第五章׳א:朝暉
――朝。
爽やかな朝日と共に、俺は無言に驚いていた。
「お前……お前も異世界転移を?」
信じられない光景のようなものだった。
彼女、アニーは昨日いた世界のアニーだったのだ。
「やっぱり、そうなんだ」
アニーはその何かを悟ったように呟く。
いや、その何かは分かる。
俺が今まで、異世界転移をし続けていたことだ。
「でも、何で? 何で私もここにいるの!??」
「知らねえよ!」
その通りだ。逆にこっちが訊きたいくらいである。
いよいよ謎だ、謎過ぎる。
魔法のことが少し分かって、すっきりしたと思ったらまた謎が増えてしまった。
「取り敢えず落ち着け? アギー」
そう言って落ち着いていないのは俺である。朝早々噛んだ。
「そっちこそ落ち着いて!」
いやそうなんだが、お前も「ちゃん」付けぐらいしろ! お前って感じがしない。
俺はアニーの緑色の瞳を睨みながら、ベッドの上で言い争う。
「――――。そうちゃんね、少し落ち着くちゃんよ」
いやそれはそれで気持ち悪い「ちゃん」の量なのだが……。
そう呆れながらも、俺は状況を整理していた。
まず、今回の世界は西洋風な感じではなさそうだ。
いや少なくとも中世ヨーロッパではないだろう。
ふと、アニーを俺の体の上からどかし、布団から出てテレビを付けてみる。
普通だ……普通の時代劇が放送されている。
…………。
あれ? これって時代劇か??
「え!? ええ!? 絵が、動いている!?」
その疑問を吹き飛ばすように、アニーは叫びまくる。
はっきり言って、近所迷惑だ。
「おい、隣の部屋の人から苦情がくるからやめろ」
少し俺は注意する。
それにしては不思議だ。
あの世界はPCがあるのにテレビがなかったのか……。
「さて。それで」
さっきから何か違和感を覚えるのは俺だけだろうか。
この和室、特に壁。
最近土壁の旅館とかあるか?
しかも、妙に汚い木でベランダが作られている。
何か変じゃないか? これ。
「どうしたの?」
アニーがまた落ち着き、訊いてくる。
「おかしいな」
「何が?」
「何が? ってあれだよ。妙に古臭いというか」
アニーの質問に、つい口に出してしまう。
果たしてアニーにはこの違和感、分かるだろうか。
トントン。
ここで戸が叩かれた。
「あ、はい。今行きます」
多分この旅館の女中だろう。
そう思って俺は入口と思われる、叩かれた戸に駆け寄る。
が、ここで足を止める。
ひょっとしたら、アニーはこの宿に泊まっているって判定じゃないのではないか。
そう思ったのだ。
だったらアニーは隠さなければいけないだろう。何て言ったって、俺は一文無しなのである。
「アニー。ちょっとそこの押し入れに入っていてくれ」
俺が小声で指示すると、アニーは一つ頷いて押し入れに入る。
それを見届けると、俺は戸を開けた。
戸を開けるとそこにいたのは、和服に身を包んだ一人の女中だった。
「おはようございます、リュウ様」
「え、ああ。おはようございます」
俺はアニーを気にかけながら、挨拶をする。
何か違和感を覚えた気が、まあいいだろう。
「ところで、先程貴方様とは違う女の人のような声が聞こえたんですが……誰かいらっしゃる訳じゃないですよね」
あ、まずい。やっぱり疑われた。昨日の俺はアニーの分を支払ってない。
「いやいやいやいや……そんな訳、ないじゃないですか。隣の音じゃないですか?」
俺は咄嗟に誤魔化す。
一方女中は、不思議そうな顔をしながらも「はぁ」と言って續けた。
「まあとにかく、そろそろ須尭様の朝食が出来上がりますので準備をなさって下さい」
あ、はい。
俺が答えると、女中は去っていく。
ひとまず、安心だ。
俺はほっと溜息をつき、アニーを呼ぶ。
「あ、うん。もういいの?」
「ああ、大丈夫だ」
アニーはそれを訊くと、素直に出てきた。
「朝食かぁ。私ちゃんも食べていいよね?」
そう言うアニーは莫迦である。
普通旅館というものは食事場にも店員がいることを彼女は知らないらしい。
「駄目だ」
取り敢えず拒否をする。
たとえいなかったとしても、自宅じゃないんだ。定期的に店員が出入りするだろう。
その度にアニーを隠すのはしんどい。流石にやめて欲しいものだ。
「えーーー」
やはりアニーは駄々を捏ねた。
こいつを何で俺は異世界転移させてしまったのだろう、と俺は溜息をつく。
でもまあ、俺の意志で異世界転移させた訳ではないのだが。
「……仕方ねえな。出された料理をちょっと持ち帰ってくるから、それを食べとけ」
え、あ、いいの?
アニーは急にその緑色の瞳を輝かせる。
全く仕方ないものだ。
いつの間にかこのアニーにだけ性格が変わっていることに気付きながら、俺はそうすることに決めた。
まあそもそもこいつは俺に無償で魔法を教えてくれた、所謂師匠だ。ちょっとは優遇しないとな。
そう思いながら、俺は昨日の惨劇を思い出す。
……食欲が失せたどころか、気分が悪くなる。
「まあとにかくアニー。また押し入れに隠れて待っててくれ、すぐに戻ってくるから」
「すぐちゃんって、どのくらい?」
「二十分くらいだ」
アニーと共に言葉を発し合いながら、俺は昨日の記憶を出来るだけ消し去ろうとする。
一瞬死に慣れてしまっていた俺も、思い出したくなかったのだ。
「ところで、ルイちゃんさ」
そう思いながら部屋を出ていく俺に、今度はアニーが言葉を発した。
俺は無言で立ち止まる。
「須尭龍って、誰?」
……え?
俺はその言葉を聞いて、やっと気づいた。
女中は「リュウ様」やら、「須尭様」やら俺の聞き慣れない単語を発していたのにも関わらず。
俺は、気にしてなかったことを。
第五章、ついに始まります。




