで半年掛かった。
次にスキルの連続性の実験をしてみた。
裏庭で薬草にスキルを使うと10回でヘトヘトになってしまった。
それが100回、200回出来るようになるまでに半年、気がつくと、スキルが発現した日から1年経っていた。
異母妹は金の髪で緋色の瞳で透き通るような白い肌、皆からは聖女と呼ばれている。
不思議なのが父は褐色の肌で義母は乳白色の肌をしているから、普通であれば異母妹は乳褐色の肌になるはずが、白い。そこは聖女だからと変な言い訳をしてる義母もあれだが、鵜呑みにしている父も大概だなと思う。
スキルで薬草を魔素紙に押すようになって、部屋は薬草魔素紙の山になっていた。
これ以上は置場所に困るよなぁ。
あ、そうだ。
母の形見のトランクに仕舞う事にしよう、まだ子供の私が持つには大きいけど15歳の頃には丁度いいバランスになる。
母の宝石もブローチも取り上げられてしまった。
まあ出ていくときに返して貰うけど。
母の髪は銀、瞳は黒、銀色は無属性で母は空間スキルが使えた人だった。
このトランクも母のスキルがついていて、無限にアイテムが入る。なんで母がそんなトランクを作ってくれたのかは謎だけど、これひとつで何処にでも行ける。
部族というとなんか裸か布1枚のイメージをする人が多いけど、リミナーニャ族は自然と共存する一族ってだけで、街の人とそんなに変わらない、水晶映機もあるし、冷氷庫もある、みな部族のテリトリーで薬草を作っている、いわゆる薬草農家だ。
父は薬草を売りに街へ降りる役目をしていた、街で義母と知り合ったのだろう。どうでもいいけど。
母の薬草園に義母は近寄らない、土いじりは嫌いというより街に戻りたくて仕方ない感じだ。
父に嫁いで集落にきても街の姿のままでいる。
こんな山奥は虫が多いのに、アホだ。
「サラ」
「なに?」
「クレッシュちゃんは?」
「さあ?知らない」
「おまえ冷たくなったよなぁ」
異母妹の予定を知らないのが冷たいのか、この幼馴染みに対して冷たいのかよくわからないけど、会って早々嫌味を言われて楽しくはない。
「…で?」
「ほらそんなとこがさあ」
「いきなり冷たくなったって言われても楽しくない、用がないなら行くけど?」
「あるある、クレッシュちゃん明日何してるか聞いてくんね?」
「自分で聞けば?さよなら」
「なんだよ!家族だろ!」
行きかけた足が止まり、図体だけでかくなった馬鹿な幼馴染みを下から見上げる。
「もしも、あんたの母ちゃんが死んだ1か月後に、1歳違いの異母妹連れてきた父親達に家族とか思える?」
「いやまあ、気持ちの整理はつかないかもだけどさあ」
「あんたの家族像っての?それあたしに押し付けないでくれる?気持ち悪い」
「なんだよそれ!お前の父親とあのおばさんは悪いかもだけど、クレッシュちゃんは関係ないだろ!おまえ姉さんなんだろ優しくしてやれよ」
「家族だからってあたしの母さんの形見の宝石やブローチ取り上げられて。姉だから?あたしの部屋に勝手に入って、あたしの服も勝手に着て、なんで、あたしが責められるの?
