第四章׳גי:遺品の宝石
グレゴワールと、マチルダ。
援軍が来た。
散々足掻いて死んでやる。そう思っていたが、もうここまで来てしまったら死ぬ気だなんて言えなかった。
「厄介な奴が現れたな。しかもそれを合わせて合計四人か……」
アンリがグレゴワールを見て呟く。
まあ今朝は一応五人と戦っていたのだが、あの時はマチルダが本格的に攻撃に入ってなかったし、それを守るためにグレゴワールが動いていなかったしで、そんなに多く感じなかったのだろう。
しかし今アンリにとっては得体の知れない者が一人、厄介な奴と言える人が一人、それプラス二人だ。
「正確に言えば、ボクのロボット合わせて四人と三体ですよ」
ドローンから声がする。まさかのマイクやカメラが搭載されているらしく、本当のマチルダは他の場所にいることが伺える。
ロボットは三体、マチルダの言うとおりだ。
「しかも君の属性、魔法のスタイル、流派、その他は今朝ボクがあれだけ必死に分析してたですし、運よくまだそのデータはあるです。何で復活したかは知らないですが、これは年貢の納め時では? まあ、今ボクは怒っているので、そんな楽に死なせたりすることはしないですがッ」
やはり、マチルダもあの瞬間を見て色々あったらしい。その声には怒りも、悲しみも、色々の感情が含まれていた。
「それじゃあ、まずは先制からですよ!!」
少し不思議な敬語を使って、マチルダはどこかでドローンを動かす。
マチルダのドローンは銃を取り出し、アンリを中心とした直径2mの射撃を開始した。
「ふっ、行動をもう少し慎め。マチルダ!」
アンリはマチルダを鼻で笑うと共に、上空へ飛びあがり一機のドローンを破壊した。
射撃を完全に避けたのだろうか。いや、そんな隙間は無かったはず。
つまりは……。
アンリはマチルダの言葉から上空を警戒し、厚い光のバリアを生成したのである。
「……ッ!!」
マチルダは舌打ちをする。
そしてもう二機で上空に浮き上がったアンリを射撃した。
「ふっ!」
アンリはまたそのマチルダを鼻で笑い、光属性で完全に防御。そして剣を取り出し、二機を破壊した。
「いやアニー、どうなってんだ? 黄色いバリアはすぐに壊れるって話じゃなかったのか? そして何で浮きながら動ける?」
アニーを見る。が、彼女も戸惑っていた。
アンリは、強すぎる。
「アニー! ルイ!! ここは逃げろ。やはりアンリは強い。というか、前より強くなっている気がする」
そんなの、ありなのだろうか。
復活した上に、強くなっているような……よくあるラスボスみたいな。
「無理ちゃんだよ! そんなの」
結局、同じパターンだ。
いつまで経ってもこの展開は、マンネリ化してしまう。
少し強くなったのに……少し強くなった俺が、無力な故に。
「大丈夫じゃ。儂達もすぐにここを離脱する。ただ、しんがりを努めるだけじゃ」
しんがり……死ぬ未来しかない、役。
そんなものを俺は、ロランに任せた。
そして今、死にに来た俺を助けるためにグレゴワールが努めようとしている。
確かにグレゴワールは、強い。
二日目の時に、それは目の当たりにしている。
だが、それでも魔法の規則を説明された俺が理解できない動きが出来るアンリに、可能なのだろうか。
さっきもこれを考えた気がする。
とにかく答えは、無理だ。
どちらかというと全員で強行した方が良い気がする。
「嫌だ」
俺は口にする。
これは我儘だろうか。それとも、冷静に判断出来た結果だろうか。
そんな俺に、グレゴワールは「仕方がない」と言う。
そして、こう言った。
「なら、暫く眠っておいてくれ」
グレゴワールがそのように言葉を発した瞬間、俺の意識が遠のいていた。
何だ、この感覚は。
またしてもする謎の感覚に抗おうとするが、その時俺の意識はなくなっていた。
ー - - - - - -
それから、どれぐらいの時間が経っただろうか。
俺はいつの間にか、見渡しの良い山の中腹で眠っていた。
丁度森から抜けた場所らしく、森とは逆の方は崖になっていた。
「……起きたちゃん?」
俺の上に、アニーがいる。
そうか、結局俺は彼女と共に、あの場から逃げてしまったのか。
状況を整理し、――時計を取り出す。
四時五分。
もうすぐ、日の出の時刻である。
「ねえ、ルイちゃんってさ。私ちゃんたちと会う前に、何をしてた?」
ふと、アニーが俺に訊いてきた。
何をしていた……? そう言われても、何もしてなかった。そう言うしかなかった。
そんな俺に、アニーはまた訊いてくる。
「ひょっとして、私ちゃんと会う前に、別の世界にいたりしなかった?」
――――――――――――。
………………。
思わず、唖然としてしまった。
何か色々、驚いてしまった。
嘘を、つくべきだろうか。
それとも、本当を言うべきだろうか。
そう悩んでいる内に、アニーは言葉を続けていた。
「反応なし、か。でもまあいいよ。どちらにしろ大分助けてもらっちゃっただし、渡すことには変わりないんだから」
「ちゃん」が抜けている。
それに違和感を覚えながらも、俺はアニーの言葉を聞く。
すると、アニーは手を差し出してきた。
――真珠の宝石、のようなものがその手には乗せてあった。
「これ、あげる」
アニーが言う。
なぜだ?
その理由は、もう言っている。
「助けてもらったから」だ。
「いや、意味が分からない」
俺は言葉を発した。
助けた? そんなことはない。
俺は、ただ逃げただけだ。
無力に、逃げただけだ。
大体、約束も果たせなかった。一緒に死のうという約束も。
あるのは、無くてもいい命だけ。
そんな感じなのだ。
「それ、今朝亡くなったお母さんの遺品のようなものでね。幼い頃からの、私の宝物の内一つなんだ。というか、私そのものと言ってもいいくらいのものだよ」
だったら、何で俺に渡す? 余計に受け取りたくなくなったぞ。
俺もそれに言葉を返す。
が、アニーは無言でそれを俺の手のひらに握り締めさせた。
「私は、これから喪失のにっちゃんと違う道を通るつもりだから。これで、お別れだね」
何でわざわざ違う道を通るのだろう。
疑問には思ったが、敢えて口を出さなかった。
それよりも。
「何で喪失のにっちゃんって呼んでいるんだ?」
…………………………。
途端に無言になる。
俺は問いただそうとするが、その時音が聞こえてきた。
ガサッ
暗かった夜は、段々と明けてくる。
辺りは、青色に染まってきた。
そして草をかき分ける音。音がした森の方向を見ると、そこには……。
微笑んだ、アンリがいた。