あんたの弟は勝手に部屋に入って部屋滅茶苦茶にしてくのが普通なの?あんたは兄貴だから優しくしろって言われて出来るの?」
「え、なんだよそれ、クレッシュちゃんがそんなことするわけないだろ!」
「…あんたとは幼馴染みで10年以上いたけど、もうあたしに話し掛けないで」
「ちょっ!なんだよそれ!」
幼馴染みが騒いでいるけど馬鹿馬鹿しい、幼馴染みで私との付き合いが長いのに異母妹の肩を持つなら勝手にすればいい。
どうもこの時の幼馴染みとの口論を結構な人が見ていたらしく、夜に父に無茶苦茶怒られた。
世間体が悪いだの、妹に嫉妬して嘘をつくなとか下らない。
義母は目をつり上げて宝石なんか取る訳ないと言い張り、異母妹はニヤニヤしながら私を見ている。
だから、つい。
世間体が悪い事しでかしたのは、おまえだろうが。
と、言ったらぶん殴られたので、予定より早いけど出て行くことにする。
『タイタンの拳』『タイタンの拳』『タイタンの拳』
3メートルはある拳を父と義母と異母妹に叩きつけてやった。
3人ともペラペラの魔素紙の中で喚いている。拾い上げ義母の寝室へ行きドレッサーから母の形見の宝石とブローチを見つけると父が黙った。
義母は何か言い訳を喚いている。
次に異母妹の部屋のクローゼットを開けると、母が作ってくれた私の服がいくつも出てきた、それと明らかに高級そうな装飾品、誰に貰ったのか盗ったのかは知らないけど、私の服だけ回収する。
最後に私の部屋で、がらんとして何もないベッドの下からトランクを引っ張り出して宝石とブローチと服を入れればもう準備は終わり。
「ミーおいで」
「ニャン!」
大切なミーを懐へ入れると、ミーは丸くなって寝てしまう。
服は伸びるけど別にいい。
机の引き出しから画ビョウを掴み、玄関の外に出ると父と義母と異母妹を画ビョウで貼っておく、運良く雨が降って水でも掛かれば元に戻るだろう。
いつになるか知らないけど。
そのまま母の薬草園へ行き、超巨大なタイタンの拳を繰り出し、母の薬草園ごと魔素紙へ移して集落を出た。
目指すは街、街にはギルドがあって薬草を買い取っている。
薬草を売って路銀が出来たら、海の部族に嫁いだ叔母さんに会いに行こう、ついでに海の幸なんかも食べたいなあ。
途中で魔獣や山獣が襲ってきたけど、全部タイタンの拳でぶっ叩くお陰で売り物が増えて万々歳だ。
□□□□
「はい、20金貨だよ」
「ども」
「不思議だけど、この時期に咲かないルシアナ草よく採れたねえ」
「企業秘密です」
「ははは!まぁそうだな、また来てくれや」
街へ行くと時期外れの薬草を売るだけでかなり良い稼ぎになった。足元を見て安く買い叩くかもしれないから違う店を何軒か回り一番高値で買い取ってくれる店にした。
お陰で変なのに目をつけられたけど、文字通り拳をうならせて黙らせてやった。
ならず者の魔素紙をピラピラと摘み揺らして考える、警備隊に渡してもいいけど迷子かなんて聞かれたら面倒くさそう、川にでも流しちゃおうかなあ。
取りあえずポケットに突っ込んでおく。
肩にはミーちゃんが満足げに乗っている。
その足で前から見たかった魔道具屋に来てみた。
流石街の魔道具屋は色々な物があって楽しい。
しかも子供が一人で買いにきたのに、店主はニコニコと笑顔で説明してくれる。
好感度爆上がり、なんて素晴らしい!是非なにか購入せねば。
身体認識阻害の指輪、ユニコーンのバングル、力強化のネックレス、亜空間ストレージボックス、蜻蛉のフード、目移りしてしまうが、結局、亜空間ストレージボックスを10金貨で購入した。
鍵になるバングルを嵌めると持ち主にあわせて収縮するので絶対落とさないし外れない仕組み。
亜空間に設置されているロッカーだから、好きな時に開くことが出来て貴重品も置けるから安心だ。
正直トランクは重くて大変だったのだ、店主がおまけで肩かけバッグをつけてくれたら、その中にミーちゃんがいそいそと入っていき無茶苦茶癒やされた。
魔道具屋で買い物を終えたので外に出たら、店主が見送りに外に出てきてくれた。怒鳴り声が聞こえたので見ると、人が道に倒れていて身なりのいい男が怒っていた。
「え?なにあれ」
「あれは奴隷ですよ、空腹で倒れたのかねえ可哀想に」
「奴隷…」
「お嬢さんの地域にはいませんでしたか?この地域には普通に奴隷がいるんですよ」
「教えてくれてありがとうございます」
「いえ、またのご来店を御待ちしておりますよ」
「はい、また来ます!」
ニコニコと笑って手を振り店を後にする。
よしポケットの奴等を奴隷として売り飛ばしてやろう。
奴隷になったら悪い事も出来なくなるだろうしね。
□□□□
「これはこれは小さいお客様ですねぇ」
「こんにちは、人を売りたいんですけどここで合ってます?」
頭にねじれた黒い角をつけた恰幅のいい奴隷商人はモノクル越しに私を値踏みしていた。
「ええ、どなたでもお客様ですが、ご自分を売りたいので?」
「いいえ!あたしが売りたいのはこいつら」
ポケットから10枚以上ある魔素紙を取り出し奴隷商人の前でピラピラと振ると、途端にただのおじさんから商人の顔になった。
「ようこそ、我がベルゼーブ商会へ!店主のベーブと申します」
揉み手をして店主が奥へ案内してくれた。
いいよねこういう実力主義みたいなの。
話が早くて助かるや。
「健康な成人男性が12名で、内訳が戦闘奴隷が3名、雑役奴隷が7名、愛玩奴隷が2名しめてこちらの2000金貨となります」
「はい、確かに」
「しかし素晴らしいスキルですね、生け捕りに出来るなんて奴隷商人にしたら垂涎ですよ!」
「悪い事には使いませんよ?」
にっこりと笑う、人さらいとして専属契約しませんかなんてスカウトされたらたまったもんじゃないもんね。
ベーブは少し考えこむと私に聞いてきた。
「サラ様は奴隷は必要ございませんか?」
「えー奴隷って、あたしが売ったような人達でしょう?」
「いえ、子供から年寄りまで幅広く取り扱っておりまして、この先旅をするなら大人の奴隷でもいかがですか? 宿に泊まる時も大人がいると便利ですよ」
ぐぬぬ、流石商人売り込みが上手い。ベーブは揉み手して詰め寄ってくる。まぁ、いると便利だろうなあ。
「お勧めがいますので是非見てみませんか?」
「まあ、見るだけなら」
どこの世界も、触らせてしまえば9割でお買上げだよね。
「毎度あり~!」
ニコニコしてるベーブが憎たらしい。
私はスラッとした金髪金目の美人と手を繋いでいる。
光属性に光の加護、全くこんなの予定に無かったよ!
□□□□
檻の前に連れてかれて、美人がこっち向いた途端に目を見開いて私の前にへばりついた、何これ怖い。
ベーブ曰く、扱い難い奴隷で、見目のよさで買われていくけど直ぐに返品されて困っていたらしい。
いや、そんなのあたしに押し付けるんじゃない!って声に出てたわ。
「この人、なんで奴隷になったの?」
「数年前に滅んだ北の竜王国の生き残りってやつでね、滅ぼした国の人間がこいつを奴隷に落としたんだよ」
「滅茶苦茶訳ありじゃん!!やだよ!巻き込まれるの目に見えてるし!」
「サラ様なら大丈夫ですよ」
「何その根拠のないやつ」
「回復と浄化持ちで、なんと今なら破格200金貨の特別サービス!」
「回復と浄化ってそれって聖女やん!!罰当たるぞ!」
「聖女ではないですよ?ね」
奴隷はこくこくと頷いている。
まあ、ここまで綺麗だと愛玩奴隷で売られて汚されて聖女じゃなくなったのかな。
ちょっと可哀想だなって思ってたら、檻の中から回復魔法を掛けてくれた。
ふわっと金色の光が体を包み込む、優しくて温かくてどこか懐かしい。お陰で山奥から出てきた疲れが無くなって体が軽い、なんかいい香りもする。
「うわあ、凄い!」
200金貨で、こんなに美人でこの回復魔法は病みつきになる。
「よし!買った」
チョロイってベーブの顔に書いてたから、腹が立ったので値切ってやる、所有者を私に移すと檻から出された。
「ありがとうございます、ご主人様」
「ちょっと!ベーブこの人、男じゃん!!」
そりゃ聖女じゃないよね、超ミラクルボイスでノックアウトですよ。
「え?一言も女性なんて言ってませんよ?」
「ちょっと、なんで返品されるのよ!」
「こいつは龍人でして、気位が高くて売られても相手を主人として認めるに値しないと判断すると、勝手に主人の悪事をばらしたり、家庭崩壊させたりで帰ってくる訳でして」
「うわ、ひどっ」
「その点、サラ様でしたら未成年でお一人でしょう?何よりこいつが気に入ると思ったんですよ、なんせ私のスキルは縁結びなんで、良い縁お持ちですよサラ様」
ニコニコと黒い笑いをしてる、このなりでベーブは人の運命が見える神格クラスのスキル持ちかぁ。
「えーと」
「クリスです、愛しのご主人様」
「…よ、宜しくクリス、出来たらサラって呼んで!」
「はい、私の最愛のサラ様」
め、面倒くさいな。
「それじゃ、ベーブさんありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございました、そうだこれを差し上げますよ」
黒いメダルを渡された。
「ベルゼーブ商会でお得意様として認められた方に差し上げるメダルでございます、どうぞご贔屓に」
きっちりとしたお辞儀で見送られた。
なんだか上手いこと押し付けられた気もするけど、こんな美人と旅出来るなんてラッキーかも。
「じゃ、クリスいこっか、あと家族のミーちゃん仲良くしてね」
「ナァァァ」
「はい、私の最愛のサラ様の仰せのままに」
「いやだから、サラだってば」
「はい!最愛のサラ様」
…面倒くさい。
なんかミーちゃんと火花散らしてる気がするけど気のせいかな。ま、いっか。
余談ではあるが、龍人クリスが本気出してサラを囲い込み、なんだかんだと幸せになるのは近い将来だったりする。